「ありす、宇宙までも」売野機子が宣言通りの1位、宇宙飛行士編への展望も

売野機子

「マンガ大賞2025」の大賞が、売野機子「ありす、宇宙までも」に決定。その授賞式が、本日3月27日に東京・ニッポン放送イマジンスタジオで行われた。

大賞受賞作は宇宙飛行士を目指す少女の物語

「ありす、宇宙までも」は「MAMA」や「ルポルタージュ」の売野が描く、日本人初の女性宇宙飛行士コマンダーを目指す少女の物語。小学6年生の朝日田ありすは、容姿端麗、運動神経は抜群という非の打ちどころのない人気者だ。しかし言葉だけは拙く、日々の勉強にもついていけない。そんな中、成績優秀な孤高の天才・犬星類は、両親からバイリンガル教育を受けていたありすがセミリンガルであることに気づく。「俺が君を賢くする」という犬星の言葉で、ありすは夢を叶えることを決意し……。週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で連載中で、最新3巻の電子版が本日発売されたばかりだ。明日3月28日には紙版も発売される。

泥ノ田犬彦、大賞受賞から1年を経て

結果発表の前に、ステージには「マンガ大賞2024」の大賞を「君と宇宙を歩くために」で受賞した泥ノ田犬彦が登壇。受賞の反響について聞かれると、泥ノ田は「コメントやお手紙をいただくことがとても多くなりました。いただいたお手紙にはすべて目を通しています」と答える。その中でも特に印象的だった出来事として、「中高生新聞の方に取材していただいたことです。現役の中高生と直接お話しする機会はなかなかないので、インタビューを受ける立場ではありましたが、こちらからも『学校生活はどうですか?』などと質問させていただきました」と振り返る。

大賞発表に先立ち、受賞者へのコメントを求められた泥ノ田は「前作がとても好きでした。先生とはたぶんコミティアで一度お会いしたことがあるんです」と関係を明かす。これを受けて司会が「シンパシーを感じるか」と問うと、泥ノ田は「シンパシーがあるとはおこがましくて言えませんが、今作も大好きな作品なので、受賞の第一報を聞いたときは本当にうれしかったです」と作家への敬意と作品への思いをにじませた。

売野機子、マンガ大賞は狙っていた

ここで、大賞が売野機子「ありす、宇宙までも」と発表され、売野がステージに登壇。泥ノ田から売野に、作品の要素を取り入れたプライズが贈られる。プライズには宇宙に飛び立とうとするロケットの写真や、犬星がありすの学習記録をノートに綴っていることからキャンパスノートの表紙を使用。ありすがチラシを切ってメモ用紙にし、「明日 何をすべきか」を書くシーンにちなみ、選考委員のコメントはチラシの裏や付箋に記された。

売野は率直な気持ちを聞かれ、「『マンガ大賞』、欲しかったので本当にうれしいです。マンガ賞を獲りたいと思って描き始めた部分もあったので、めちゃくちゃ安心しました」とコメント。売野はこの「マンガ大賞」に限らず、さまざまなマンガ賞を狙っていたとのことで、かねてより編集者たちに1位を獲ると宣言していたことも明かす。作品の始まりについて聞かれると、売野は「もともとは少年誌向けに企画した作品だったんです。ここ数年、“大きな目標を打ち立てて、そこに向かって努力する”というネームをたくさん描いたんですが、企画会議に出してもなかなか通らない。そんな中、少年誌の編集さんから『もう少し優しくて、ホッとするマンガを描きませんか?』と提案され、男女が一緒に勉強しながら絆を育むというネームを描きました」と話す。

そのネームが完成したのは今から3年ほど前。「企画会議に出したところ、『すごく面白いから、さらに“大きな目標”という要素も加えましょう』と。それは自分がずっと描きたかったものでもあったので、『いいね!』と思い、その目標を何にするかを考え始めました」と述べ、宇宙飛行士という要素を加えたことを明かす。また少年誌から青年誌での掲載に至った経緯については、「少年誌は準備期間が長くて、次に持ってきてくださいと言われるのが3カ月後とか。でも私はもう16年目だし、修正は3日もあればできるので、失礼ですが『ほかの雑誌に持っていってもいいですか?』と聞いて、スピリッツに持ち込みました」と語った。

「そろそろ売れないとヤバい」。そう言われ、デビュー作をヒントに

具体的な物語の着想について、売野は「私には中学3年生になる娘がいて、ちょうどネームを描き始めたのが中学受験が終わったタイミングだったので、自分も勉強モードになっていたんです」とコメント。また「私はもともと中高一貫の学校に通っていて、めちゃくちゃがんばって入った第一志望校だったんですが、途中で行けなくなっちゃたんです。それがちょうどありすと同じぐらいのとき。勉強は大好きだったし、この先6年間の学校生活があったはずなのに、それが絶たれたというのがずっと心残りなのかなと思っています。だから、デビュー作の『薔薇だって書けるよ』もそういう話なんです。今作を描く前から、いろんな編集者の人に『そろそろ売れないとヤバい』と言われていたので、売れるためのヒントがあるかもと思ってデビュー作を読み返しました」と述べる。

またキャラクターたちが掲げる大きな目標として宇宙を選んだ理由について、売野は「宇宙って物理的に距離が離れているじゃないですか。“一番遠い職業”は“一番大きな目標”としてうってつけだと思ったのが1つです。もう1つは、宇宙飛行士は誰もが憧れる職業であること。毎回、宇宙飛行士の候補生が発表されると、記者会見でフラッシュを浴びて注目を集めますよね。さらに宇宙飛行士はバイリンガルが求められる職業で、ありすのようなセミリンガルのキャラクターとは遠い位置にあります。そういった点で、大きな目標にするにはピッタリだと思いました」と説明する。また売野はJAXA関係者や宇宙飛行士の山崎直子氏にも取材を行ったそうで、「宇宙に携わる方って心がとても美しくて、話しているうちになんだか心が洗われるんです」とコメント。「原稿も毎回監修してもらってますが、そのたびに感想も添えてくださり、本当に優しいんです!」と続けた。

ありすに反映された、ずっと感じていた自らの不完全さ

ありすと犬星のキャラクターについて、売野は「全部自分かなと思います。犬星のしつこさやうんちくを垂れるところもあれば、ありすの野生児っぽさも自分の中にある」とコメント。ありすの性格については、暗かったり性格が悪かったりするパターンも考えたがしっくりこず、最終的に今のピュアなキャラクターに落ち着いたという。ありすのセミリンガルという設定については、「私の家族はかなりマルチリンガルな人が多くて、父や母、おばも3、4カ国語を話せるんです。その中で自分は日本語しか話せず、幼い頃から焦りというか不完全さみたいなものを感じていました。ありすのキャラクターはその影響を受けているのかなと思います」とも語った。

デビューから一貫して描き続けているテーマ

売野からは、デビュー時から一貫して描き続けているテーマについても語られた。「このマンガには『子供の力で未来を変えることができる』というセリフが何回も出てきますが、これって王道ではないと思うんです。本来なら環境が悪ければ改善されたり、福祉につながったりもするけれど、犬星くんがありすにしているのは邪道の誘い。それでも自分たちの力でやってやろうというのは、子供時代の自分を勇気づけるような部分もあり、それはデビュー作から一貫して描き続けているのかなと思います」と述べる。またコアなマンガ好きから支持を得ている売野だが、コロナ禍以降は意識や描き方が少し変わってきたという話も。売野は「編集者さんにはモノローグ禁止と言われていました。そういうマンガはいっぱい描けるけど、封じられたらどう描けばいいかわからない(笑)。雑誌によって全然違うとは思いますが、モノローグは読まなくていいと思っている読者さんがたくさんいるらしく、セリフで展開しなきゃいけないのは大変でした」と語った。

3巻の電子版が本日発売され、紙版が明日発売になる「ありす、宇宙までも」。今後について聞かれると、売野は「ありすは宇宙飛行士、コマンダーになることが決まっていて、第1話はそのシーンから始まるので、もちろん今後の展開はそうなります。このマンガが万が一滑って全然続けられなかったら、途中を飛ばしてどうにかそこに辿り着けるようにと思ってましたが、こんなすごい賞をもらったのでたぶん続けられると思います(笑)」と言い、客席にいるスピリッツ編集長に「続けられますかね?」と確認する。「描きたいことはいっぱいあるので、続けられるなら、ありすが宇宙飛行士コマンダーになるまでの紆余曲折をたくさん描きたいです。たくさんの人に読んでもらえたら、たぶん宇宙飛行士編も始まると思います」と未来に向けた意気込みを語った。

「マンガ大賞2025」

大賞:売野機子「ありす、宇宙までも」(102ポイント)
2位:鍋倉夫「路傍のフジイ」(79ポイント)
3位:出内テツオ、クワハリ「ふつうの軽音部」(75ポイント)
4位:泉光「図書館の大魔術師」(69ポイント)
5位:城戸志保「どくだみの花咲くころ」(51ポイント)
6位:六つ花えいこ白川蟻ん、秋鹿ユギリ「死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから(※ただし好感度はゼロ)」(45ポイント)
7位:和山やま「女の園の星」(44ポイント)
8位:田村隆平「COSMOS」(38ポイント)
9位:こだまはつみ「この世は戦う価値がある」(37ポイント)
10位:まるよのかもめ「ドカ食いダイスキ! もちづきさん」(24ポイント)