「明日カノ」をのひなお初トークショー「私に歪みがなかったらこの作品はできてない」
「明日、私は誰かのカノジョ」のをのひなおによるトークショーが、去る8月19日に東京・LOFT/PLUS ONEで開催された。作者にとって初のトークショーとなる今回のイベント。さまざまな境遇における女性の生き様を描き共感を集める同作だが、会場には女性客のみならず、多くの男性客の姿が見受けられた。また会場ではキャラクターにちなんだドリンクを提供。をのと登壇者の担当編集・梅崎勇也はハイボールを片手にトークを繰り広げた。
初めてコミティアに参加した際、当時描いていた百合マンガを梅崎に読んでもらったというをの。その出会いをきっかけに一緒にマンガを作ることになったという。当時、梅崎が「どういう作品を描きたいの?」と聞いた際に、をのは「お金が絡んだ男女のドロドロした話」と答えたと話す。作中で“レンタル彼女”を扱った経緯については、をのは「レンタルおじさんを借りたことがあるんですよ」と告白。「コスプレイヤーの友達のカメラマンをやっていたんですけど、写真集を作るにあたって、ずっと1人で写っているのは寂しいから相手役の人がほしいということになり。2人とも友達がいないから『レンタルおじさんを借りよう』という話になって。そのおじさんにコスプレしてもらって撮影したんです」と明かし、そこからレンタル彼女を用いたエピソードの着想を得たことを振り返った。
第1話のネームを読んだ梅崎は「冒頭を読んでこのマンガは売れるなと思った」と述懐。をのは「打ち合わせの2回目で『このマンガは映像化を狙えます』と言われて、私まだデビューもしてないし、そもそも第1話のネームもできあがってなかったのに、『騙されてるのかな?』と思いました(笑)」と当時の心境を吐露した。
登場人物たちの言動など、実在するかのようなリアルな描写が話題の同作。2人は作品の取材に関して「『がんばってます』としか言えない」と口を揃える。取材は第3章から本格的に取り組むようになったと言い、第4章の執筆の際は毎週のように歌舞伎町に訪れ、第6章の制作中はスナックや占いにも足を運んだと思い返す。またをのは「飲み会に誘われたら断らずに行く。その中でいろんな人と話す機会があって、先方から『取材してください』と言われることもあって。そうやって(取材を)重ねていった感じです」と説明した。
これまで描いてきたエピソードについて、をのは「筆が乗ったというか、描いていて楽しかった、いいものが描けたと思ったのは江美の章(第6章)かなと思います。原宿の橋に集まるバンギャの話とかを描くにあたって、その頃を知らなかったので資料を集めたり、有識者の人に話を聞いたりして。それも大変だったんですけど、がんばっていいものが描けたというか、楽しかったです」と述べる。また作画に関する話題で梅崎は「“おじ”のビジュアルはどうやって作った?」と質問。をのは「この前も『そういうお店(風俗店)に来るおじさんってどうやって描いてるの?』って聞かれたんですけど、Googleで『おじさん』とかで検索して描いてると言ったらすごく驚かれて。逆にこっちも驚きました(笑)」と明かし、観客も驚いた様子を見せながらも笑いが溢れる。さらに梅崎は変身前の萌について「中央線系だと思う」とコメント。「吉祥寺とか高円寺とか……」と続ける梅崎に「私はそれがわからなくて(笑)。梅崎さんに教えてもらってそうなんだ、と理解していきました」と語った。
その後は、をのが思う“幸せ“について話が弾む。「『明日カノ』に出ているのが、をの先生の価値観なんじゃないかと思う。基本的に幸せを信じないですよね。ちょっと歪んでるからね(笑)」と梅崎が振ると、をのは「でも私に歪みがなかったらこの作品はできてなかったと思うんですよね」と自己分析した。
そしてイベントでは来場者からの質問コーナーも展開。影響を受けたマンガ家について聞かれたをのは「手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』が好きで。この間も読み返していたら本当に面白くて。必ずしも善人が救われるわけではないし、悪いことをやっている人がのうのうと甘い汁を吸って生きていたりもする。でもそれって手塚治虫先生が生きてきた時代から今も変わってないなと思います。あとは楠本まき先生の『致死量ドーリス』とか、冨樫義博先生の『レベルE』も好きです」と答えた。
「をの先生が思うそれぞれのキャラクターの長所と短所が知りたい」という質問には、「それ、めちゃめちゃ難しいなって、つい2・3日前に思ってたんですよ」と頭を悩ませるをの。「これを描いたら絶対に読者さんが嫌な気持ちになるけど、でもこのキャラって絶対こういうこと言うんだよって思いながら描いてる」と述べるをのに対し、梅崎は「基本的にこの作品は『人間、いいところもあれば悪いところもあるよね』ってことを描いてる。他者から見ていい面は、ほかの他者から見れば悪いかもしれない。長所・短所であまり分けて描いてないかもしれない」と分析。をのは「絶対100%悪い人っていないと思う。大多数の人が悪いと思うキャラでも、どこかで猫を助けているような(笑)、誰かにとっては救いになった人ではあると思うので、そういう面は大事に描いていきたいなと思っています」と口にした。
最終章を連載中の「明日、私は誰かのカノジョ」。最後に梅崎は「『明日カノ』のあと、どうします?」と尋ねる。をのは「いろいろ血迷った結果、マンガを描くのをやめたほうがいいんじゃないかとも思ったりして。“元マンガ家がやるバー”とか経営しようかなとかも思ったんですけど(笑)、経営者の才能がないので、マンガを描いたほうがいいかなと思ってます」と話す。梅崎は「『明日カノ』という作品がデビュー作で、かなり絞り出しちゃったと思うんですよね」と言うと、をのは「そうなんですよ。だからアウトプットできるものがあるのか?と」と話しながらも「何を描くのかと言われたらまだわからないんですが、何か描きます」と宣言した。