アニメに触れるすべての人へ、押山清高と岩浪美和が基礎から教授
2025年1月に東京・立川シネマシティでスタートした「Mercaアニメーションスクール」は、業界内外にかかわらずアニメ制作について知りたい人に向け、広く門戸が開かれた講座。いち視聴者がただアニメを楽しむためであっても気軽に受講でき、全6回の連続講座と全4回の集中講座を展開している。
9月に「演出」をテーマにした集中講座が開催されるのに向け、本記事ではそんな「Mercaアニメーションスクール」第1期の様子を公開する。第1期後半では映画「ルックバック」で知られる押山清高監督、国内アニメで初のDolby Atmosを採用した「BLAME!」などアニメーションの音響を大きく変えた音響監督の岩浪美和が登場。また主任講師を務めるアニメーション研究者・高瀬康司にこれまでの振り返りや今後の構想を聞いた。
※レポートは2025年の開催当時に執筆したもの。
取材・文 / 柳川春香(コミックナタリー編集部)
前編では「制作」「作画」「撮影」「CG」を解説
前編では初回で高瀬が語った「Mercaアニメーションスクール」のねらいを含め、第1回から第4回までをレポート。全6回の講座がよりわかりやすくなるよう導線を引いてくれたTRIGGER常務取締役・舛本和也の「制作」回、映画「ルックバック」にも参加したアニメーター・井上俊之による「作画」回、アニメファンには知る機会が少ない技術を泉津井陽一が解説してくれた「撮影」回、CG監督・三好紀彦がスタジオジブリ作品のCGの使い方を明かす「CG」回と、いずれの回も業界のトップランナーが参加している。
第5回「監督」アニメーション監督・押山清高(2025年3月22日開催)
アニメーターとして2004年より活躍し、2024年6月に公開された監督作「ルックバック」が、第48回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞をはじめ数々の賞に輝いている押山。そんな押山の講座では、企画から音響まで制作のワークフローをスクリーンで示しつつ、企画や脚本、色彩設計・仕上げなど、各工程における監督の役割や「ルックバック」での具体的な関わり方を、1つひとつ解説していった。
ここまでの講座で触れなかった工程については特に詳しく取り扱い、例えば“設定”については押山自身が手がけた「ルックバック」の設定資料をたっぷりと用いながら解説。キャラクターの表情集はアニメファンも資料集などで見る機会が多いと思うが、その重要性について押山はこう語る。「キャラクターの記号の指針の1つになります。例えば目のデザインが×になったり大胆に顔のパーツが変わるような作品は特に重要ですし、『ルックバック』は比較的リアル寄りの表情変化ですが、『そういうスタイルですよ』とアニメーターに理解してもらうために、あるに越したことはないです」
一方で、「ルックバック」は標準的な制作フローとは異なる作り方をしている部分もある。例えば「ルックバック」では、企画の直後に、シナリオを飛ばして“ビデオコンテ”を押山自ら作ったという。会場では押山が声をあてたビデオコンテを少々照れながら初公開。この時点で映像のリズムが概ね作られていること、アニメーションのイメージが頭の中にある程度できていることが感じ取れる。
質疑応答で“アニメ監督の資質”を問われると、まず「手描きでも3Dでも、実写ではない絵作りにほれ込んでいるところがないと続けられない」と回答。また「人間の無意識的なイメージがダイレクトに表現されるのは、絵のような、真っ白なところから生み出すものだと思うんです。自分の意識の中の、自分で捉えられていない部分。そこに価値を見出すような人がアニメ監督には向いてるんじゃないかと思います」という興味深い話も聞けた。アニメーションは実写作品のような偶然性がないとはよく言われるが、押山は「すべての絵を意識的に描いているかというと、むしろほとんど無意識じゃないと、こんな作品は作れないんです。体が勝手に動くような感覚で描いている部分もかなり多い」と見解を伝えた。
その後も資料を豊富に用意したということで、講座の終了時間ギリギリまで紹介していく。第2回「作画」の講師・井上俊之が担当したカットのレイアウトを投影しながら、第2回で話されたように押山の書き込んだ指示に注目しながら解説を行うという、連続講座の魅力を感じられる場面も。また最後に「ルックバック」に関して押山から、「10人に3人くらい気づいてしまうんじゃないか、と思っていた仕掛けが1つあるんですが、その感想がまだ飛び交っていなくて、むしろ自分で言いたくなってきています(笑)。SEで仕掛けをしている、1万人に1人くらいは気づいてほしいポイントがあります」という情報も聞けた。今後鑑賞する機会にはぜひ探してみてほしい。
第6回「音響」音響監督・岩浪美和(2025年4月5日開催)
最終回のテーマは、アニメの制作工程においても終盤に位置する「音響」。講師の岩浪美和は、国内アニメで初のDolby Atmosを採用した「BLAME!」をはじめ、「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズ、「ソードアート・オンライン」シリーズなど多数のアニメ作品や、海外作品の吹替にも長年携わる。2025年3月には東京・グランドシネマサンシャイン池袋とコラボレーションしプレミアムサウンドシアター「solaシアター」を手がけるなど、アニメーションの音響の向上に大きく貢献してきた人物だ。それでいて親しみやすくユーモラスな語り口が魅力で、ここには書けないような話もたっぷり交え、たびたび笑いが起こる講座となった。
岩浪はまず、音響監督の仕事を「監督の右腕になって音の面をサポートする仕事」「最後の最後の“だるまに目を入れる”ような瞬間に立ち会える」と簡潔に表現。音響監督のなり方や現在活躍する音響監督の出自などを紹介した後、仕事の詳細について“セリフ”、“音楽”、“効果音”と3つに分けて解説していった。
“セリフ”では国内アニメのアフレコだけでなく、海外作品の吹替についても説明。吹替では音響監督が台本制作にまで関わるため、「ビーストウォーズ」などを例に出しながら、「一番大事なのはどういう言葉選びをするか」と岩浪は語る。また国内アニメのアフレコについて話す場面では、「日本の声優さんは本当にすごい」と断言。「狭き門だからこそ、上がってくる人はとても優秀。尊敬しかない」「日本のアニメと海外のアニメの一番の違いであり、支持される理由」とストレートに称賛した。
また「音楽の使い方は、発注も含めて一番音響監督の個性が出るかも」という岩浪。アニメの音楽には主に映画で使われる、映像に合わせて音楽を作る「フィルムスコアリング」と、TVアニメでは主流の「まとめ録り」がある。後者は1クール40曲程度の音楽を、音響監督が「こういう音楽を作ってください」とあらかじめ発注するやり方だ。岩浪は「これが音響監督の大切な仕事の1つ」と言い、自身の発注の考え方を具体的に解説する。また音楽の使い方に関して興味深かったのは、「音的なついたて」と岩浪が表現したもの。複数いる室内で2人のキャラクターが内緒話をしているようなシチュエーションに対し、「『ほかの人に聞こえちゃうよ』って僕は思うから、そう感じさせないように、音的なついたての意識で音楽をつける」と話し、アニメならではの音楽の使い方がうかがえた。
音響監督という仕事の繊細さを実感させられる一方で、コロナ禍以降、配信視聴が中心になった現在における音響の仕事の難しさも伝わってきた。岩浪は「字幕や倍速で視聴されるようだと自分の仕事は届かない」と話し、スマートフォンとイヤホンという視聴スタイルや、映画であってものちに配信で多くの人が観るという現状に対し、音響監督がどう向き合っていくべきかという問題意識についても触れた。
効果音についての説明に入ろうとしたところで、講座は残り10分に。それでも「アニメの効果音で大事なのは『強調と省略』」「いかに上手な嘘をつくか」と、ギリギリまで岩浪は解説を続ける。最後は映画とテレビの音の違いまで触れ、時間をめいっぱい使って熱いこだわりを聞かせてくれた。なお岩浪も参加しているインタビュー集「アニメ音響の魔法 音響監督が語る、音づくりのすべて」も音響監督の仕事が詳しく知れる一冊なので、興味がある人はこちらも参照してほしい。
主任講師・高瀬康司インタビュー
第1期最終回の締めくくりで、「50時間、100時間独学で学ぼうとも、この全6回の講座で得られる知識には及ばない。最良の入門の場」だと断言した高瀬。夏期集中講座、第2期を経た現在の手応えと、今後の展望について聞いた。
──高瀬さんはこれまでも多くのクリエイタートークの司会をされていますし、立川シネマシティでも井上俊之さんと「作画殿堂」をやっていますよね。そういったものと「Mercaアニメーションスクール」の一番の違いはなんですか?
アニメ系のトークイベントは、作品や作家を軸に、その魅力を伝えるためのものが中心だと思います。「井上俊之の作画殿堂」も、ファンや業界人が、作画表現やその歴史をさらに深掘りして楽しめるイベントです。その一方、「Mercaアニメーションスクール」は、一般の“鑑賞者”を主な対象として、個々の作品ではなくその“制作工程”を軸に、現場のクリエイティブに触れてもらうことを一番の目的としています。講師の方々には、担当セクションのワークフローに必ず触れていただくようお願いしていて、例えば井上さんであれば、これまでもさまざまなイベントで作画語りをされていますが、初学者に向けて「原画」「動画」といった用語の意味から解説する機会はほかになかったと思います。
──井上さんのトークを聞きに来る時点で、作画の基礎教養を持っていることは前提ですからね。
というか、普通は恐れ多くて頼めない(笑)。本来なら、優れた制作者にご登壇いただくなら、その方にしか語れない自作の話や高度な表現について聞きたくなりますよね。でも、「Mercaアニメーションスクール」は、そういう第一線の方々に、あえて入門的なところから解説をしていただくという点で、とても贅沢な企画だと思っています。実際に開催してみて予想以上だったのは、その道のトップランナーが語る“基礎”には、経験に裏打ちされた重みや奥行きがあることです。私自身、アニメの制作工程は一通り理解しているつもりでしたが、講師の方々の解説にハッとさせられる瞬間がたくさんありました。しかも、皆さんとてもお話がうまい。
──本当に講座がわかりやすくて、講演する機会が多いからかなと思ったのですが。
集団制作のプロというのは、イメージを共有する達人でもありますからね。加えて、受講生の皆さんの熱意によるところも大きかったと思います。「Mercaアニメーションスクール」は、カリキュラムを組んだ通しチケットのみの販売で、しかも映画館のゴールデンタイムでの開催なので、受講料も決して安くはありません。それでも自発的に学びたいという前のめりな方々が来てくださっているので、その前提で講座を組み立てることができる。質疑応答もすごく活発ですし、業界向けセミナーへの登壇に慣れた講師の方も、質問の勢いや切り口が違って新鮮だったと言ってくださいました。講師陣が受講生の皆さんの熱気に当てられたところもあったと思います。
──「アニメについて知りたい」という貪欲な気持ちが共有されている、いい空間だなと感じました。
ただ、運営面ではまだまだ課題もあります。第1期は映画館での鑑賞者向け講座という目新しさもあってか、募集開始初日に当初用意していた100席が完売し、急遽、劇場の全176席まで販売を拡大したのですが、それもすぐに埋まってしまいました。ありがたい話ではあるのですが、規模が大きくなったことで見えてきた難しさもありました。例えば映画館は、座り心地のいい座席と大きなスクリーン、良質な音響がそろう魅力的な空間ですが、セミナー用に設計された施設ではないので、投影した制作素材の細かな筆致などは、後方席からは見えづらい場面がありました。人数が増えた分、直接質問ができる機会も限られてしまいますし、受講生の幅が広がるほど、難易度設定がしづらくなるという問題もあります。教育空間として活用するためのノウハウも、初心者に寄り添いながらコアなファンにも発見のある内容をどう実現するかも、今なお試行錯誤中です。
──受講生はどういった方が多いでしょうか?
一般のアニメファンが中心ではありますが、マンガや実写映画などの隣接領域の方、さらにはアニメ業界の方も少なくありません。実は現場の制作者であっても、自分の担当セクション以外を学ぶ機会は意外と少なく、知りたくても気軽に聞けないことも多いといいます。その意味で、アニメスタジオの新人さんや業界志望の学生にも来てもらいたいと、企画段階から考えていました。そしてもう一つ意識していたのが、制作スタジオ以外でアニメに関わる方々です。メーカーや配給など「製作」側の方や、メディアで働く方、それこそナタリーさんの記者の方にも、ぜひ受講してほしいなと思っています(笑)。
──私もそう思います(笑)。
講座後に、アニメスタジオの法務の方から、「自分のやっている仕事が、具体的なイメージをもって捉えられるようになりました」と言ってもらえたのは、個人的にとてもうれしかったですね。これは冗談半分ですが、懇親会では「仕事でしょうがなくアニメに関わることになった人」が身近にいたら連れてきてくださいと言っています(笑)。アニメビジネスがグローバルに拡大する中、仕事でアニメに関わる人の数も、その分だけ増えています。しかし、急に仕事でアニメに関わることになり、前向きにであれ後ろ向きにであれ、ゼロから学ぼうと思っても、意外と適切な入門の場が見当たらない。そんなとき、この講座や懇親会が、楽しく学び始めるきっかけになれたらいいなと思っています。
──ちなみに講座後の懇親会は、どんな雰囲気だったんでしょうか。
参加者からは「懇親会が一番コスパがいい」なんて意見が出るほど好評で、うれしくも複雑な気持ちです(笑)。普通の飲み会程度の会費で、豪華講師陣と直接お話ができるうえ、アニメファン同士が出会い、交流する機会にもなっているようで、今後も続けていきたいですね。
──最後に、今後の展開についてはいかがですか?
講座のイントロダクションでも言っていることですが、本当にやりたいのは、全50コマからなる連続講座です(笑)。もちろん、50コマのコースは日程や受講料の面で現実的ではありません。ただ、第1期と第2期で取り上げるセクションを変えましたが、それでもまだまだ足りない。アニメ制作・製作の見取り図を描くには、やはりそれくらい必要なんですよね。夏期集中講座では、一つのセクションを複数の講師に解説していただいていますが、例えば「演出」一つ取っても、切り口が違えばまったく別の講座になる。アニメは分業で作られているからこそ、一つひとつの仕事を点ではなく、そのつながりまで含めて体系的に、あるいは星座のように捉えてもらいたい。受講生には、単発のイベントだったら絶対に選ばなかっただろうセクションの講座をこそ受けてほしい、という思いは今も変わりません。アニメを観るためにも、考えるためにも、作るためにも、その土台となる基礎教養が身につくスクールにしていきたいですね。
高瀬康司(タカセコウジ)
1980年生まれ。アニメーション研究家・批評家。宝塚大学東京メディア芸術学部准教授、東京都立大学非常勤講師を務めるほか、「井上俊之の作画殿堂」の企画・運営など、各種イベントや映画祭、アワードでプロデューサーやディレクター、審査員などを担当する。編著に「アニメ制作者たちの方法 21世紀のアニメ表現論入門」(フィルムアート社)、「井上俊之の作画遊蕩」(KADOKAWA)がある。
「Mercaアニメーションスクール SUMMER BOOT CAMP 2026──『観る』『考える』『作る』ためのアニメ『演出』ゼミナール」
日時:2026年9月5日(土)、9月6日(日)14:00~17:45
場所:東京都 立川シネマシティ シネマ・ツー c studio
主任講師:高瀬康司
講師:谷口悟朗、榎戸駿+坂詰嵩仁、りく、四宮義俊
料金:先行価格(一般)19800円、先行価格(学生)17800円、通常価格(一般)24800円、通常価格(学生)19800円
※先行価格は2026年8月29日(土)23:59まで。
1日目タイムテーブル
14:00~14:15 イントロダクション:高瀬康司
14:15~15:45 芝居:谷口悟朗(「パリに咲くエトワール」監督)
16:15~17:45 アクション:榎戸駿+坂詰嵩仁(「Fate/strange Fake」監督)
2日目タイムテーブル
14:00~15:30 MV:りく(星街すいせい「プリマドンナ」MV監督)
16:00~17:30 アート:四宮義俊(「花緑青が明ける日に」監督)
17:30~17:45 まとめ:高瀬康司
