アニメスタジオクロニクル No.14 オレンジ 井野元英二
アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第14回に登場してもらったのは、「宝石の国」で世にその名を広めたオレンジの井野元英二氏。フリーランスとしてCG制作を続けてきた井野元氏がオレンジを立ち上げた経緯、そして、オレンジの代表となった現在も、ディレクターとして現場に携わるその理由を探った。
取材・文 / はるのおと 撮影 / ヨシダヤスシ
CG専門の制作会社がやっていけるかわからなかった
2004年のオレンジ設立まで、井野元氏はフリーランスでCG制作に携わっていた。当初はゲーム業界を中心に活動していたが、1999年開始の「ゾイド -ZOIDS-」でアニメ業界へ。その後は2001年放送の「ジーンシャフト」でモデリングやアニメーションといった作業だけでなくBETACAMによる納品も1人で行い、「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」でタチコマを動かしていた。
「その頃、個人でできることの限界を探っていました。『ジーンシャフト』で自分の限界を突破したものの、それでも間に合わず終盤の話は他社さんにお願いすることになって。『ここが個人の限界かな……』と思っているときに、河森正治監督のロボットアニメ『創聖のアクエリオン』のCGを話数単位で担当しないかという話が来たんです。ロボットは全部CGでやるから作業量がすごいことになっていて、それでも複数人でやればなんとかできるんじゃないかという目算のもと、オレンジを立ち上げました。
恥ずかしいからあまり言っていませんが、当初は自宅で1人で作業していたので“俺ん家(おれんち)”……それに濁点を付けたのがオレンジという社名の由来です。当時もCG会社はいくつかありましたが、長かったり覚えにくい社名よりは、一度聞けばすぐに覚えてもらえる名前にしようと思いました」
2004年にもなるとアニメ業界でもCGの利用が進んでいた。それでも井野元氏は「CG専門の会社がビジネスとしてやっていけるのかわからなかった」という。
「当時のアニメ業界では、作画で処理するのが難しい部分を補填するという観点でCGの需要が高まっていました。そんな不安定な状況だったので、CG専門の制作会社が継続的に利益を生み続けられるか正直わかりませんでした。
例えばロボットもまだ作画で動かすことが多く、CGだと異色というか『なんでCGにするんだよ』なんてアニメファンに言われることもあった。だからそう言われないようがんばろうって(笑)。『ゾイド -ZOIDS-』をやっているときなんかは『さすがに作画でこれは無理だろう』と思っていたし、『創聖のアクエリオン』も河森さんがCGでしかできないような必殺技のアイデアを出してくれたので、いい感触はあったんですけどね。
あれから20年経ち、ようやく『CGだから』と叩かれるようなことがなくなり、『THE FIRST SLAM DUNK』のように大ヒットするCG作品も出てきました。ゲームユーザーを中心にCGに慣れていったとか、作り手側も技量が上がり見せ方が多様になってきたとかいろんな要因が考えられますが、お互いようやくCGに馴染んできたんでしょう。いい環境になりました。ただ20年前には『10年くらいで環境が変わるはず』と言っていたんですが……結局20年経ちましたね(笑)」
初元請け作品「宝石の国」で社内が激変
設立当初の井野元氏の心配に反して、オレンジは設立後、多数のアニメのCGに協力していく。その中で特に感謝している作品とは……。
「キネマシトラスさんと一緒にやった『.hack//Quantum』は、下請けとしてやっていたんですが、先方のご厚意で元請け風に連名でクレジットしていただけました。動画工房さんとやった『銀河機攻隊 マジェスティックプリンス』もそうですね。下請けとしてものすごく努力はしていたものの、なかなか世間に社名を認識してもらえなかったので、そんなふうにクレジットして知名度を上げていただけたそれらの作品は、私としてはとてもありがたい存在です。
ちなみに私はモーションキャプチャでアニメを作れないかずっと考えていて、今も使っている『MVN』というシステムを『.hack//Quantum』で導入しました。おそらく、それを国内で買ったのは私が第一号かもしれません。今でこそモーションキャプチャが自社内でできる会社もありますが、20年前からモーションキャプチャベースでアニメを作ろうとしていたのはうちの特徴でしょう」
2017年、井野元氏がオレンジにとっての大きなターニングポイントとして挙げる「宝石の国」が放送される。月刊アフタヌーン(講談社)で連載されたマンガが原作で、同社にとって初の元請け作品となるフルCG作品だ。
「『銀河機攻隊 マジェスティックプリンス』をやらせていただいたTOHO animationさんから『次はこういうのをやりませんか』という感じでお話をいただきました。オレンジはそれまで下請けしかしていなかったので彼らにとって冒険だったでしょうし、実際に私も『本当に作れるのかな?』と思っていたんです。だって当時は下請けとして70カット作るのも大変だったのに、1話300カットも本当にやれるのかと(笑)。ただおかげさまでなんとかうまくいって。元請けとしてやったおかげでそれまでの比ではないほど多くの人にオレンジの名前を覚えていただけたし、今でもオレンジの代表作と挙げていただける作品になりました。
経営者ではなく技術者としての視点では、『アニメファンにCGを受け入れてほしい』と思いながら作ってきて、ようやくそれが達成できた作品だというのも大きかったです。それまでもロボットなどで手応えがありましたが、『宝石の国』ではCGで描いたキャラクターが受け入れられた。それ以降、うちが作る作品はクオリティをアップさせたり表現を少し変化させたりと少しずつテイストを変えていますが、そのベースとなっているのは『宝石の国』です」
「宝石の国」によってオレンジの名前は一気に世に広がった。それと同時に、社内の体制も大きく変わったようだ。
「それまでは下請けだったので、来る設定に合わせて作るという考え方でした。だから設定や脚本、コンテを自分たち作ったことはなかったんです。でも元請けするとなると自分たちでやらなければならない。私にとっても、会社にとってもノウハウがなかった分野で、そのための人も必要だし、社内の体制も急激に変わっていきました。
例えば社内に美術部を設けることにも挑戦しており、人数が少ないのでフリーの方や美術会社に頼ることもありました。しかし彼らは作画アニメのスケジュール感を基準にしていて、それに比べるとうちは2~4倍くらいのスケジュールを取ってしまうんですよ。そうなると『そんなに長期間にわたっての作業はできない』ということになりがちだから、作業できる人が社内の美術部に入ったりして。
美術以外でも、そんなふうに内製を増やす傾向は強まっています。外注さんだと、スケジュール面もそうだし、やっぱりリテイクを何度か重ねてしまう状況になると『勘弁してくれ』ってなりますよ。もちろんがんばってうちの意図するものに近づけてくれるのですが、そうなるともう妥協して引き上げて残りはこっちでやるしかない。そういうところを詰めきれるよう、近年は内製にこだわっています」
CGでやるからには、なんらかの提案をしなければ
こうしてオレンジの従業員数は増え続け、「宝石の国」時点では80人前後だったのが2023年度には約150人となり、2024年度はさらに20人ほど増えたという。このボリュームは2ライン体制を維持するために必要な人数だそうだが、プログラマーの存在もポイントだと語る。
「CG会社はプログラマーを雇う必要があるので、手描きのアニメスタジオと比べるとそういった別の課題があります。うちは10何年もプログラマーを雇えなかったので自分たちで工夫をしたり力技で済ませたりしていたんです。でも最近になってようやくプログラマーが在籍できるようになってきました。彼らに欲しい機能をリクエストしてツールを開発してもらい、効率的にCGを作れるようになる。ようやくそんな環境が整ってきました」
こうした制作上の進化も含め、「宝石の国」以降も変化を続けるオレンジ。冒頭で触れたようにアニメ業界におけるCGのポジションも変化しているが、同社は現在どういったCGアニメを作ろうとしているのだろうか。
「『宝石の国』のときは『作画のようにもCGのようにも見える』というラインを狙っていました。先日たまたま私も見直して、『当時はこれをベストだと思っていたんだな』と再確認できたんですけど、今『宝石の国』を作るとしたらああいう作り方はしないでしょう。あれから7年経って、視聴者のCGに対する許容範囲も、私自身の感覚も変化し、どのあたりのCGを気持ちよく感じるのか変わってきていますから。
2023年公開の『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』も、ライブシーンなんかはこれまで作ってきたうちのキャラクターの動かし方とはまったく違っていて、リアル感を出しました。それは『作画ではない動きも受け入れられるよう作ってみよう』という思いからのチャレンジでしたが、そんなふうにCGでやるからにはなんらかの提案をし、受け入れられる努力をしなければいけない。作画のように動かすのが大変なのはわかっているんですけど、それをゴールにすることにどんな意味があるのか私にはわかりません」
そんな作画ではできない、CGならではの表現を追求するオレンジが生み出した直近のTVシリーズが2023年放送の「TRIGUN STAMPEDE」だ。同作の出来栄えについて、井野元氏は海外の動画配信サービスが主催するアワードの話題を交えて強い自信を見せた。
「表現として今できるMAXを目指し、視聴者に『こういうのはどうですか?』と一歩踏み込んで問うたのが『TRIGUN STAMPEDE』です。『動き過ぎ』とかネガティブな反応があるだろうとは見越しつつ作って、実際に放送初期はそういう声もありましたけど、思いのほかいい感触で放送を終えられたので、うち的にはすごくうまくいったと感じていました。
そんな『TRIGUN STAMPEDE』がクランチロール・アニメアワード2024で、フルCG作品としては数少ないノミネート作品となったのはとてもうれしかったです。もともとあの作品は海外のほうが受け入れられるかなと思っていたところもありましたが、その通りだったなと。オレンジの次の目標として『フルCGで大ヒットを飛ばす』というのがあるので、それを実現してさらに多くの人にCG作品を受け入れていただきたいです」
重要なのはオリジナルか原作ものかではなく…
インタビューの終盤、オレンジとしてオリジナル作品を作る気はないのか聞いてみた。同社が手がけるのはマンガやゲームなどを原作とするものばかり。当連載では多くの社長がオリジナル作品で多くの人に愛される自社IPを確立することの重要性を語ってきたが、井野元氏の答えは意外にも……。
「オリジナルだと、過去にはマルイさんとやった『そばへ』という短編ならあるんですけど、オレンジは特に原作ものかオリジナルかにこだわりがありません。そうではないスタッフも大勢いるとは思うんですけど。私自身は会社を多くの人に認めてほしいとか承認欲求的なものがなく、うちが作ったものを楽しんでもらえるかが重要なので。だから、それが決してオリジナルである必要はないです。
……もしかしたら、私が学生時代からCGの仕事をするまで、マンガを描いていたことも影響しているかもしれません。当時はどうやったら編集者や読者に『面白い』と思ってもらえるかばかり考えていましたが、その延長で今も視聴者を引き付けるテクニックのことばかりになっている可能性があります。
あとマンガ家さんのすごさを身をもって知っているので、彼らに追いつくのは並大抵のことではないと思っている自分もいて。私はマンガを描いていましたけど『もう無理』と感じて辞めた人間なので、とてもじゃないけど同じようにイチから面白い作品を作るなんてできるはずがないと思ってしまうんです。大体、アニメ屋はオリジナルを簡単に考え過ぎなんですよ(笑)。もちろん作れるなら挑む体制と覚悟を持ってやるべきとは思うんですけど、そんな簡単なものではないでしょう」
井野元氏のそんな職人肌な気質は、名刺にも表れている。彼の名前の上には「代表/Chief Director」と記されている。
「私的には肩書は何でもいいんですけど。何か付けないといけないということで誰かが考えてくれた肩書です。私もいち現場人であり、全体を見ているのでChief Directorと入っています。
アニメスタジオって『社長兼プロデューサー』という方が多いんです。それは大体制作からスタートしている人で、彼らは監督や脚本を連れてくるノウハウを持っている。私の場合は逆で、現場からスタートして今もそれが続いているのでそういった方々と歩んできた道は全然違うんでしょうね。アニメーター出身で、今も描いているような社長さんがいらっしゃれば近いんでしょうけど」
現在も最前線を支えるディレクターとして、オレンジを名実ともに率いている井野元氏は今後どんな作品を世に送ろうと考えているか。その問いに返ってきたのは、やはりテクニック面の話だった。
「すでに発表されている『BEASTARS』はついにFINAL SEASONを迎えるので、引き続き期待してほしいです。もう1本は未発表なので具体的なことは言えないのですが……オレンジの作品は毎回テイストが変わっていますよね。『宝石の国』も『BEASTARS』も『TRIGUN STAMPEDE』もそれぞれの色がある。でもそれらはいずれもファンタジー要素が強かった。『モンスターストライク THE MOVIE ソラノカナタ』こそ少し現代の日本風でしたけど。未発表の新作は史実にもとづいたところもある少し現実寄りの作品で、見せ方もこれまで以上にリアルな表現を追求しています。オレンジとしては新しいチャレンジをしている作品なので、こちらもぜひ期待してください」
井野元英二(イノモトエイジ)
1970年12月12日生まれ、大分県出身。有限会社オレンジ代表。フリーランスのイラストレーター、マンガ家のアシスタントなどを経て、ゲームや特撮などのCG映像を手がけたのち、TVアニメ「ゾイド -ZOIDS-」シリーズのCG制作にたずさわる。以降「ジーンシャフト」「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」などでCG制作を務め、2004年に有限会社オレンジを設立。「創聖のアクエリオン」「マクロスF」「コードギアス 亡国のアキト」「宝石の国」「BEASTARS」「TRIGUN STAMPEDE」「劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD」などを手がける。