小学館漫画賞の贈呈式に萩尾望都 作家に向いていないと悩んだ時期を回想、恩人に感謝
第71回小学館漫画賞の贈呈式が去る10月21日に東京・帝国ホテル東京で開催され、木村風太、田村隆平、龍幸伸、江口夏実、真造圭伍、萩尾望都が登壇し、受賞への思いを語った。審査委員を務めた川村元気、嶋木あこ、島本和彦、曽山一寿、高瀬志帆、ブルボン小林、松本大洋も登壇。受賞作品である「運命の巻戻士」「COSMOS」「ダンダダン」「出禁のモグラ」「ひらやすみ」の講評を行った。
小学館の社長・相賀信宏がマンガワン事案について謝罪
高橋留美子、浦沢直樹といったマンガ家も多数参列した今回の贈呈式。受賞作家たちを労うために集まった人で会場は溢れ、立ち見も多く出た。式が始まると、まずは小学館の代表取締役社長・相賀信宏氏が壇上へ。会場に詰めかけた参列者への挨拶を終えると、「3月に開催を予定しておりました本贈呈式を、当社の事情により本日まで延期いたしましたことについてお話しさせていただきます」と切り出し、「本年2月末に判明したマンガワン事案および類似事案により被害を受けた方々に、まずは心よりお詫び申し上げます。作家、クリエイターの皆様、読者の皆様、お取引先の皆様、関係者の皆様にご迷惑とご辛抱をおかけしましたことを重ねてお詫び申し上げます」と謝罪する。また、第三者委員会の調査報告書をもとに定めた再発防止策を紹介し、「実効性と継続性を大切にし、今後は適切な判断、誠実な行動を1つひとつ積み重ね、皆様に改めて信頼していただけるよう責任を果たしてまいります」と話した。
次いで受賞作品を「いずれも素晴らしい熱量と個性によって磨き上げられた世界観を持つ」と紹介。特別賞を受賞した萩尾へ、「長年にわたる作家活動を通して少女マンガ、さらには日本のマンガが文学、芸術として評価される礎を築くとともに、国際的な海賊版対策の先頭に立って積極的に活動されてきた功績に対し、この度、この賞を贈呈させていただきます」とコメントした。
コロコロで連載するライバル同士、曽山一寿と木村風太がエールを送り合う
その後、受賞作家と審査員が登壇し、各作品の講評へ移ると、木村の「運命の巻戻士」の講評を担当した曽山は「僕はこの作品を心から尊敬しております」とコメント。時間を巻き戻す力を軸に複雑なストーリーが展開される同作について、「(連載誌・月刊コロコロコミック)読者の子供たちにとっては難しいのではないかと懸念していたんですが、木村先生の圧倒的なストーリーの面白さと抜群の演出力、作画の素晴らしさ、なんと言っても読者を魅了するキャラクターたちによって、なんと読者アンケートで1年連続1位という快挙をやってのけました!」と紹介し、「子供たちのマンガを読む力を一段階上げてくれた作品」と言ってその功績を手放しで讃える。また、自身が審査員への就任を打診された際に、コロコロコミックのマンガを贔屓することはないと関係者に宣言していたと明かし、「今回受賞作の候補に『運命の巻戻士』が挙がったときには『やっと来やがったか! ほかのマンガのほうが面白かったら全然落としてやる!』と思っていたのに、めちゃくちゃ面白くて、完全に僕の負けでした。本当にすいません」と話し、参列者の笑いを誘った。
曽山からの熱いメッセージを受け取った木村は開口一番、「すごく褒めてくださったんですけど、最近アンケートでまた『でんぢゃらすじーさん』に負けまして」と自虐。会場から笑い声があがる中、「曽山先生は不死身の男というか……僕が子供の頃からずっと読んでいる作品の先生と戦えるのは本当にうれしいです」と笑顔になる。「運命の巻戻士」のストーリーにも言及し、「確かにちょっと難しいことをやっているんですが、コロコロの読者のみんなが話を読み解いて、難しいところをちゃんと理解して、そして面白いと言ってくれていることを描いていてすごく感じます。つまり、児童マンガがこのような素晴らしい賞をもらえるのは、子供たちの理解力のおかげというか、読者の力でここまでこれたんじゃないかなと思っています。今一番感謝しているのはコロコロを読んでくれてる子供たちです」と言い、読者への感謝を伝えた。
田村隆平「裏切り者と言われる覚悟でジャンプを出て、よそ者と言われる覚悟でサンデーGXへ」
「COSMOS」の講評を担当した川村は、「マンガは話が進むにつれて世界観が大きく深くなりますが、『COSMOS』は保険屋やお金というテーマのドライさ、人間の暴力や感情を描くときの切れ味が失われなくて、本当に素晴らしいと思います」とコメント。自身が手がける実写映画は基本的に1秒間24コマで描いていると説明しつつ、「マンガはたった1コマの中にものすごい感情だったり空間だったり、時間が閉じ込められていて。特に『COSMOS』は本当に時間のコントロールが凄まじい。これは映像には到底できないなと思います」と称えた。
川村の言葉を受けて田村は、「大好きな映画をたくさん撮っている監督にお言葉をいただけて本当にうれしいです」と返答。「私は週刊少年ジャンプでデビューしたのですが、当時からサンデーっぽいと言われ続けておりました」と語り始め、「たくさんの小学館のマンガに影響を受けたので、正直それは否定のしようもないです。だからなのか小学館に来てからは本当にやりやすいというか、とても居心地がいい」と言い、はにかむ。さらに「こう言うとまるでジャンプの居心地が悪かったかのように聞こえますが、そんなことは全然ありません。ジャンプで出会った仲間たち、ライバルたちと切磋琢磨した日々は僕にとって何物にも代え難い経験で、財産です。今日もこの場に駆けつけてくれました。本当にありがとう!」と会場に投げかけると、どこからか「おめでとうございます!」と声援が送られる。「裏切り者と言われる覚悟でジャンプを出て、よそ者と言われる覚悟でサンデーGXに来ました」とも話した田村は、「慢心せず、これからも作品に誠実に向き合い、1話1話丁寧に描いていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします」と呼びかけた。
マンガを描けなくなった龍幸伸を変えた担当編集・林士平
高瀬は講評を務めた「ダンダダン」を「とにかく楽しく読ませていただきました。大好きです」と言い、「オカルトや恋愛をはじめ、とにかくいろんな要素を詰め込んでいるのに、それを読者さんが楽しめるようにものすごく熟達した技術で調理し、とてもきめ細かな料理にして私たちに届けてくださっている」と、龍のマンガ表現を賞賛。さらに「マンガは要素を詰め込みすぎるとストーリーラインがブレてしまうので、入れたいものの中から何かを削る方向でみんなマンガを描いていると思うんですけど、『ダンダダン』は全部入れている。これは本当にすごい」と話し、「見開きのページも素晴らしい。動きや音といった五感で感じるものを紙という二次元から想起させる、素晴らしいマンガを作ってらっしゃいます」と熱く語った。
高瀬と入れ替わりでスピーチした龍は、「お褒めいただきありがとうございます。このような名誉ある賞に選んでいただき本当にうれしく思います」と述べつつ、「10年ぐらいずっと地底を潜っていた」と表現する下積み時代を述懐。「本当に何を出しても通らない時期が長くて、最終的にマンガを描けなくなった」という過去に触れ、そんなときに相談した相手が現担当編集である林士平氏だったと明かす。「林さんに『何でもいい、1ページでもいい、1ページが描けないならキャラクターのワンカットでもいい、とにかく描くのを辞めないでくれ』と言われたのがきっかけで吹っ切れて、『ダンダダン』ができあがった」と話した。また、「編集者もマンガ家自身も作品が面白ければいいというか、どうしても作品ファーストの思考になってしまうと思います。でも林さんは本当に作家ファーストの人。作家自身が面白いんだから、作家のコンディションがよければ面白いものを作れると信じている人です。恋愛マンガを描きたいと言ったら100冊ぐらいの恋愛マンガと、大量の資料を送ってくれます。そういうサポートが本当に助かったというか……林さんがいてくれたから『ダンダダン』という作品ができました」と、林氏への感謝を惜しまなかった。
江口夏実の実体験が色濃く反映された受賞作「出禁のモグラ」
「出禁のモグラ」の講評を務めた島本は、「マンガには作家の真ん中にある思いが反映されるので、読んでいるとその思いが伝わってくるわけですが、『出禁のモグラ』は江口先生の思いが本当にダイレクトに伝わってくる!これがものすごく羨ましい!というのも作家が知っていないこと、持っていないものを描くと作品が浮ついてしまうからです」とコメント。「ほかの誰にも描けないような世界観、江口先生にしか描けない作品なのが素晴らしいわけです!」と、作品を評価したポイントを挙げる。さらに「1ページ1ページから、湧き立つような先生の思いが感じられる、伝わってくる、伝わってきてほしくないものまでも伝わってくる!そういうわけで、審査員の全会一致で、この賞を差し上げたいという運びになりました」と、受賞の経緯を説明した。
「島本先生の言葉に圧倒されまして、何を言うか忘れてしまいました」と苦笑する江口は、「実は8巻ぐらいから本当に残酷な描写が続いております。そして受賞のご報告をいただいてからは半年以上経ったんですが、その間にもキャラクターが次々と死にまして……かなりセンシティブな内容を扱っている作品なこともあり、賞をいただいていいのか大変不安です」と、緊張の面持ちでコメント。「島本先生がおっしゃるように、私の実体験、そして友人たちの実体験がかなり具体的に入っている作品です。あまり詳しくは言えないのですが、おそらく皆さんが『ここは実体験であってほしくないな』と思うところほど、私たちの実体験をもとに描いてある作品です」と語る。一方で、「こんなことを言うと家族に死ぬほど怒られるんですけど(笑)」と茶目っ気のあるコメントも。最後には「担当編集さん、アシスタントさん、ものすごくがんばって手伝ってくれている妹にも感謝いたします。本当にありがとうございました」と話した。
松本大洋が「とても僕には描けない」と唸った「ひらやすみ」のキャラクター
「ひらやすみ」の講評を担当したのは松本。「『ひらやすみ』はすごく好きな作品です。キャラクターもみんなすごく魅力的」と言い、主人公のヒロトをはじめ、メインキャラクターたちの魅力を言葉にしていく。その中で、ヒロトと仲がよいお婆さんのはなえに言及。「マンガで一番難しいのは自分より年上の人を描くこと。どうしても僕は雛形にはめてしまう癖があるので、はなえさんを見たときに『ああ、やられたな』と思ったんです。とても僕には描けないなと、本当に感動しました」としみじみと話す。また、マンガ家を目指す大学生・なつみにも触れて、「なっちゃん(なつみ)を見ていると若い頃の自分を思い出します。大好きな友達の才能に嫉妬して、言わないでいいこと言っちゃう彼女を見て、表現がうまいなと思いました。そんな生活の中の悲喜交々を描く作品は昔からあって、今後もずっとあり続けると思います。『ひらやすみ』もその中の1つとして、息の長い作品になると思うし、なってほしいと願っております」と語った。
次いで真造は、「実は『ひらやすみ』の最終回を昨日描き終わりました」と言い、「自分の納得いく最後を描くことができて、すごいホッとしています」と吐露。「それができたのは、いつも支えてくださってる編集さんと、アシスタントさんと、自分に漫画を描く自信をくれる家族と、いつも何かとネガティブな自分を明るく支えてくれてるパートナーと……もう本当に皆さんのおかげです。えーそんな感じです(笑)。ありがとうございました」と話し、大きな拍手に包まれながら壇上を後にした。
マンガ家に向いていないと悩む萩尾望都を支えた恩人
最後には審査委員特別賞を贈られた萩尾がマイクの前へ。「“面白いマンガを語る賞”でもあったならば、ここにいる審査員の方々に差し上げたいです。マンガに対する愛に溢れていました」と話し、審査員たちに目線を向けて笑顔を見せる。
続けて、どれだけネームやプロットを作っても評価されなかったという自身の下積み時代について回想し、「マンガ家に向かないのではと悩んでいたんですけれど、小学館の編集者である山本順也さんに出会い、ボツになった原稿を見てもらったら『俺が全部買ってやるよ』って言われて、小学館に場を移し、仕事をさせていただきました。彼は私の原稿を黙って受け取って、自分が読んだ小説の感想とか、映画の感想なんかを時々話される。私の作品に関しては何も言わず、ただただ場を用意してくださった。本当にそれがどんなに大切で、貴重なことだったのか。何度も何度も描いてきて、やっとこの頃気がつきました」と、恩人への感謝を言葉にする。そして「作家にとって、描く場所があって、載せる本があって、その本を出版してくれる出版社がある、それは本当にありがたいことです。小学館が長年にわたってそういう場を提供してくださったこと、本当に感謝しています。これからもどんどん若い人を育て、雑誌を育てて、描く場を提供してくださることを望んでいます。本当にどうもありがとうございました」と語り、イベントを締めくくった。
