アニメの現場から~コロナ禍でアニメ作りはどう変わる?~ 第1回 劇場版「SHIROBAKO」永谷敬之プロデューサー「この状況を鼓舞するのも、腕の見せ所」

新型コロナウイルス感染症の拡大、それに伴う外出自粛要請により、アニメ業界にも放送延期やイベント中止といったさまざまな影響が出ている昨今。本コラムではアニメ制作に携わる人々へのインタビューを通して、アニメ業界で働く人々がどのような影響を受け、今どんな思いでいるのかを知ると同時に、これからもアニメを楽しむために、私たちアニメファンにできることは何かを考えていく。

第1回に登場してくれるのは、2月29日に公開された劇場版「SHIROBAKO」や、放送中のTVアニメ「A3!」でプロデューサーを務める、インフィニット代表取締役の永谷敬之氏。公開初日・翌日に予定されていた舞台挨拶が中止になるなど、早い段階から影響を受けた劇場版「SHIROBAKO」の話を中心に、リアルな現場の心境をメールインタビューで聞いた。

取材・文 / 柳川春香

最終納品の直前で風向きが変わった

──劇場版「SHIROBAKO」は2月29日に公開されました。国内でも外出を控えるムードが高まり始めた時期であり、早い段階で新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けたアニメ作品だったかと思います。公開を目前に控えた当時、永谷さんやスタッフ・関係者の皆さんはどのような気持ちで過ごされていたのでしょうか。

世の中的にも新型コロナウイルスがどんなものなのかの全容が不明ながら、徐々に規制が進んでいく中でも、劇場版「SHIROBAKO」は制作が続いていたので、納品が終わるタイミングから世の中の情勢に目を向けていきました。実際、大きく風向きが変わったのが最終納品の直前だったこともあり、そのタイミングで何かできることは今振り返っても少なかったと考えています。舞台挨拶中止の案内を出したのが公開3日前の2月26日でした。しかし作業はこの直前までしていたので、急転直下な事態にスタッフ・関係者たちにも一気に動揺が走ったのを覚えています。ただ、正直当時は今週・来週は中止になったけれど、その先で舞台挨拶を実行できると思っていたのですが、今現在まで行えていないことに今回のコロナショックの大きさを感じております。

──2月29日・3月1日に開催予定だった舞台挨拶の中止を決めた際は、どのような思いでしたか?

先述の通り、この週末、翌週末を乗り切れば、その先で再度開催ができるのではと思っていました。公開当初は舞台挨拶ができないことを残念に思いながら、次のチャンスを当時はどう用意するかを考えておりました。しかし現実はそのタイミングからいろいろな劇場作品が延期になっていき、取り巻いている情勢も急速に悪くなったと記憶しています。

──劇場版「SHIROBAKO」でも、武蔵野アニメーションが手がける劇場アニメ「空中強襲揚陸艦SIVA」がトラブルによって公開できなくなるかもしれない、という事態が描かれていました。永谷さんはTwitterでも「アニメ業界の今を描く!をコンセプトに制作してきた『SHIROBAKO』がこのタイミングで公開されるのも何かの巡り合わせ」と書かれていましたが、宮森たちの姿が自分たちと重なるような思いもあったのでしょうか。

「SHIROBAKO」という作品はフィクションを作っているのは間違いありませんが、ノンフィクションに通ずるシチュエーションが生まれることがTVシリーズの頃から多々ありました。それだけ作品がリアリティを持って描けているという自負でもありましたが、今回のこのニアミスは予期もしなかったし、起こってほしくありませんでした。当時、僕の書いたコメントですが、作中であおい達は常に前を向いて困難に立ち向かう姿を描いてますが、その姿勢を送り出している自分たちが後ろ向きになる訳にはいかない、アニメ業界を描く作品のプロデューサーだからこそ作品がひとつのモデルケースになれるように、しっかりこのあとのことを見据えようとして書きました。そういった意味では重なる所もあったのですが、ひょっとしたらあおいよりは丸川元社長の心境だったのかもしれません。

この状況を鼓舞するのも、プロデューサーの腕の見せ所

──「SHIROBAKO」ではスタッフがたびたび集まってディスカッションをしたり、ご飯を食べたりするシーンが登場するなど、「人が集まる」ことで生まれるエネルギーが印象的に描かれていると感じます。「集まれない」ことはアニメ制作にどのような影響をおよぼしたと思いますか?

テレワークというスタイルがアニメ業界に定着するかはこのあとの展開次第なのかもしれませんが、僕個人的にはテレワークの期間に入って約2カ月で2クール分くらい、自身の仕事が遅れている印象を持っています。当社はオリジナル作品が多いことから、0から1を生み出すエネルギーがテレビ会議だと起こりにくい。話が盛り上がってブーストが掛かるよりも、よきところで無難に終わってしまう会議が増えたかな……雑談から生まれるいいアイデアも減っているのが心配です。そういった意味では、人によっては無駄に見える部分も作品によってはエネルギーになっていたことを実感しています。

実務においてはやはり集団作業が多いので、人が集まってという現場が多い、特に音響の現場は閉め切っている環境でもあったりするので、いろいろな環境作りをしながら行っていたりします。お休みの期間もあったので大変だったと思います。それ以外にも、作画関係はそれぞれの環境でできることもありますが、V編とか場所に依存するものも人数を絞って長時間滞在しないなど、これまでとは違ったスタイルを求められています。

私自身はコロナの影響が出てから円形脱毛症ができました。おそらくストレスを感じていたのだと思います。実際その期間に書いた企画書の叩きはちょっと重めな内容が多かったので全部ボツにしました。ですが、この抑圧された環境から解放されたときの未来を見据えて前向きな企画書を書き始めたので少しは適応したのでしょうか。

──アニメのプロデューサーという立場において、具体的に業務に支障が出る部分はありましたか?

現場を統括する立場でありますが、オンライン上だけではわからない、クリエイターのメンタルや数字上に出てこない実際の現場の温度感など、目測できない情報が多くなっている気がするので、従来の業務よりは範囲を広げてフォローするようにしています。その分、作品数は減らしてケアしているため、そういった意味では支障が出ているのかもしれません。ただ、その状況を鼓舞するのもプロデューサーの仕事なので腕の見せ所!と考える方がいいと思っています。

──アニメ制作において、今回の状況を受けて行われた新しい取り組みや業務形態があれば、可能な範囲で教えてください。また実際に行ってみての手ごたえはいかがでしたか。

シナリオ会議がテレビ会議になっているのは自身では初めての経験でした。ただ地方スタジオが多くなっている時代なのでテレビ会議自体は珍しくないのかもしれませんね。同じ様にオンライン上で音響のチェックも行われているのですが、これはおそらくこれまでにはなかったことかと思います。正直、成否はもう少し先にならないとわからないですね。

──アニメ業界や制作者への支援のため、アニメファンができる行動は何かあるでしょうか。

当社も少なからず影響を受けました。今、苦しい状況にある業界内の会社もあるかもしれません。この自宅待機中にアニメに触れることが多くなった方もいらっしゃると思いますが、ぜひ面白かった作品には声を上げてほしい、余裕があれば何かしら買ってほしい、このキャッチボールが停滞してしまうと本当につらくなります。アニメは嗜好品かもしれませんが、その嗜好品を普通に楽しめる世の中に戻るそのときまで、当社ができることを考えて行きたいと思います。ぜひファンの皆様も、この後のアニメ業界に関して考えてみてもらえるとうれしいです。

永谷敬之(ナガタニタカユキ)

1977年生まれ、広島県出身。スターチャイルド、バンダイビジュアルのプロデューサーを経て、2010年にアニメーションの企画・制作を手がけるインフィニットを設立する。「花咲くいろは」「凪のあすから」「SHIROBAKO」といったP.A.WORKS作品をはじめ、多数のアニメにプロデューサーとして参加。現在放送中のTVアニメ「A3!」、2020年放送開始のTVアニメ「ひぐらしのなく頃に」でもプロデューサーを務める。

(c)2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会