谷口悟朗監督「アニメ界で一番無能なのが私」その真意とは?倉田雅世と90分語り尽くす
谷口悟朗監督作のオールナイト上映が「第1回 あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル」内で去る12月13日に行われた。上映作品は「スクライド オルタレイション QUAN」「スクライド オルタレイション TAO」「BLOODY ESCAPE -地獄の逃走劇-」の3作品。上映前には谷口監督と、多数の谷口作品に出演する倉田雅世が登壇し、谷口作品についてのトークが約1時間半にわたって繰り広げられた。
「アニメ界で一番無能なのが私」その真意とは
開演時刻を迎える前から自らマイクを持ち、この後の上映スケジュールや「あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル」を紹介したりなど、集まったファンを楽しませていた愛知県出身の谷口監督。谷口作品との縁が深い倉田はHOLYマークがデザインされた「スクライド」のパーカーを着て登壇し、2人はアットホームな雰囲気で忌憚のないトークを展開した。
前半の40分は「どんな考えでそれぞれの作品を作ってきたのか」というテーマで谷口監督が話し始めるが、「まず前提として、私はアニメ界で一番無能なのが私だと思ってるんです」と切り出し倉田や観客を驚かせる。その理由として「芝居をするわけでも脚本を書くわけでも絵を描くわけでもない」という点、加えて自身が元請け作品やメジャー作品が少なかった時期のJ.C.STAFF出身であり、業界のエリートと言えるポジションではなかったという点を挙げ、そんな自分がどのように監督・演出業に就いたのか、そしてキャリアを築いてきたかを、高橋良輔ら支えになった人物の存在にも触れながら辿っていった。
「『空手バカ一代』のようなものがやりたい」という思いから始まった「スクライド」、大河内一楼との出会いとなった「プラネテス」など、“谷口悟朗”の名がアニメファンに知らしめられていった時期の作品から、「revisions リヴィジョンズ」「ONE PIECE FILM RED」といった近年の作品まで、それぞれの作品での意識の変化や挑戦を解説していく谷口監督。「ガン×ソード」の話題では「例えば1つのセクションの仕事が100点満点とします。私は理屈を知っていても実技はしないので、取れていいところ20点。でも、それをすべてのセクションに対して取っていけばいい。それで積み上げたら私の勝ちです。それが一番現実的だってことに気づいた」と力強く語る。
また「『コードギアス』でアニメファンやTVアニメに対する恩返しは一旦終わったと、区切りをつけています」とも話し、以降の作品について語る際の「自分の作品を世界に持って行くための布石になる」「手描きだけではない技術体系を手に入れよう、新しい表現をしていこう」といった言葉からは、確かにより広い領域や新しいチャレンジに意識が向いていったことがうかがえた。前半の最後には「この中にアニメを作ってみたい、監督をやりたいと言う人がいたら、谷口くらいだったらすぐなれますよ」と冒頭の言葉に通ずるメッセージを観客に伝えた。
谷口監督が長考した質問、即答した質問
ここで休憩を10分挟むスケジュールだったが、谷口監督も倉田もすぐにステージに戻ってくると、最近の声優事情のよもやま話へ。「最近の若手の声優さんは、倉田さんたちほど前に出てこない」と谷口監督が切り出し、倉田は笑いつつも「昔は舞台から来た人、声優やりたくて来た人などバックボーンがいろいろだった」と変化に触れる。オーディションに落ちると落ち込むかという話から、谷口監督が「自分が昔から読んでいて、何度も制作会社の人に『アニメ化したらいいですよ』って言ってて聞いてもらえなかった作品が別の会社からアニメ化されて『コノヤロー!』と思うこと、けっこうあるんですよ(笑)」といくつかのアニメ化されたマンガの名前を挙げる場面もあった。
後半の40分は、観客から寄せられた質問に谷口監督が時間の許す限り答えていく。「『スクライド』に人生を変えてもらいました。己の信念を貫きたいけれど、まだまだ取り繕って本心を隠してしまう、私に喝を入れてもらいたいです」というメッセージに対し「私がやると圧が強いので(笑)」と谷口監督が倉田に譲ると、倉田は「ガン×ソード」で演じたファサリナの「ダメよ、ダメダメ」というセリフを披露。谷口監督も「マンガもアニメも、それを観たことによって誰か1人でも生き方に1つの指針が生まれる、もしくは方向性が変わる。それは表現物が持っているすごく大きな力だと思うんです。そういった声を聞けるのはとてもうれしいと同時に、大変申し訳ございませんでした(笑)」と感謝を伝えた。
ほぼノンストップでトークを繰り広げてきた谷口監督が、この日一番の長考を見せたのが「ご自身の創作の原動力はなんですか?」という質問。「これは考えたこともないですね」と少し驚いた様子で、自身の見てきたクリエイターの姿も思い浮かべながら「その人の中にある何か、としか言いようがないです」と回答した。一方「プロデューサーの能力がないとアニメ監督にはなれませんか?」という質問には、食い気味に「できません」と即答。「厳密に言うと“長くは”できません。少なくとも私が会ってきた人たち、富野(由悠季)さんや高橋(良輔)さん、庵野(秀明)さんもすごくプロデューサー的です」と語った。
さらに2026年3月13日に公開を控えるオリジナル劇場アニメ「パリに咲くエトワール」の話題も。「趣味で自主映画みたいな感じで作り始めたんです、本当は。私の中では高畑勲さんの『セロ弾きのゴーシュ』のような考えです」と明かす。質疑応答では「メカデザイン:片貝文洋」のクレジットが気になるというコメントが寄せられ、「メカデザインってロボデザインじゃないですよ?」とあくまで“機械”のデザインであると笑いながら回答。「私の中だと『プレアデス』や『無限のリヴァイアス』とか、そちら側の脳みそを使った作りになっています」とも話した。
ストレイト・クーガー役の津久井教生への思い
ギリギリまで繰り広げられたトークも終了時刻に。最後にこの日の上映作品について倉田より、それぞれへの思いが語られる。「スクライド オルタレイション QUAN」「スクライド オルタレイション TAO」は「特に劇場で観たい作品」と話し、「役者陣も久しぶりに集まってみんなとっても気合いを入れて、みんながそれぞれ『スクライド』が終わってからいろんな現場を経て身に付けたものを使って、でも『スクライド』への真摯な気持ちで作った作品」と伝える。「BLOODY ESCAPE -地獄の逃走劇-」では、ゆきのさつき演じるララックと倉田演じるノノックの演技も楽しんでもらえたらと語りかけた。
そしてもう1つ、開演前から谷口監督が率先して観客へ依頼していたのが、「スクライド」でストレイト・クーガー役を演じた津久井教生へのメッセージ。津久井は2019年10月に指定難病の筋委縮性側索硬化症(ALS)に罹患したことを公表し、現在も闘病を続けている。谷口監督はトークショーの最後に改めて「もちろんご本人および周囲のご家族は十分がんばっておられると思うんです。それでもなんらかの形でメッセージが1つでも届き、活力の1つにつながってくれるといいかなと思いますので、よろしくお願いいたします」と呼びかけた。
「第1回 あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル」は12月17日まで愛知県名古屋市内で開催中。細田監督作の特集上映や、各国のクリエイターによるトークセッションやカンファレンス、国内外の作品が参加する長編コンペティションが展開されている。
