西村ツチカと板垣巴留があえて動物を描く理由を語る&専門家の動物トークに感嘆

イベント前の控え室にて。左から板垣巴留、西村ツチカ、新宅広二。

西村ツチカの単行本「北極百貨店のコンシェルジュさん」1巻の発売を記念したトークイベント「動物の擬人化を語る」が、去る12月23日に東京・本屋B&Bにて開催。西村のほか、板垣巴留、動物行動学者の新宅広二が出演した。

「北極百貨店のコンシェルジュさん」は、あらゆる動物が来店する謎の百貨店を舞台に描くファンタジー。このたびのトークイベントは、草食動物と肉食動物が共存する世界の学園ドラマ「BEASTARS」を連載中の板垣と、動物行動学者の新宅という、西村が会いたかったという2人を招いて行われた。

動物のツッコミどころを紹介した書籍「しくじり動物大集合」シリーズなどを手がけている新宅は「動物の魅力というのは、これまでは噛む力とか走るスピードが『どれだけすごいか』で語られることが長らく続いてました。でももしかして人間を含めた動物というのは、欠点を知ることが魅力に繋がるんじゃないか、ということを本にまとめてます」と語る。それを聞いた西村は「マンガのキャラクターの作り方として、『弱点を持たせる』というのはみんなやることだと思います。それで親しみが持てる」と述べた。

動物に関するドキュメンタリーなどの映像監修も多く担当しているという新宅。西村が新宅の手がけた番組を観たことを伝えると、新宅は「おふたりは学者ではないわけですから、(動物の生態を)忠実に再現してるわけではないですよね。動物の映像を観てしまうと、どのぐらいまで再現するかというさじ加減は難しいのでは」と疑問を口にすると、板垣は「それはめっちゃありますね(笑)」と同意。「昔から動物好きで、絵もずっと描いてましたし、(映像を)逆に観ないようにするとかはないんですけど。でも『BEASTARS』の動物の設定ってめちゃくちゃいい加減なので、今日は動物学者がいらっしゃると聞いてビビってます」と笑う。

続けて新宅は「(壇上の)みんなのあるあるだと思うんですけど、『一番好きな動物はなんですか』って聞かれるの嫌じゃないですか? 答えを用意しとかないといけない」と2人に尋ねると、板垣は「わかる! すごい嫌だ!(笑)」と同意。一方の西村は同意しつつも「僕は反則技として、とりあえず絶滅動物を答えてます。オオウミガラスって言うことにしてる」と、「北極百貨店のコンシェルジュさん」にも登場する動物の名前を挙げる。さらにここで私物のオオウミガラスのぬいぐるみを「気分を盛り上げるために持ってきました」と持ち出したうえで、「これ、1個買ったあとにネットで別のオオウミガラスのぬいぐるみも見つけてもう1つ買ったんですけど、まったく同じものが届いちゃった(笑)。同じ商品を(別の店では)別の角度から撮ってるだけでしたね。意外と情弱なところがあるんです」とエピソードを披露し、観客を笑わせた。

西村は「BEASTARS」について、「知識がないのでわからないんですけど、動物に関する知識はどこまで本当なんですか? 6巻に出てくる、『イヌ科はオオカミを改良した種族』というのは本当ですよね?」と新宅に尋ねる。新宅は「そうですね」と肯定しつつ「でも犬とオオカミの違いって難しいんですよ。交配したら子供ができるぐらい近い種だし、専門家に『どこで見分けるの』って聞くと『歯の位置が2ミリ違う』って言ってました。大昔の人間が、たまたまオオカミの子供を拾って『意外となつくぞ』って飼い始めたのが犬の起源と言われてます。『BEASTARS』では語られませんが、動物にとって食事と同じぐらい大きなテーマは、安心して眠れること。人間に飼われることで眠れるようになりますから、オオカミもそれを選んだんでしょう。だから犬という野生の動物はいないんです」と次々と動物知識を披露し、これには西村、板垣だけでなく観客も感嘆の声を上げた。

続いて新宅は「さっき『好きな動物を聞かれたくない』って言いましたけど、苦手な動物はありますか」と2人に問う。板垣は「豚が苦手で……。浅い理由なんですけど、『千と千尋の神隠し』で両親が豚になるシーンが怖すぎて(笑)。あの映画自体は本当に名作ですけど、あそこがトラウマです。豚は描けないし……」と回答。一方の西村は「蛇です」と明かし、板垣が「(動きが)予想不能ですもんね」とコメント。これに対し新宅は「爬虫類は表情が読み取れないですもんね。私はB級動物ホラーで気に入らないのは、アナコンダとかが襲うときに叫んだりするじゃないですか? でも蛇のホントの怖さはね、黙っていきなり獲物を食べることなんですよ。威嚇するのは弱いヤツの裏返し」と持論を展開し、板垣と西村は「確かに」と納得していた。

さらに新宅からは2人に「動物擬人化マンガの醍醐味ってどんな部分ですか」と質問。西村はこれを受け「『BEASTARS』は、キャラの性格と動物の組み合わせがリンクしてますよね。それって動物を見て性格を思いつくんですか?」と板垣に問う。板垣は「いや、逆にストーリーにこういうキャラクターが必要だと思ったら、そこから動物を考えます。少年誌だから意外性で驚かせたいっていうのもあるけど、意表を付きすぎると読者さんのどこにもかすらないキャラクターができてしまう」とキャラ作りについての考えを明かした。さらに西村は「『BEASTARS』でレゴシが、感情を抑えきれずに虎のビルの背中を爪で引っ掻くシーンあるじゃないですか。あれは人間では無理。擬人化ならではの表現ですよね。『やるときはやる』っていう」と、人間しか出てこないマンガとの違いについて語った。

続けて「北極百貨店のコンシェルジュさん」についての話題に。板垣は同作に登場するクレーマーのアザラシについて「実際の百貨店には、本当にああいうクレーマーがいるじゃないですか。でもそれをアザラシにしただけで許しちゃう。かわいい」と愛情を語ると、西村は「それも擬人化の醍醐味ですよね」とコメントした。なおトークショー後の質問コーナーでは、板垣は「『BEASTARS』は学園もので、人間でも描けるテーマなのにあえて動物で描いた理由は」というファンからの質問に対し、「人間の嫌な面は、マンガでも映画でも見たくないじゃないですか。私はそれを見るのはしんどいので、それを動物で描くことで読者との距離がひとつできて読みやすくなるし、動物にすることで愛しさみたいなのも抱けるかなという気持ちがある」と述べている。

西村は「BEASTARS」の好きな場面として、レゴシがウサギのハルと朝帰りしたあと、ルームメイトであるイヌ科の仲間たちがレゴシに気を遣って何も聞かなかったシーンを挙げ、これを聞いた新宅は「あれはすごく犬らしい特徴が出てますね」と切り出す。これを聞いた板垣は動物の性質までは意図していなかったようで「えっ、そうだったんですか? ネコ科だったら根掘り葉掘り聞いてるのかな(笑)」と驚く様子を見せていた。新宅によると、犬は他人の気持ちを思いやれる動物だという。その例として「私は業者に頼まれて犬用の香水を作ったことがあるんです。犬が本当に好きなのは魚の腐った匂いとかのはずなんですが、実験で一番反応が良かったのは、飼い主の女性が好む普通の香水だった。それはどういうことかっていうと、犬はそれを使ってるご主人様の喜ぶ顔が好きだから。犬はそうやって自分を抑えることができるんです。犬に服を着せるのはダメっていう人もいるけど、犬はそれでご主人様が喜ぶならちょっとぐらい窮屈なのは全然OKだと思う」と語り、またしても会場の一同を唸らせていた。

ここで約1時間半にわたる動物とマンガに関するトークショーは終了。質問コーナーとそれぞれのサイン会を行ったあと、イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。