あのマンガの装丁の話 第3回 「宙に参る」デザイナー / コードデザインスタジオ編

「あのマンガの装丁の話」第3回バナー

装丁とは、本を開くよりも前に読者が目にする作品の顔。そのマンガをまだ読んだことがない人にも本を手にとってもらうべく、作品の魅力を凝縮したデザインになっている。装丁を見ることは、その作品を知ること。装丁を見る楽しさを知れば、マンガを読む楽しさがもっと広がるはずだ。本コラム「あのマンガの装丁の話」では毎回1つのマンガを取り上げ、装丁を手がけたデザイナーを取材。作品のエッセンスをどのようにデザインに落とし込んだのか、そのこだわりを語ってもらう。

第3回では、肋骨凹介「宙に参る」(リイド社)をピックアップ。装丁を手がけたコードデザインスタジオの鶴貝好弘氏に話を聞いた。また鶴貝氏による「装丁の好きなマンガ本」3選もラストで紹介する。

取材・文 / ばるぼら

マンガ装丁の仕事が10割の時期も! 2001年設立の古参デザイン事務所

──いきなり「宙に参る」の話をする前に、コードデザインスタジオをまったく知らない読者もいることを考えて、まずは事務所の紹介を兼ねてその成り立ちからお聞きしていいですか。事務所設立は2001年ですよね。それ以前の経歴は?

栃木から18歳で出てきて、町田市にあるデザイン専門学校に入りました。卒業後は先生の推薦で、当時築地にあった電通のプロダクションに入れてもらったんです。広告のデザインをする会社だったんですけど、基本的な仕事の進め方はそこで教わりました。そこには2年だけお世話になり、次はCDジャケットを手がけている事務所に入ったんです。でもそこはそりが合わなくて3カ月で辞めてしまいました。そんなときに、専門学校で同級生だった大田垣──今の妻ですけど、彼女が働いていた会社で欠員が出たと声をかけてもらって、正規の手順を経て、入社させてもらえたんですよ。ボスは佐村憲一という、伊丹十三映画の全アートディレクションを手がけたことでも有名な人で、ほかにもホテルや美術展のディレクションやサインデザイン、ビール関係のパッケージデザイン、写真集・作品集のブックデザイン等々、ディレクションから印刷物のデザインまでのビジュアルに関わる全般を請け負う事務所でした。なので、築地で仕事の進め方を習い、皆さんがイメージする“デザイン”というものは佐村さんのところで学びました。

──佐村さんの事務所には何年いたんですか。

3年ほどです。独立したのは26歳。先輩たちから「もし会社を立ち上げてダメになっても30歳だったらすぐやり直せるよ」と言われていて、「26歳なら3年がんばってダメでもまだ29歳だから間に合うな」って後ろ向きな感じで(笑)、力試しで独立してみたんです。あと専門学校のときから妻と「2人で会社を作ってやっていけたらいいね」っていうのを夢にしてたので。師匠の佐村さんに相談したら応援してくれて、それで2人で独立してコードデザインスタジオとして登記をしたのが2001年9月でした。

──そこから2021年でもう20周年。最初からマンガの仕事をしていたんですか?

いえ、最初の仕事は女子向けファッション誌の見開き2ページでした。大田垣のお姉さんが大田垣晴子という作家で、晴子さんが白泉社を紹介してくれて、そこからいただいた仕事です。マンガの仕事をするようになったのは、事務所の近所に偶然エンターブレインがあって、ボラーレの関善之さんにお願いしてエンターブレインのコミック編集部の方を紹介していただいてからですね。関さんとは晴子さんの出版記念打ち上げの席で面識があったんです。エンターブレインでの最初の装丁は長田裕幸(現・長田悠幸)「東京純白化計画」(2003年刊)。そこから犬上すくねさん、山名沢湖さん、桜玉吉さん、鈴木みそさん、ロビン西さん……と、いろんなマンガ家さんの単行本を手がけさせていただきました。

──ワタシは2009年にもデザイン誌のアイデア(誠文堂新光社)で鶴貝さんにインタビューさせていただいているんですが。そのときは、仕事の割合でいうとマンガが6割、それ以外が4割とおっしゃっていました。現在もそれは変わりませんか?

まさにそのアイデアにお取り上げいただいてから10割マンガとライトノベルの仕事みたいな時期がありました(笑)。今は件数でいえばマンガとそれ以外で半々ですね。劇場の宣伝美術、書籍の装丁、ロゴデザインなどをやっています。昨今はある程度事務所が認知されているのか、ご依頼の時点で「前にコードさんが装丁したあの本みたいな感じでお願いします」という頼まれ方が増えてきましたね。

装丁をするなら「本としての顔つき」の話から始めたい

──コードデザインスタジオがコミック装丁の業界では古参の存在だと読者にも伝わったところで、本題「宙に参る」のデザインの話をお聞きしていけたらと。この作品はリイド社のWebマガジン・トーチで連載されている作品で、その単行本化です。これも「前に装丁したあの本みたいに」という依頼だったんでしょうか。

この「宙に参る」のときは、特になかったんです。どういう経緯でご依頼いただけたのか、この取材を受けるに当たってトーチ編集部の山田翔さんに改めてメールでお伺いしました。自分で読むのは照れくさいんですが(笑)、それによると……「兼ねてよりコードさんのお仕事を拝見しておりまして情報がグラフィカルに整理・配置されているデザインに感動しておりました。近作では『有害無罪玩具』のノンブルの入り方にシビれました。情報量多めの本作はコードさんに装丁をご依頼したいという思いが連載当初からあり肋骨先生にご提案しましたところ、ぜひにとご返答頂きましてご依頼させていただいた次第です」……とのご返答をいただきましたっ!

──なるほど、ポイントは多めの情報をうまく整理してくれそう、というところだったんですね。

マンガの装丁のご依頼は進め方が何パターンかあるんですが、現代でも、一番多いのは恐らく先に絵が完成されているパターンだと思うんです。これは山登りで山頂がゴールだとすると、5合目過ぎからスタートしている感じです。作家さんが、この辺りにタイトルがきて作家名が入るだろうなと想定して、空きを作った絵を描いてきてくれてるわけですから。その場合は、あらかじめ決められたスペースに文字要素をどう入れていくかのみに重点を置いて考えることになります。次に多いのは「どんな絵にしたらよいか?」とご相談いただくパターン。カバーにドーンと絵を載せることは依頼の前に決まっていて、“いつ、どこで、誰が、何をしている”絵にするのか、また、その絵は表1面だけなのか、背を跨いで表4面まで続くのかなどを、作家さんと編集さんのご希望を伺いながらご提案するケース。これは2合目から登るような感じでしょうか。それで言うと「宙に参る」は1合目からスタートするパターンでした。ちなみに、ウチは1合目、もしくは2合目からスタートするご依頼がほとんどです。

──というと?

僕は装丁をするときに「本としての顔つき」の話から始めたいんです。山田さんが最初の打ち合わせで「情報量多め」とおっしゃったときに、それはイラストの話ではないんだろうな、と感じました。「宙に参る」のカバーはイラストから線が伸びてキャプションと繋がっている、というデザインなわけですが、これは本来はいらないわけじゃないですか。この情報がなくても成立する。そういうときに、僕はその「なくても成立するもの」を入れるか入れないかというところから話し合いたい、介入したいんです。

──「宙に参る」はどんな顔つきにしようと思ったんでしょう。

まず、作品を読んだ時点で白っぽい無機質な顔つきにしたくなったんです。この作品は「宇宙船が今でいうセスナ機ぐらい身近になった世界のお話」ということで、今よりだいぶ技術が発展した未来の宇宙空間のお話。なので、イラストが宇宙空間を描いた黒っぽいイラストになるのでは?という予想もあって、イラスト以外の部分は、スペースシャトルや宇宙服のような“白さ”を装丁として定着させた方がいいだろうと。そのうえで、情報量を多くしたいということだったのでダイヤグラムや説明書のようにキャプションを入れ、さらに、ケイ線を多用することでどこかサイエンスっぽい雰囲気にしたらカッコいいのではないか、とお話ししたら「それいいですね!」とおっしゃっていただけたのでうれしかったです。

──図鑑とか館内案内図のパンフレットのようなムードがありますね。

トーチさんはかなり自由度の高い編集部みたいで、オビの天地幅、バーコードやISBNの位置が自由だと言われていたんですよ。ただ、見本としてお持ちいただいた数冊のコミックスが比較的安価な仕様となっていたので、用紙は安価な物から選び、加工もなしにしました。バーコード類は、通常左寄せのところを右に寄せて本来バーコード類があるスペースに表1面からの流れでキャプションを入れることにして、表4面まで繋がる横長のイラストをご用意いただきたいとご提案しました。表4面まで絵が繋がる場合、背にはタイトル文字を乗せるので大事な絵のパーツが背にあたる部分に来ないように、とか大枠を打ち合わせで決めています。ほかにもタイトルと作家名の欧文表記だったり、ちょっとしたイメージコピーがほしいとお願いしたり、キャプションのそばに補足説明するモノクロカットを2、3個ご用意いただきたい、とお願いして。キャプション部分のアイコンは、僕がお願いした“補足説明のカット”というニュアンスを作家さんが発展させてくださりご用意くださいました。血液型も入れたい、とお願いしてわざわざ決めていただいた気が……。

──イラストの具体的な構成はコードさんが指定したんですか?

いえ、「宙に参る」の場合は、肋骨さんの思うようにご用意いただいていてうちはノータッチです。帯の天地幅を自由にしてもいいケースでしたから絵の天地幅もお任せして、「何mmでお願いします」みたいに指定をしたわけではありません。仕上がったイラストを見てから、打ち合わせ時には大枠しか見えていなかったデザインをしっかり詰めていくように進めました。

──作品の世界観がすぐに伝わりますし、主人公たちの背景にある物語が気になる配置で、かなりデザインされたイラストだなと思ったので、てっきりラフ画を渡して決め絵でもらったのかと思っていました。作家さんのセンスだったんですね。

はい。打ち合わせのときに作家さんにはすでにお考えのものがあると伺ったもので。10年くらい前まではうちでイラストのラフを切ることが主流でした。いろんな資料や雑誌から拾った写真をコラージュするなどして、毛色違いの案を3種類くらい用意して選んでもらう、というやり方。でも……それをやってたら、当然、強く難色を示す作家さんや編集さんもいましたし、何より、まったく仕事の件数が増やせないんです……。このスタイルを今後ずっと続けていくのは経営上不可能だなと思って、仕事のスタイルを意識的に変えたんですよ。何もかもこちらが能動的にワンマンな形で進めるんじゃなくて、与えられた要素をもとに最適解を探していくやり方に。実際、やり方を変えたほうが受注できる件数はずいぶん増えましたし、作家さんや編集さんとの関係も良好な気がしています。

苦手な作字を勉強し学んだ「イレギュラーを許容すること」の大事さ

──そのやり方を変えた部分についてもう少し聞きたいです。昔と今では何を変えたんでしょうか?

先ほども触れましたが、10年くらい前まではどんなデザインにしたいか、そのためにはどんなイラストをご用意いただきたいかを僕のほうで“たたき台”というには少し細かすぎるものを作って進めるやり方が多かったんです。そのうえ、僕には文字をメインにしたがる癖があるんですが、マンガは当然ながら絵が主体です。そんなことで、版元とは優先したいものの相違から度重なる大工事の連絡に若い頃はフラストレーションを感じる部分もあったんですね。マンガの装丁業界に、何かしら新しい風を吹き込みたいというよこしまな気持ちがあったことも白状しておきます……(笑)。ただ、作家さんや編集さんに言われたままのもの、それだけを作っていたのではデザイナーではない別の誰かがデザインしたことになってしまう。そんなことを考えていて、最近になってやっとちょうどいい進め方がなんとなくわかってきた感じです。一番大きな変化としては「マンガはマンガらしくが健全!」と考えるようになったことでしょうか。

──昔のコードデザインスタジオは既存の書体をうまく使うのが特徴でした。今回の「宙に参る」でいえば、タイトルロゴを作字してますよね。これを昔はやらなかったと思うんです。こういうのを怖がらなくなった?

まったくおっしゃるとおりで、作字しないほうが良いデザインだと思ってた時期が長かった。ただ、ここ10年くらいですか? マンガの装丁で作字の素晴らしいものが溢れていて、僕にとっては正直「マズい、とうとう来てしまったか……」という流れだったんですが、それが主流になった以上、食らいついていくために必死で作字の勉強というか練習をするようにしたんです。この時点ですでに売れっ子の皆さんから遅れを取りすぎていて浦島太郎のような状態でしたね。とにかく敗北感がすさまじかった。

──勉強した結果、何がわかりましたか?

イレギュラーを許容することです。線の角度や縦画同士、横画同士の幅を統一するような、全部ルールでガチガチになってる作字方法しか知らなかったんですが、ほかの好例を観察していたらすごく自由に作られているのがわかりました。「宙に」まではいけるけど「参る」が統一できない場合、以前はそのアイデア自体をやめちゃっていたけど、一文字二文字が最初に決めたルールから外れてしまっても、全体がパッと見で揃っていることのほうが重要だったんです。少し勇気をもってイレギュラーを含めるようにしたら、もちろんまだまだ下手クソですが、臆することなく作字ができるようになりました。

──実際、このタイトルロゴはデザインの整合性から逸脱しているというか、先におっしゃった「サイエンスぽさ」とは少し違うニュアンスを感じます。

最初はタイトル部分も全部既存のフォントでデザインしてたんです。それはそれですっきり決まるんですよ。おっしゃる通り整合性を取る意味では、そのほうが宇宙っぽく、機能的な感じにはなるんです。でも「宙に参る」は四十九日に夫の遺骨を届けるために……っていう、宇宙が土台でありながらすごく心の通った人間らしい話でもある。全部フォントですっきりやると宇宙っぽさは出せるけど、もう一方の人間味っていうのはアナウンスできてないなと思って作字にしたんです。

──そのおかげもあって、親しみやすさが生まれていますよね。このロゴが読者とコミュニケーションをとっている。

肋骨凹介さんの名前も作字してるんですが、今度は急に人間味が強くなりすぎちゃったなと思って、最初に作ったのは泣く泣くボツにしました。最終的に本で使ってる作者名の文字は、カバーにもいる息子の宙二郎というキャラクターを文字にしたらどうなるかな、という発想で作字しました。

──文字が大量なのにすっきり整理された印象なのはコードデザインスタジオらしさを感じます。オールドスタイルな明朝体の選び方、罫線の使い方も特徴的ですね。

文字がもじゃもじゃ入ってるっていうスタイルは、子供の頃に見たミニ四駆の箱の影響ですね。欧文がいっぱいで、何が書いてあるのかわからないけど賢そうだなとか(笑)。文字や罫線をビジュアルとして見るのが好きなんです。文字はチラチラさせたい。これはもう病気なんです。要所にルビを入れてるのはそのせいですね。

──担当編集者の方からのメールに「『有害無罪玩具』のノンブルの入り方にシビれました」とありましたが、「宙に参る」でもノンブル=ページ数表記は鶴貝さんが指定しているんですか。

はい、書体と級数と位置などを指定しています。ノンブル指定以外の本文作業としては前付部分、各話タイトル部分、奥付のレイアウト。それと、実は特色の濃紺でも校正を出していただいたんですけど、印象が軽くなってしまって、やっぱり黒がいいという事に落ち着きました。……そう言えば、先程の作字の話に戻るんですが、最近のマンガにはほとんどのページが裁ち落としの作品があって、指定をしてもノンブルが入ってるのは2ページだけだったりするんですが、「宙に参る」の原稿のコピーを見たら裁ち落としが少ない作風で。版面に画稿がピタッピタッと綺麗にはまっている様子が気持ちよく、昭和草創期の作品のように感じたので少し懐かしい雰囲気に寄せたいと考えたことからもあのようなタイトルロゴの様子に着地したんでした。

物語を見せる、映画解説のような役割を装丁に込めて

──最後に、コードデザインスタジオならではのデザインのこだわりというと、何が浮かびますか。

その仕事のあるべき佇まいにしたいということは大前提。つまり、作品の雰囲気を歪みがなくクリアにアナウンスできなければならないと思っています。本はなんといっても中身が主役ですのでマンガに限らず、装丁が良いからという特徴だけでは本の売り上げがグンと伸びるということはないのではないかと思ってます。販売を促進するということを考えればもしかすると、装丁に凝るよりもPRをするほうが数字に直結するのではないかと考えてます。ならば、せめてデザインが売り上げの足枷になるようなことはしたくないですし、また、版元の営業さんが自信を持って営業に回れないということがあってはならないな……そんなことを意識下に置いているかもしれません。あとは……どなたかの代理としてものづくりをしているので“流行”は最低限知っておいて、できるだけそれに食らいついていきたいと思っている気が……。

──20年続けてきて自分自身の変化はありますか。

それは先ほど言った、やり方を変えたということですね。ルールを決め決めでやりたい、ってところから解放されたのが一番の大きな変化です。昔はなんでもかんでも揃っていないとイヤでした。表1のグリッドはそのまま表4でも揃っていて、辻褄がすべて合っていないとデザインじゃないと思っていた時期が長かった。それを一旦やめて、まず作品に寄り添うというか、匂いや世界観みたいなものをできるだけ歪ませずに世の中にアナウンスすることに専念したくなってきたんです。几帳面さよりも愛嬌のあるデザインを心がけ、臨機応変に対応したほうが、見る人も変に気負わなくて済むデザインになるのかなと考えるようになった次第です(笑)。

──コードデザインスタジオが装丁してきたマンガを改めて眺めると、切り抜いたキャラクター単独じゃなくて、風景や背景込みのイラストを使っている事例が多いなと思ったんです。これはコードさんなら装丁で物語を表現してくれるはずと期待して編集者は依頼しているのではないかと感じました。そこは自分ではどう考えますか?

返答になっているかわかりませんが、某テレビ局でやってたLiLiCoさんの映画紹介が好きなんですけど、あれって、そんなに話しちゃって大丈夫?と、こちらが心配になるくらい話しちゃってる。でもそれを聞いて、面白そう!好み!って観にいく人って多いと思うんです。賭けに出るより、安心してチケットを買いたいというか。僕も最近読書が好きなんですが、帯のテキストを隅々まで読んで「自分の守備範囲内なのか」「今の気分にあっているのか」などある程度、安心してから購入します。若い頃のようにジャケ買いみたいなことはしなくなった。なので、お客さんを不安にさせないために、ネタバレにならない範囲で作品の情報を開示する、そういったことが現代では大事なのではないかと思っていて、現時点では、僕はそんな形で本と販売促進に寄り添っていきたいと考えています。

コードデザインスタジオ(鶴貝好弘)が選ぶ「装丁が好きなマンガ本」

土田えり「地球のささくれ」(装丁:楠目智広/arcoinc)

まず、なんといっても色味が素敵!! 一見、カバーはスーパーブラックと特色グレーと蛍光イエローの3色刷りなのかと思いましたが、ルーペでみると地色のグレーはプロセス4色で刷られている様子。つまり“蛍光イエローと相性の良いグレー” というものにこだわって細かく微調整をされたものと推察します!! 表3側の袖を見ると意味不明の写真がそこだけカラーで刷られていてシュール!……つまりですが、このシュールさのためにわざわざプロセス4色+KYの5色刷にしていたのだとわかり、シュールへのこだわりに背筋が伸びる思いです!
カバーに使用しているイラストは本文からの流用のようですが、面白いコマを脈略なくふきよせてあり、それが気持ちの良いナンセンス感に! 帯に隠れた3コマ目の大きな顔が帯でもう一度使われている手法、今後ぜひ真似させていただきます!!
用紙は連量厚めのラッピング用紙。そのザラ面を表使いしているので繊維を感じて温かみのある風合い。僕もラッピング用紙のザラ面を表使いしたことがありますが、そのときは印刷が浅くなってしまい苦労しました。この「地球のささくれ」のカバーはとても綺麗に印刷されています! この温かみを感じるカバーに巻かれる帯は、僕の中で“練乳”や“無脂肪乳”を思い出させるラッピング用紙のツヤ面を表使いしています。その組み合わせ方が妙技で、ナンセンスの中に、急に“書籍としての構え”みたいな正統派の姿勢を加味されたようにも見えてとっても粋です!!
タイトルと著者名部分も面白く、文字の輪郭はスッキリとしているのに太い部分に黄色い鬆が入っている様子が、金属製でかまぼこ状の半立体でできた文字を写真に撮ってレベル補正でドンシャリにしたみたいに見えてカッコいいです。帯や袖に入れているフキダシの形にもこだわりが見られ細部にまで神経が行き届いた素晴らしいお仕事! ナンセンスオシャレを力まずにやって見せてデザイナーのドヤ顔をまったく連想させない佇まいが大変勉強になります!
いいなー、涙が出ちゃう。

ばったん「姉の友人」(装丁:ウチカワデザイン)

大きめに入れたタイトル文字を大胆にたち落として装飾として扱い、正式なタイトル表記は、まるで前述の“装飾”のルビ的な存在感で補足するというやり方が流行して久しいですが、この「姉の友人」の帯を見てください! もはや、“友人”の部分は半分以上も表2側へ折られていて読むことが困難です! ただ、大胆にはみ出させているからなのか、ゴシック体でありながらもその佇まいには明朝体が持つ伸びやかさとひんやり感を感じますし、横方向へは大胆にはみ出しているにもかかわらず天地はしっかりと内側へ入れていることによって、たった4文字でありながらも、巻物をクルクルと開いているかのような緊張感。カバーイラストの様子と相まって上質な中国書物の香りを感じ、二胡の音色が聞こえてくるようです! 帯のデフォルトモダン的な用紙の選び方も大変気持ちがいいですね!
そして背ですが、やや幅広の帯の中にタイトルと著者名を両方入れ込んでしまい、カバーの、帯に隠れていない部分には美しいイラストの邪魔になるようなものを入れず、さらに上部のレーベルマークや下部の版元名を入れる部分はイラストに描かれたタバコの煙によってあらかじめ白く避けておくという気持ちの良さ!! 事前に作家さんとの綿密な打ち合わせをされたのではないかと推察しますが、その丁寧な仕事運びを思い浮かべながら大変感じ入る1冊です。本体表紙の潔さにも脱帽です!
いいなー、喉から手が出ちゃう。

カネコアツシ「EVOL」2巻(装丁:森敬太/合同会社 飛ぶ教室)

大型書店のマンガフロアへ入った直後、僕がいるところから一番離れている棚まではまだかなりの距離があり、その一番離れた棚で、背をこちらに向けて刺さっていてたにもかかわらず真っ先にバキューン!と目に飛び込んできたのがこの「EVOL」の背表紙! 白地に、黒くて無骨な欧文が大きくドカーン!!
背のクオリティの高さを見れば、装丁全体が素晴らしいことはすぐに分かりましたが、表1面を見てまた驚き! パンチ力の強い覆面男性の顔のアップがドーン! その目のあたりにスケボー裏のようなストリート色の強い欧文ロゴがパーティ用メガネのようにおさまっています! もしかしたらこのロゴでは読めない人がいるのではないかと心配になりますが、そこは、最近の流行りでもある“正式タイトルのほうが小さく補足”のパターンかと思い探しましたが、これが本当に小さい! やはり先程の図形化された欧文がメインタイトルの役割を担っていて、カッコ付きのカタカナ表記はあくまでルビであることがわかります。しかもそのカタカナ表記がイラストの主線と重なっていて文字が読めないというアナーキーさ!
表1面のメインの欧文ロゴはUV印刷で盛り上がり、よく見ると、ロゴの周りには薄いグレーで縁取りしているので、質感の違う本当のステッカーが貼られているようで粋です!
ただ、僕が注目したいのはソコではありません! 僕だったら、この色数でデザインする場合、黒、赤、緑、薄グレーの特色4色でデザインしてしまうと思うのですが、この装丁はプロセスのアミで印刷されています! そうすることでラフな感じに仕上げておられるものと思います!
カバーの表1面、表4面のイラストが背のデザインに影響しないよう、ぶっきらぼうな形で切られています。ただ、良く見ると、背に影響が出ないようにぶっきらぼうにしてでもマスクしたはずのイラストに背のタイトルがちょこっとだけ乗っかっているという匠の技! このザクザク感というか、アウトサイダーっぽさに震えます!
表一面の著者名の級数は、もはやアート的な試みを感じます。帯の背に入れた巻数表記も最高。
恐らくですが今後の10年間は、この装丁をされた森敬太さんが大人向けコミックスの装丁家の中心になられていくのではないでしょうか?(もしかしたら、もうなられているのかな…………)
いいなー、飛ぶ教室さんに履歴書出しちゃう?

Chord design studio(コードデザインスタジオ)

鶴貝好弘を代表とするデザイン事務所。設立以来、装丁を中心に活動し、担当したマンガは「無尽」などの崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)作品や「少年のアビス」「魔女をまもる。」「空飛ぶ馬」「テセウスの船」など多数。押井守の著作の装丁、アニメやゲームのタイトルロゴのほか、2018/2019シーズンより新国立劇場(演劇)の宣伝美術を担当し「誤解」「どん底」「リチャード二世」「オレステイア」ほかの宣伝美術を手がけるなど活動の場は多岐にわたる。