「このミーム、元ネタ何?」という経験をしたことがある人も多いのではないだろうか。
近年、SNSやネット掲示板のやり取りで、いわゆる“インターネット・ミーム”化したマンガの一場面を目にすることは多い。インターネット・ミームとは、ネット上で人から人へと伝わっていく中で、パロディや改変を繰り返しながら、多くの人に認知、共通の認識を形成されるに至った動画、画像、フレーズなどのことを指す。
しかしそうした性質上、ミーム画像は物語から切り離されて本来の意味を失ってしまったり、画像だけが1人歩きしてしまい作品名すら認知されないといったことが起こってしまう。
ミーム化しているマンガの画像は、どれもひと目見ただけで記憶に残るインパクトを持っている。一瞬で人の心を揺さぶるセリフと絵の力は、名作マンガの条件でもある。そうした名作をミームとして記号的に消費してしまうのは、もったいないのではないだろうか。本コラムでは誰もが目にしたことがあるであろうミームの元ネタを辿り、その魅力を改めて紹介していきたい。
※本コラムの画像は、出版社の許諾を得て使用しています。マンガの画像をネットミームとして無断使用することを推奨する記事ではありません。
文 / 籠生堅太(yomina-hare)
今回紹介するのは、このおじさん
貫禄たっぷりのヒゲのおじさんが、2コマ使ったタメのあとで発する「ば~~~~~っかじゃねえの!?」という、どストレートな罵倒。この画像は「寄生獣」「七夕の国」で知られる岩明均による歴史マンガの金字塔「ヒストリエ」を原典とする。2003年の連載開始から20年以上愛される本作は、紀元前を舞台に、のちにアレクサンドロス大王に仕えることになる青年・エウメネスの波乱の人生を描いた物語だ。2027年1月放送予定でTVアニメ化も発表されている。
ミームとしてはセリフの字面だけを追うように相手をバカにしたり、煽ったり……どちらかというとネガティブな使われ方をしている場面に多く遭遇する。
感情を言葉にすることは、思いのほか難しい。人の感情は複雑で、何か1つの言葉では、表せないことも多々ある。対面においては表情や身振り手振り、メッセージアプリではスタンプなど、ビジュアルで言葉を補うことはコミュニケーションにおいては一般的だ。そうした意味でも人々に広く知られるミーム画像は、相手と自分の認識を揃える手段として有効なのかもしれない。ただ文字だけで「バカじゃないの?」と伝えるのと、「ば~~~~~っかじゃねえの!?」おじさんの画像を貼るのでは、受け取る印象がぜんぜん違う。それは絵そのものの力だけでなく、ミームとして積み重ねてきた歴史が画像の上に投影されているからではないだろうか。「ヒストリエ」のワンシーンを目にしながらも、実際にみんなが見ているのは元々の文脈から切り離されたネットミームとしての「ば~~~~~っかじゃねえの!?」おじさんなのである。
では、このおじさんは一体何者で、どういった経緯であの渾身の「ば~~~~~っかじゃねえの!?」を吐き出したのか。
登場コマ数はたった◯◯コマ! 圧倒的知名度のおじさんは超脇役
みんなも気になってきたであろう、このおじさんの人生を紹介しようと思う。そんなに長い話にはならない。なぜならば、「ヒストリエ」で一番有名かもしれないこのおじさん──ハルパゴスだが、彼の全登場コマ数はわずか15コマ! そのうちの3コマが、例のミームのシーンという脇役も脇役なのだ。
だが、この15コマに凝縮された彼の物語はなかなかにヘビーだ。
劇中で語られる逸話の登場人物であるハルパゴスは、ささいなことで王の不信を買い、ひとり息子を殺されて、その肉を食わされるという、壮絶な仕打ちを受ける。その場を耐え忍んだ彼は、忠臣を装い復讐の機会をうかがい続ける。そしてついに王を破滅へと追い込む裏切りの瞬間に放たれたのが、あの「ば~~~~~っかじゃねえの!?」なのである。
……煽り行為に使う画像としては、ちょっと重たすぎるのでは?
2000年前を生きた人々の想いを追体験する
ハルパゴスのエピソードに代表されるように、「ヒストリエ」の舞台である紀元前は、現代よりもはるかに暴力的な世界だ。物理的な暴力はもちろん、権力や財力などを持つ者たちによって、弱き人々の尊厳はたやすく踏みにじられ、命は簡単に奪われていく。そんな暴力の嵐を岩明均はドライに描く。その一方でキャラクターの心の底にある悲しみや怒りを激しく描くことで、その感情は読み手の胸に深く突き刺さる。
たった1コマに圧縮されたハルパゴスの怒り。それが、文脈を剥ぎ取られた状態でも多くの人を惹きつけて止まないことが、岩明均の「人間の感情」を描く力の高さを証明ではないだろうか。「ば~~~~~っかじゃねえの!?」のコマはもちろんだけれど、その手前にある2コマもいい。子を殺されながらも、耐え忍んできた男はきっとこんな顔をするんだろうなという説得力がある。怒ったり、泣いたり、どこかに振り切れた感情はもちろんのこと、こうした微妙な表情にこそ、そのキャラクターが生きていることを強く感じることができる。
また本作には「文化がちがーう!」「よくもぼくをォ!!だましたなァ!!」などミーム化しているシーンが複数ある。そうした場面でキャラたちが何を感じていたのかを確かめてみるのもオススメだ。
歴史を題材にした作品というと敷居が高いと感じる方もいるかもしれない。しかし「ヒストリエ」で描かれているのは、何年に何が起き、誰が生まれ、死んだかという事実の羅列ではなく、そこに生きる人たちの感情だ。だからこそ2000年以上昔、はるか彼方のヨーロッパの地で繰り広げられるドラマに、多くの読者が心を揺さぶられているのだろう。
(c)岩明均/講談社