私の名作 特別編 その2 西炯子「STAY」

西炯子「STAY -ああ 今年の夏も何もなかったわ-」

マンガを愛する人々に、とりわけ思い入れのある1作を選んで紹介してもらっているこのコラム。コミックナタリー15周年に合わせた特別企画として、ステージナタリーのマンガ好き記者・中川朋子氏に演劇マンガの名作を尋ねたところ、西炯子「STAY」への特別な思いを綴ってくれました。

文 / 中川朋子

「STAY」の演劇部5人娘に感じたシンパシーとノスタルジー

「STAY」を知ったのは、「娚の一生」で西炯子作品に興味を持ち、ローラー作戦で西マンガを集めていた大学生の頃でした。2002年から2005年にかけて連載された「STAY」は、九州のとある地域を舞台にしたオムニバスです。県立川中高校演劇部の5人娘を描く「STAY -ああ 今年の夏も何もなかったわ-」に始まるこのシリーズでは、演劇部員たちやその周囲の少年少女を中心に、“ローカル”な青春物語が展開します。

北関東の山の中で育ち、高校時代をそこそこ熱血な演劇部員として過ごした私に、「STAY」シリーズは深く刺さりました。ここには、内面は“乙女”なハンサム女子・玉井由美(玉ちゃん)、舞台俳優に恋している宮薗真保(宮)、ポーカーフェイスで下ネタを繰り出す脚本担当・山王みちる(山ちゃん)、なぜかカッパに執着する優等生・佐々貫リカ(リカ)、家族を支える演技力抜群な部長・樋高洋子(よーぴん)といった演劇部員が登場します。

「STAY」では全体を通して、部員がプロから脚本・演出の手ほどきを受ける講習会や演劇大会の幕間討論会といった、“演劇部あるある”が描かれます。これらのあるあるに触れ、私の胸には「県下の合同夏合宿は、女子校の男役の先輩がみんなのアイドルだったな」とか、「大会本番終わった!と思ったら、小道具が挟まって緞帳が閉まらなかったのが記録用DVDに残っちゃってヤバかったな」とか、「部室にゴキが出て大騒ぎになったとき、部員が殺虫剤をかけすぎてご臨終のその場所だけ床がピカピカだったな」とか、数々の思い出がよみがえってきました。「STAY」の各エピソードには高校生なりの必死さや切実さ、自意識がひしめいていて、高校生活の週6・7日を部活に捧げたことを懐かしむ大学生の私は、ノスタルジーにどっぷりと浸りながら没頭したのでした。

ちょっと厄介なオタクの「あたしはダメです」が、自分のプチ暗黒期とリンクした

「STAY -ああ 今年の夏も何もなかったわ-」内の「STAR」は、演劇部員の宮薗真保こと宮のエピソードです。西炯子マンガといえば緻密なハッチングで描かれた吸い込まれそうな瞳が印象的ですが、宮は長い前髪とメガネで目が隠れた、地味めな高校生。劇団花鳥風月の俳優・市丸洋史にほぼガチ恋している宮は、夏休みに上京し、劇団の入団試験を受けようと目論みます。宮は気合が入った少し厄介なオタクで、2泊3日で同じ舞台を3回観ようとしたり、出待ちで大声自己アピールしたりするなんてことは序の口で、ついには本屋で遭遇した市丸のシャツをひっつかみ、一緒にお茶にこぎつけてしまいます。宮が本領発揮とばかりに、息を切らしながら早口でファン歴を語るシーンでは、「もう誰か止めたれよ!」といたたまれなくなりウワーッ!!となりました。

宮は「みんな意識が低いっていうかとりあえずお芝居のまねごとができればいいと思ってて」「…意識が …低いんです」と演劇部のあり方にエラそうな発言をします。その一方で、ファンとの距離を保つべく去ろうとする市丸の服を、宮はまたつかんで「試験に落ちたらもう二度と市丸さんとこうして話すことはできない…」「…あたしはダメです! 誰にいわれなくてもよくわかってるんです あたしにはなにもできない……」「なにをやってもビリだし不出来だし あたしは… …あたしは………」と、胸の内をぶちまけます。彼女の多弁や市丸にすがりつく態度が、実は不安と自信のなさの裏返しだったことがわかり、私は心が痛くなりました。

幼少期の私は、母の影響で劇団四季にハマり、ミュージカル「キャッツ」のCDを全ネコのパート割りまで覚えて1人で歌っている感じの、やや孤独なオタクでした。山に響くシカやサルの声を日々聞き、「次はいつ舞台に行けるかな」と山の向こうに思いを馳せながら舞台の世界に憧れたのも、片道1時間半の高校で部活を続けたのも、“外”に行きたかったからかもしれません。

しかし外に出ただけじゃ何ともならないと知ったのは、大学進学で上京した頃です。何の講義を取るか、何を観るか、何を読むか、何を食べるか、自分は何が好きで、何ができるか。選択肢過多の都会生活を持て余し、一度本当に何もわからなくなりました。今思えば「いや大学生なんだから勉強とかバイトとかしなよ」と、甘ったれた暗黒期を反省するばかりですが……その中でもなんとか続けていたのは好きなマンガを読むことで、そのとき出会ったのが「STAY」だったのです。宮の、イタいながらも必死に絞り出すような「あたしはダメです」は、当時の私の不安と強く共鳴した気がします。

立ち止まりたくなったらまた、“何もなかった”あの夏の自分を探しに行こう

宮は結局、市丸が「休んで行こうか? どこか人目につかない……静か~な所でさ(にやり…)」とチャラ男を演じてみせたことでドン引きし、九州に帰ります。市丸は別れ際、宮に「宮薗さん あのさ 自分のことをダメっていわないこと」「気をつけて さよなら」と告げ、宮は市丸の言葉を、潤んだようなハッチングの瞳で受け止めます。残念ながらこのあと「STAY」に宮のメイン回はなく、すごすごと九州に帰った宮が自虐を卒業できたかはわかりません。でもその後も宮は一生懸命に演劇部を続けているし、懲りずに別の劇団を追いかけていることがチラリと描かれます。「ああ今年の夏も何もなかったわ」と題されたシリーズではありますが、高校生の宮にとってこの一連の出来事は大事件だったはず。ほろ苦い経験を経てなお舞台を愛し、オタクとしてガッツを持ち続けているらしい彼女の姿に、大学生の私はなんだか希望をもらったのでした。

「STAY」シリーズには川中高校演劇部員以外にも、名門男子校のイキリ演劇部員・佐藤敦士くんをはじめ、見ていてこっちが恥ずかしくなるような、それでいて愛おしいキャラクターが多数登場します。一見するとのどかな地方都市で、自分なりに必死に闘い、人生と向き合おうとする登場人物たちの姿に、私は過去や現在の自分自身を重ねずにはいられませんでした。立ち止まりたくなったときは、「STAY」で自分を探してみるのはどうでしょうか。

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