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私の名作 第3回 浅田弘幸「I’ll~アイル~」

マンガ好きなら誰しも、心の中に“自分だけの名作”を持っているはず。誰かが特別に思ったその作品は、ほかの誰かにとっても特別なものになりうるのではないだろうか。そんなマンガをもっと知りたいという思いから、コラム「私の名作」はスタートした。

このコラムでは人一倍マンガを読み、また紹介してきたであろう人々に、とりわけ思い入れのある、語りたい1作を選んで紹介してもらっている。第3回ではライター・編集者の島田一志氏が、浅田弘幸「I’ll~アイル~」について綴ってくれた。

文 / 島田一志

「I’ll~アイル~」は青春マンガの名作だ

浅田弘幸の「I’ll~アイル~」は、1995年から2004年まで月刊少年ジャンプ(集英社)で連載された、青春マンガの名作である。──などと書くと、同作をすでにご存じの方は、バスケマンガ、あるいはスポーツマンガの書き間違いではないかと思うかもしれない。

確かに、この作品の見どころのひとつは、無名の高校のバスケチームが強豪校の猛者たちを追いつめていく、白熱した試合展開のおもしろさにあるだろう。また、主人公2人の「たかがバスケットを本気でやろうぜ」というアティテュード(態度)も、最高だ。

だが、それでも──本稿を書くために久しぶりに全巻を読み返してみて確信したのだが──この「I’ll~アイル~」という作品は、バスケマンガやスポーツマンガである以前に、誰もが長い人生の中で一度だけ経験する、あのキラキラした時代を切り取った青春マンガの名作なのだと思う。

主人公は、立花茜(たちばなあかね)と柊仁成(ひいらぎひとなり)という2人の少年。いずれも類いまれな運動能力を持ったバスケ選手だが、この2人が中3の時に練習試合で戦う場面から、物語は始まる。短くも鮮烈な激突。その出会いにお互い“何か”を感じはするものの、立花も柊も高校ではバスケを続けるつもりはなかった。

立花は、何かと窮屈な「部活のバスケ」を楽しめなくなっており、一方の柊は、バスケ界のエリートである父や兄に対して複雑な感情を抱いているためだ。だが、そんな2人は、偶然同じ高校に進学し、引き寄せられるようにして再びバスケのコートに戻ってくるのだった……。今度は同じチームの仲間として。

さらにこのコンビに、どこか心に欠けた部分のある少年たちが1人また1人と加わっていき、やがて国府津高校バスケットボール部は彼らにとってかけがえのない「場所」になっていく。そう、この「大切な場所との出会い」こそが、本作の最大のテーマであるといってよく、おそらく作者がバスケの試合などよりも描きたかったことの1つなのではないだろうか。

ページをめくるたび、あの頃の情熱が甦る

物語の中盤で、才能を見込まれ、他校のチームにスカウトされそうになった柊が、本来は仲間であるはずの国府津高校のチームと対戦するエピソードがある。その時、久しぶりに立花と戦った柊は、自らの本心に気づくのだ。

「やっと見つけた大切な場所を、無くしちまうのが恐かったんだ。好きなようにやる──好きだから必死になる──俺の無くした宝物(バスケット)を、あいつが拾って……届けに来た。大切なバスケットボール──大切な友達(ダチ)とやりてえ──」(第33話より)

そしてその「大切な場所」をなくさないために、柊だけでなく立花も、あるいは他のチームメイトたちも、「たかがバスケット」を本気でやり続けるのである。

改めて言うまでもなく、「場所」とは、「人」が作るものだ。柊風に言えば、それは「友達(ダチ)」ということになるだろうが、実は、作者は、物語のクライマックスで主人公2人にある残酷な試練を与えている。具体的に何がどうなるかをここで詳しく書くのは避けるが、立花と柊は再び離ればなれになってしまうのだ。

それでも……彼らはまた、様々な苦難を乗り越えて、懐かしい「場所」へと還ってくるだろう。「始めようぜ!! 俺達で!!」という勇ましいかけ声とともに。

長い物語を締めくくるラストシーン──本作の語り部でもあるヒロイン・芳川菫(よしかわすみれ)のこんなモノローグが挿入される。

「ずっと先の遠い時間に、私は、あの頃と同じ日だまりの海岸に立ち、あの頃と同じ空を見上げるでしょう。私が生きている限り、あの大切な日々は色褪せることなく、私の中に生き続けます」(第88話より)

この「大切な日々」を別の言葉で表すならば、やはり「青春時代」ということになるだろう。そこには、間違いなく当時の作者の瑞々しい想いが投影されており、つまり、この「I’ll~アイル~」という作品は、若き日の浅田弘幸にしか描くことのできなかった青春の物語だと言っていい。

そう──自分に照らし合わせて考えてみても、私にも青春時代のようなものはあった。その頃から本やマンガが好きで、将来は編集者かライターになりたいと思っていたのだが、なれたらなれたで現金なもので、忙しさのあまりつい目の前の仕事に対して不平不満を言ってしまう。それどころか、すべてを放り投げてしまいたいと思う時すらある。

そんな時、浅田弘幸が描いたこの青春マンガを再びめくってみれば、なぜか“あの頃”──九州の田舎町でくすぶっていた、そして、本の世界に憧れていた頃の熱い気持ちが甦ってくるのだ。だからこの「I’ll~アイル~」というマンガは、決して忘れてはいけない何か──「初期衝動」と言っていいかもしれない──を常に思い起こさせてくれる装置として、これから先も繰り返し読み続けていきたい大切な「私の名作」なのである。

※筆者注:本稿で引用したマンガのセリフは、読みやすさを優先し、作者の許可を得て、原文に句読点を加えています。