タテ読みマンガっていつ日本にやって来たの?これまでとこれからを語る

「タテ読みマンガアワード 2024」開催記念座談会

コミックナタリーでは現在縦スクロールのフルカラーマンガ=“タテ読みマンガ”を対象にしたマンガ賞・タテ読みマンガアワードを実施している。韓国にルーツを持ち、日本ではWebtoon、SMARTOON、タテスクコミックなどの愛称で親しまれているタテ読みマンガは、日本ではどのように広がってきたのか。タテ読みマンガアワードの開催に合わせて公開するこの記事では、日本でのタテ読みマンガの登場から現在までをWebtoonに関連する記事を多く発表してきたライターの飯田一史氏、Webtoon編集者の北室美由紀氏、Webtoonの制作やローカライズにおいて数多くの作品に携わるフーム代表の福井美行氏に語ってもらった。

日常的にタテ読みマンガに触れている人はもちろん、今回のアワードで初めてタテ読み作品に興味を持った人も、この座談会を“タテ読み”に対する理解を深める一助としてほしい。

取材・文 / ナカニシキュウ

座談会メンバー

飯田一史(イイダイチシ)

出版産業、コンテンツビジネス、マンガ、子どもの本、教育などについて取材・調査・執筆するライター。単著に「『若者の読書離れ』というウソ」「ウェブ小説30年史」「マンガ雑誌は死んだ」など。
飯田一史 (@cattower) | X

北室美由紀(キタムロミユキ)

株式会社ミキサー所属のWebtoon編集者。元comico編集者で、2013年には日本版comico立ち上げに従事した。担当作に「サレタガワのブルー」「コータロー君は嘘つき」「シンジュウエンド」「猫には猫の猫ごはん。」「小麦とバターと復讐と」「ReLIFE」など。
きた@縦カラー編集者 (@ktmrmiyuki) | X

福井美行(フクイヨシユキ)

株式会社フーム代表。Webtoonの制作やローカライズにおいて数多くの作品に携わる。2022年にはWebtoonのコンサルティングや原作分析などを行う「ARC STUDIO JAPAN」を発足した。
FOOM★TOKYO – Webtoon Works START!

タテ読みマンガはいつ頃日本にやって来た?

──タテスクロール形式のマンガは韓国発のコンテンツですが、日本のタテ読みマンガはどのように始まったものなのでしょうか。

飯田一史 “タテ読み”という括りはけっこう難しくて……というのも、日本に入ってきた最初の韓国Webtoonはヨコ組みになった単行本としてなので、その時点でタテじゃなかったんです。サービスとして入ってくるのは、2011年の「NAVER WEBTOON」からになりますね。ネイバーやカカオといった韓国企業には、日本に限らず各国へ進出したい思惑があり、当時は少女時代やKARA、BIGBANGなどが日本に進出して人気を集めていた第二次韓流ブームでもあったので、その流れから入ってきたのが日本のタテ読みマンガの始まりなのかなと。

福井美行 韓国という国はもともとグローバル志向が強いんですよ。人口が5000万人しかいませんから、国内だけで事業を展開しても、どうしても利益は限られてしまいますので。

飯田 ネイバーは2000年代に日本でもサービスを展開し始めて「NAVERブログ」や「NAVERまとめ」などのいろんなサービスを展開していました。そのいろいろやっていた事業の1つが「NAVER WEBTOON」、つまりタテ読みマンガだったわけです。

福井 韓国では1997年の通貨危機以降、当時急速に広がっていたインターネットをマンガ家さんたちが発表の場として使うようになりました。Webで読むマンガが一般化していく中で、タテ読みマンガも自然発生的に生まれたんです。基本無料で読めることもあって広く読まれるようになり、映像化されて爆発的にヒットする作品も出てきました。日本に入ってくる2011年頃には韓国におけるタテ読みマンガ原作の生態系がすっかりできあがっていた状態で、日本では2020年前後から2、3年の間に突然ブームになったような感じでしたけど、韓国では積み重ねの期間がかなり長いんです。

北室美由紀 私たちがcomicoを立ち上げた2013年当時、もちろん運営会社のNHNは韓国企業なので、タテ読みをやってほしいと考えていたんじゃないかと思いますけど、会社から「タテ読みをやってほしい」と指示があって始まったわけではなく、いろいろな選択肢がある中で、現場で話し合ってタテ読みをやっていこうということになったんですよ。

福井 comicoの立ち上げには僕もちょっとだけ関わっていますけど、あの当時……2012、3年頃は韓国ですごい作品がいっぱい出てきた時期だったんで、その翻訳中心でやるのかなと思っていました。そうしたら北室さんたちは日本の作家さんたちにお声がけして、自前でたくさんの作品をそろえたんですよ。相当なご苦労をされたと思いますね。

北室 大変でした(笑)。そもそも日本人が誰もタテ読みマンガの存在を知らない時代だったので、作家さんを募集するにもその説明から始めなければいけない。しかも、「マンガはヨコ組みでモノクロであるべきだという考えの方もたくさんいらっしゃるので、「マンガに対する冒涜だ」とまで言われることもけっこうありました。そういう方々を説得したり、タテ読みを描いてみたいと言ってくれる作家さんを探し出すのは、やはり相当苦労しましたね。

福井 そのご苦労の結果、日本のタテ読みマンガは驚くべきスピードで進化しました。僕は当時韓国しか見ていなくて、日本で流行らせるのは難しいだろうと思っていたんですけど。

飯田 2013、4年頃はマンガアプリ黎明期ですが、その中でcomicoは独自のユーザー層をしっかり獲得できていた印象です。でもちょうどその前後、2014年から韓国で本格的に有料課金モデルが始まって、それまでの「無料で読ませる」がすべてだった世界から急にゲームチェンジが起こりました。日本でも、それこそcomicoは2016年末に課金モデルを取り入れることになるんですけど、北室さんたちが無料で読ませる前提でタテ読みマンガ文化を作っている途中だったのに、ビジネスモデル自体がいきなり変わってしまったんです。準備もできないまま、その変化に急速に対応しないといけなくなって。

北室 そうですね。

飯田 本来はそこにもっと時間が必要だったと思うんですよ。韓国は10年くらいずっと無料でやってきたのに、日本では入ってきてすぐ有料化モデルが出てきた。その変化が急すぎて、2013、4年の勢いからすると2016年から2019年くらいまでは有料モデルへの転換に苦労していたと言っていい時期だと思います。そこに「俺だけレベルアップな件」がドーンと売れてメディアでも注目を集めたので、「タテ読みマンガは資本を投入して分業体制で作られる大規模なものが主である」みたいな認識が広まることにもなった。もうちょっと無料で読まれて「個人で作る面白い作品がいくらでもありますよ」という意識がしっかり根付いてから、「スタジオで作られるリッチなものもあるよね」とゆるやかに変わっていったほうがよかったと思うんですけど。

──地盤が固まっていないところに突然大きな建物が建ってしまったようなイメージですね。

飯田 「俺レベ」以前にも「ReLIFE」とか国産で人気の作品はいくらでもあったわけですけど、2020年頃に急にタテ読み=「『俺レベ』みたいなやつ」にイメージが変わってしまった。「本当はいろんなものがあるのに、ずいぶん偏った感じで広がっちゃったな」と思って見ていました。

北室 作り手側が大きな波に乗りすぎる傾向もあるように感じています。私は日本での第1次タテ読みブームが「ReLIFE」、第2次ブームが「俺レベ」だと考えていまして、第3次はまだ起こっていないと思っているんですね。1つ売れるものが出てくると、大勢がそっちに傾いてしまう。「サレタガワのブルー」が流行ったときも不倫・復讐ものの波が生まれて、今も続いていると思うので、ちょっとファーストペンギン(※)が強すぎるというか。

※魚を求めて天敵がいるかもしれない海に最初に飛び込むペンギンの意。ビジネスシーンでは未知の領域に挑戦する人を指す。

福井 タテ読みマンガの制作にはこれまでマンガを作ってこなかったような企業も参入していますから、既存のファンがいるようなジャンルでまずは利益を上げることが重要というのは当たり前のことで否定しませんが、北室さんのようにいい作品を作りたいというのと両立するといいですね。

北室 でも福井さん、私も売り上げ大事なんですよ!

福井 (笑)。ただ、そういうそれぞれの考えがある中で「ReLIFE」のようなヒット作や、韓国スタイルの先行作に倣ったヒット作がそれぞれ出ているのが面白いですね。その意味で、日本のタテ読みマンガ界にはある程度の骨格はできてきていると思っています。どちらがいい悪いということじゃなくて、みんなそれぞれの立場でよくここまでがんばって作ってきたなと。本当に一生懸命やっていますよ。

日本のタテ読みマンガシーンの変化

──日本でタテ読みマンガが始まった頃と今とで、最も大きな変化はなんだと思いますか?

飯田 LINEマンガとピッコマが日本最大級のマンガアプリになるとは参入当初はおそらく誰も思っていなかったですよね。それがまず全然違っているところの1つですけど、韓国と日本の考え方の違いとしてけっこう大きいのが、日本企業は「IP」(知的財産)という言い方が好きで、要は作品単位で売ることをまず考えるんですけど、ネイバーやカカオはIPに加えてプラットフォーム(PF)とビジネスモデル(BM)ごと輸出している。作品そのものを売るだけでなく、売り場自体を自ら押さえる。日本においては2010年代前半までは「有力なマンガ雑誌に掲載されなければなかなか作品が認知されない」という問題がずっとあった中で、今はかつてのメジャーなマンガ誌かそれ以上の器(PF)としてLINEマンガやピッコマがあることで、タテ読みマンガを誰もが当たり前に読むような素地ができている。そこはまずこの10数年での大きな変化だなと思っています。

福井 これは日本ではなく韓国の話なんですが、今韓国ではインスタトゥーンが流行ってきているんですよ。つまりInstagramで読むタテ読みマンガですね。若い人たちの多くがInstagramでマンガを読むようになっていて、とにかくすごい勢いなんです。Instagramはアメリカ発ですけど、韓国で海外企業のサービスがそんなにヒットすることって、これまではあまりなかったんですよ。

飯田 なぜ作家がInstagramへ行ったかっていうと単純な話で、ネイバーやカカオとかで公式連載作品としてやっていくには「最低でも毎週1話、何十コマで」とか指定があるので、その縛りが個人作家にはキツい。だったら別にInstagramで好きなものを好きなように描いても、人気さえあれば案件のオファーも来るし、食っていけるならこっちでいいじゃんって話になるわけですよね。歴史をさかのぼればそもそも韓国でもタテ読みマンガは専業マンガ家ではない素人がWebに自発的にアップして人気を博して、注目されたものが書籍化されてヒットしたことでポータルサイトが取り入れるようになっていったものだったんで、言うなれば原点回帰しているだけなんです。

福井 プラットフォーム側からしたら長い連載のほうが当然利益は出るわけですけど、短い作品でもいい作品はいっぱいある。それを出す場がなくなってしまった。例えば映画の原作にするなら短い作品でいいんだから、ビジネス的にもニーズはあるはずなんですけどね。そういった短い作品の受け皿にインスタがなっている面もあるし、ジェダムメディアって企業が「shortz」というショートWebtoonのプラットフォームを作るという動きも出てきました。日本でいうと、ソラジマが読み切りの制作を始めようとしていますし。飯田さんがおっしゃったように、大きいビジネスモデルとは別のところで作家さんたちが読み切りやショートのフィールドへ向かう流れはこれから間違いなくあるでしょうね。

飯田 アリス・オズマンというイギリスのタテ読み作家はご存じですか?日本でも単行本が刊行された「ハートストッパー」の作者です。もともと「Tapas Media」や「WEBTOON CANVAS」といったメディアに作品を投稿していた人なんですけど、普通はそこで人気が出たらプラットフォームの公式連載作家に“昇格”するのが既定路線だと考えられていたところに、彼女は「自分のペースで描きたいし、プラットフォームに干渉されるのは嫌だ」ということでクラウドファンディングをして単行本を出したんですよ。自分で全部権利をホールドして、「ハートストッパー」はNetflixでドラマ化もされる事例を生み出していて。韓国でもInstagramやFacebookで連載してTVドラマ化もされたス・シンジ「ミョヌラギ」などがあります。そうなると「公式連載作家ってなんのためにあるんでしたっけ?」って話になるわけです。

北室 なんか、日本の会社員みたいですね。「出世して管理職になるのはキツいから、フリーでやろう」みたいな。

飯田 そうですね(笑)。プラットフォーム側の力が圧倒的に強い時代っていうのが続いてきましたけど、ここに来て実力さえあれば個人でもいろいろやれる道が示され始めている。そういう流れがもうちょっと日本でも来るといいなとは思っています。

北室 すごくおっしゃる通りだと思うんですけど、そうなると私の仕事がなくなってしまう(笑)。

飯田 いや、完全にどちらかに振れるというよりは、いろいろな選択肢があるのがあるべき姿だと思うんです。“公式連載か、Instagramか”はタテかヨコか論争同様に二択でどちらかが滅ぶという話ではなく、「いろいろある中でまた1つ新しい極が提示されましたね」というふうに見ればいいと思います。

北室 私が担当したタテ読み作品はけっこうヨコ組み化もしていて、ヨコでも売れています。たまたま初出時の形態がタテ読みだったというだけで、面白いものはタテで読もうがヨコで読もうが、どちらも面白いと思っています。

飯田 いや本当におっしゃる通りで、「俺レベ」を作ったレッドアイススタジオとかを見ても、欧米を中心にヨコ組みの単行本もめちゃくちゃ売っているので。国によって「マンガを読む」と一口に言っても好まれる形が違うから、現地の需要に合わせて紙のヨコ組みがよければそうするし、タテでガンガン課金してくれる国にはタテで持っていく。%page_break:「タテ読みマンガアワード」の意義とは%

「タテ読みマンガアワード」の意義とは

──そうなってくると、コミックナタリーの「タテ読みマンガアワード」の意義とは?という話にもなってきそうですが……。

飯田 (笑)。いや、むしろ意義はめちゃくちゃあると思いますよ。これまでいろんなマンガのアワードでタテ読み作品がノミネート対象にならないとか、なっていてもあまりフィーチャーされない時代がかなり長かった。タテ読みだけを対象にしたアワードが成立するなんて、という衝撃はありますね。

北室 私は今回「タテ読みマンガアワード」が開催されると聞いて、うれしかったんですよ。タテ読みを描く作家さんを増やしたいという思いがずっとあるんですけど、「スタジオに所属しないといけないのかな」とか「不倫・復讐・悪役令嬢を描かなきゃいけないのかな」みたいなイメージを持たれている方が、今でもかなりいらっしゃいます。「そんなことないよ」と誤解を解く意味でも、こうやってタテ読みにスポットを当ててもらえて、実態を知ってもらえる機会があるのは本当にありがたいことだなと。

飯田 売り上げのランキングとはまた違う軸で評価される場があるというのも、すごく大事なことだと思います。

北室 先ほど飯田さんがおっしゃっていたように、タテ読みマンガってマンガ賞とかにはなかなかノミネートされないですよね。なんでだろうって常々思っているんですけど……だから「『タテ読みマンガアワード』に作品がノミネートされたよ」って作家さんに伝えたら、「わあ! 初めて!」ってすごく喜ばれました。「マンガとして認められた感じがする」って。やっぱりメダルがほしいじゃないですか。実際にメダルを獲れるかどうかはさておき、これまではレースに参加することが難しかったですから。

福井 そもそも僕がタテ読みマンガを大好きになったポイントは、画面の横幅が一定に限られている空間でどれだけ演出していくかを作家さんたちがすごく研究して工夫していたところなんですね。音楽でいう12小節のブルースみたいなもので、決まったコード進行の中でいかに心を震わせる演奏ができるか、みたいな。その創意工夫の精神にほれ込んだのが最初だったんで、このアワードを通じて多くの人が同じようにタテ読みの可能性を感じてもらえたらいいなと思います。

北室 私は「ナレの部屋」という作品がきっかけでタテ読みにハマりました。今でいうコミックエッセイなんですけど、ナレちゃんがずっと日常生活を送っているだけのマンガなんですね。ああいう作品がもっと増えてほしいんですけど、現状のタテ読み業界では課金してもらうのが難しそうだなとも思っています。

飯田 そもそも韓国のタテ読みマンガの第1世代って、そういうエッセイトゥーンとか日常トゥーンと呼ばれるジャンルの人たちだったんですよね。そういう作品を描く人たちは常に一定数いるんですけど、日本にはあまり入ってこないんです。月刊アフタヌーンとかに載っていそうなインディーマンガも韓国ではいっぱい描かれているんですけど、これも入ってこない。本当はいろいろあるのに「タテ読みマンガはジャンルが偏っている」と思われやすいのは、事業者が課金を重視しているビジネスモデルを採用していることもあるし、日本側の今の読者の需要の問題もあります。

福井 先ほど北室さんから「1つ売れるものが出てくると、大勢がそっちに傾く」という話も出ましたが、そこで自分の好みとは違う作品が並んでいてタテ読み全体を「違う」と思い込んでしまう可能性があるのは、すごくもったいないですよね。飯田さんがおっしゃったように、いろんなパターンの作品があっていろんなタイプの読者が楽しめるという状況が本来は望ましいんです。韓国でも、初期の頃は絵があまりうまくないけどストーリーが面白いタイプの作家がタテ読み界を牽引してきたわけで、日本でも同じように、絵も描いたことないような人が「タテ読みを描いてみよう」と思ってほしい。それが北室さんのおっしゃった「タテ読み作家を増やす」ということにもつながりますし。

北室 そうですね。もちろん大規模なスタジオ体制で作るタテ読みのよさもありますけど、「そうじゃなきゃタテ読みは作れない」という誤解は早く解けてほしいです。

福井 その意識を変えることで、日本の新しいタテ読み文化を作っていってほしい。そのためのコンテストにしてほしいと思います。

タテ読みの作家を増やすためにはタテ読み編集者を育てないといけない

北室 タテ読み作家を増やすためには、タテ読み編集者も増えなければいけないと思っていて。今の日本には、個人作家に対応できる編集者の数が圧倒的に足りていません。プロデューサーやディレクターはけっこう育っていて、スタジオでの制作体制はどんどん整ってきているんですけど、個人で描く作家を取り巻く環境はあまり整備されていない。

飯田 韓国でも歴史的には同じような問題があって、そもそも韓国には日本のマンガ編集のような仕事をする人があまりいなかったんです。雑誌マンガが元気だった時代も1つの雑誌を3人とかで回していたんで、1人の作家に1人ないし複数の編集者がつく日本のマンガのようなクオリティコントロールはできないわけですよ。基本的に作家任せで、場合によっては「こういうものを描け」とオーダーすることしかやってこなかった。

北室 なるほど……。

飯田 「NAVER WEBTOON」が成功した要因の1つは、「挑戦漫画」という自由投稿システムを導入したことなんですね。作家が自由に投稿して、人気が出た作品はベスト挑戦に昇格し、そこで一定のペースや分量で連載できると確認できたら公式作家に昇格させる。要は編集者がいなくても連載が成り立つ仕組みを作ったわけです。その後タテ読みマンガが課金モデルに変わっていったことでようやく編集者的な存在(PD、プロデューサー)を雇えるようになるんですが、それまではそもそも日本の編集者のように作品のクオリティに深く関わる第三者がいなかった。その点、comicoが最初にタテ読みを始めたときに編集者というものをつけたのは、日本ローカライズとしてはすごく正しかったと思いますね。

北室 最初はいなかったんですよ。comicoの立ち上げメンバーは誰も編集なんてやったことなかったし、「やれ」と言われてすぐにできるものでもないですから。私自身も当初は受け取った作品をアップロードするだけのアップローダーという意識でいましたし……。ただ、有料化するにあたって「ちゃんと売れるものを、ちゃんと編集者のもとで作りたい」という作家さんの声があって、「じゃあやってみる!」と言って右も左もわからないまま始めたんです(笑)。いろんな編集部の方に話を聞きに行き、編集者がどんな仕事をしているのかを学び、「全員やり方違うやん!」ということを知り……。

福井飯田 (笑)。

北室 なので、たぶん日本初代のタテ読み編集者かもしれません!

福井 タテ読みの編集って、1人で10作品ぐらい同時に見なきゃいけないですよね? そうしないと回らないんで。もともと横組みマンガの編集をやっていたすごく優秀な人がタテ読みに移って、「10作品も見ていたら編集者としてやるべきことを全うできない」と悩んで辞めてしまったという話なんかも聞きます。

北室 たしかにヨコ組みの編集者と比べたら関わる本数が多い分、1本だけに注力できないというのはおっしゃる通りです。だからこそ“タテ読みの編集者とはどうあるべきか”というのを考えて、自分のやり方を独自に見いだしていった感じですね。

福井 それ、どういうものなんですか?

北室 私の場合は“オール作家さん合わせ”ですね。作家さんが10人いたら10通りのやり方で対応する。それが私の見つけ出したスタイルです。

福井 この記事を読んでいる皆さん、これすごく大事な話ですからね。物理的に難しいことをどう考えてどう実現していくかっていうのは、タテ読みマンガ業界でめちゃくちゃ望まれるスキルです。

北室 (笑)。

福井 そうやって、何も知らなかった人が面白い作品を作ってくれるようになるのはうれしいですよね。この「タテ読みマンガアワード」が、そんなふうにがんばった人を褒めてあげられる機会になったらいいなと思います。

飯田 さっき「韓国ではタテ読み編集者が構造的に生まれにくかった」という話をしましたけど、「従来の日本のマンガが培ってきた、作家と編集者が1対1で作るノウハウをタテ読みにも生かしていこう」という動きも国内ですでに始まっています。ジャンプTOONとかを見ても新人の個人作家の作品がいっぱい載っていますし、あと5年もすればこれまでとはまた毛色が違うタイプの面白くて売れる作品もポコポコ出てきそうだなと感じています。

北室 プラットフォーマーの方々が挑戦を諦めないでほしいですよね。売れるジャンルの作品だけを仕入れることは、しないでほしいなと思います。

飯田 それで言うと、日本のデジタルコミック市場ではストア系と出版社系のすみ分けが確立されているのが面白い。LINEマンガやピッコマ、コミックシーモア、めちゃコミとかのストア系はすでに人気のある作品をプロモーションコストかけてさらにドーンを売り伸ばすのが圧倒的に得意ですが、逆にド新人やド新作はなかなかプッシュされづらい。だけど、出版社系のマガポケとかジャンプ+、チャンピオンクロスなどは新人や新作を猛烈にプッシュして作品を育てる。そうやってある程度人気が出ればストアもプロモーションしやすくなる。たぶんジャンプTOONがやりたいのはそういう分業モデルを前提にして「才能を見つけて、育てる」に注力することなんじゃないかなと思って見ています。

福井 雑誌と書店の関係がそのままデジタルに移った感じですよね。

飯田 この感じでやれるのであれば、今のタテ読みマンガが抱えている問題も少しずつ解決できていくんじゃないかなと思っています。……今日は話の流れ上ものすごく個人作家推しみたいな感じになってしまいましたが、国内外のスタジオ制作作品を軽んじているわけではなく、個人的にも面白いと思って連載を追っている作品はたくさんあります。そちらも応援しています!

北室 そう! リスペクトしていますので!