「火の鳥」展の構成明らかに、主要12篇を800点以上の原画&資料で追う
手塚治虫「火の鳥」の展覧会「手塚治虫『火の鳥』展 -火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命(コスモゾーン)の象徴-」の会場構成や見どころが発表された。
手塚自ら「ライフワーク」と宣言し、1989年に死去するまで、30年以上の長期にわたり制作が続けられた「火の鳥」。「手塚治虫『火の鳥』展」は生命論の視点から「火の鳥」の物語構造を読み解き、手塚が生涯をかけて表現し続けた「生命とはなにか」という問いの答えを探求する。
展覧会は全4章で構成。「火の鳥」の主要12篇にまつわる800点以上の原画や関連資料が展示される。“プロローグ”となるエントランスでは、窓枠、床面、大型モニターを駆使し、「火の鳥」の世界観をダイナミックに展開。中央モニターにはデザイナー・中村勇吾が手がけた映像が映し出され、展覧会の企画・監修を務めた生物学者の福岡伸一氏が唱える「動的平衡」のイメージに重ねて、火の鳥が飛翔する様子が描かれる。左右に配置された6基のモニターには「黎明編」から「太陽編」までの12篇の中から、中村が厳選したシーンがランダムに表示される。
「【第1章】生命のセンス・オブ・ワンダー」では、紀元前から西暦3000年を超える未来までを描く「火の鳥」の物語構造を、作品舞台の時代背景とともに年表形式で解説。「【第2章】読む!永遠の生命の物語」では主要12編の原稿が多数展示され、続く「【第3章】未完を読み解く」では、福岡氏が考える「火の鳥」の結末について展開される。
去る11月28日には東京・国際文化会館の岩崎小彌太記念ホールで記者発表会が開催された。発表会では福岡氏、企画担当の風間美希氏が登壇し、展覧会の概要や展示構成などについてトークを交わした。企画・監修に福岡氏を招いた経緯について、風間氏は、福岡氏が提唱する「動的平衡」という理論が「火の鳥」で提示されている「生命とはいったいなんなのか」という疑問とぴったり重なるところがあったためと説明する。幼少期から手塚をリスペクトしていたと話す福岡氏も、今回作品を読み解くというこの展覧会に関わることができる喜びを話していた。
展覧会のサブタイトル「-火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命(コスモゾーン)の象徴-」について、福岡氏は「火の鳥」では「生命とはなにか」を正面から問いかけつつ、その答えが示されていると話す。「生命は不老長寿を願いつつも有限であり、有限であるからこそ輝くということが(「火の鳥」には)通底しています。生命は形あるもの、秩序あるものは必ず滅びるという『エントロピー増大の法則』に抗いながら、自らを壊し作り変えることを繰り返していますが、『エントロピー増大の法則』は宇宙の絶対法則のためこれを凌駕することはできず、生命も少しずつ後退し打倒されてしまう。ただ、死んでしまうと終わりではなくて、必ずそれは違う命に手渡されていく。命は巡り巡っていくということが、『動的平衡』の生命論とピタリと重なっていると感じました」と解説した。
佐藤卓が手がけたキービジュアルは、月刊誌・COM(虫プロ商事)に掲載された「火の鳥」の絵柄や色にインスパイアされたもの。キービジュアルが描かれたちらしを丸めると上の赤い帯と下の部分が重なり、生命が繰り返す“輪廻の輪”を表現していると、風間氏は説明する。また火の鳥の足元にあるものについては、手塚の「火の鳥 休憩 INTERMISSION」というコラムに登場するイラストを採用しており、白い布にくるまれたものは手塚の遺体を象徴していると解説した。福岡氏も「さすが佐藤卓、という感じ」「シンプルながら訴求力のあるキービジュアル」と絶賛。「人間の一生は一瞬でしかない。しかし短い時間であっても意味がないことにはならず、人生の意味はどこにあるのかということを象徴しているデザインになっていると思います」と語った。
記者発表の後半では、手塚プロダクション取締役であり手塚の長女・手塚るみ子も加わりトークセッションが展開される。展覧会のキービジュアルに合わせ、赤いワンピースで登場した手塚るみ子。今回、展覧会に生物学者の福岡氏が携わることに「最初は不思議に感じました」と話す。「これまでの展覧会はマンガを読み解く企画が多く、学者である方がどのように読み解くのかと不思議に思いました。ただ、ご研究されていることを拝見するうちに、そんなに複雑なものではないと感じるようになりました。昆虫が好きという類似点もあり、人柄も(手塚と)そっくりで。手塚治虫ができなかった部分まで福岡先生が想像を働かせて着地してくださると、楽しみにしています」と期待を述べた。
また福岡氏は、手塚との共通点である“昆虫好き”であることについて、少年時代に昆虫を通して世界に触れることで、美しいもの=生命に必要なものという美醜の感覚ができあがると述べ、自然の摂理にかなったものが美しく感じられるのは「火の鳥」にも通底していると語る。手塚るみ子も「『火の鳥』では自然界は美しく描かれていますが、死に対して永遠の命を求める人類や、戦争などといったエゴが出てくる部分は徹底的に醜く描かれているんです」と話す。福岡氏も「死は避けられるものだが、必ず訪れるもの。現れては消える『火の鳥』の主人公が、死を受けているところが素晴らしいと思います」と同感する様子を見せた。
話は「火の鳥」が名作と言われる所以に移り、福岡氏は“普遍性”と“個別の問いかけ”の2つの面があることに言及する。「いつの時代にも誰にも突き刺さる“普遍性”。『火の鳥』には生命とはなにか、人生の意味はどこのあるのかと問いかけている普遍性があると思います。また『あなただけに描かれている物語です』という個別性を有していることが名作たる所以かと思います」と語った。
最後に「火の鳥」とはどのような存在かを問われた福岡氏と手塚るみ子。福岡氏は「地球にさまざまな形で生命を生命たらしめるような、エネルギーを吹き込む媒介者」であると回答する。「神様とか永遠の命の象徴ではなく、有限の命を媒介するメディウムとして現れています。手塚は『コスモゾーン』、つまり『宇宙生命』であると呼んでいて、それを展覧会で読み解きながら、命の意味を捉え直すのが大事だなと思います」と述べる。手塚るみ子は「『火の鳥』は手塚治虫そのものだと思っております」と話し、「マンガは読者や雑誌を意識して描くものですが、『火の鳥』に関してはそういったところを意識せずに自由奔放に描かれたものです。マンガという文法を超える表現や、実験的な表現を試した作品でもあります。『火の鳥』を解明していくことで手塚治虫がどんな存在だったのかが見えてくるような展覧会になると思っております」と話し、トークセッションは閉幕した。
その後、記者からの質疑応答が行われた。「火の鳥」を初めて読む若い世代に、どのように触れてほしいかと問われた福岡氏は、「知識はいろんな形で知ることができますが、単なる物知り博士に終わってしまわないためには、『火の鳥』のような時間軸を持った物語に親しむことが大事だと思います。明確な時間軸に沿ってさまざまな知識が統合されているので、いろいろなものがファスト化されて、瞬時に消えていってしまう今の世の中で長い物語をじっくり読むことの大切さがあると感じます。知識を教養に変えるために、『火の鳥』はかっこうの教科書です」と回答する。手塚るみ子は「人の手で描いた原稿であることを感じてほしいです。3世代ほど読まれていると思うので、自分と両親とのつながり、命のつながりについても『火の鳥』をきっかけに会話してほしいです」と語った。
「手塚治虫『火の鳥』展 -火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命の象徴-」
会期:2025年3月7日(金)~5月25日(日)
会場:東京都 東京シティビュー
時間:未定
入館料:未定
※手塚治虫の「塚」は旧字体が正式表記。