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教えて!悪役令嬢 Vol.1 悪役令嬢とはいったい何…? めくるめく悪役令嬢の世界をご案内!

今、少女マンガ界で“悪役令嬢もの”が熱い。書店やWebなどで「悪役令嬢」のワードを目にする人も多いだろう。事実、電子書籍ストア・BookLive!が発表した「少女マンガ・女性マンガ 年間ランキング2020」(集計期間:2020年1月~11月)の上位50作品のうち、「悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される」「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」など4作品のタイトルには「悪役令嬢」というワードが入っている。そしてタイトルにそのものずばりのワードは入っていないものの、「外科医エリーゼ」「悪の華道を行きましょう」「今度は絶対に邪魔しませんっ!」といった悪役令嬢の特徴を持つ作品が同ランキングに名を連ね、多くの読者の心を揺さぶった。

“悪役令嬢”とはいったいなんなのか。そのブームと魅力を探るため、コミックナタリーでは悪役令嬢に関する本連載を立ち上げた。第1回では、悪役令嬢作品の特徴とそのジャンルの歴史を解説する。

文 / 七夜なぎ ヘッダーイラスト / ウエハラ蜂

“悪役令嬢”の特徴とは?

“悪役令嬢”ものには、ざっくりと以下のような特徴があります。

いちばん基本的な“型”のあらすじは以下のようなものになるでしょう──ある日主人公は、自分が生きている世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だと気付く。しかし彼女が転生したのはゲームのヒロインではなく、そのヒロインを妨害する悪役令嬢だった! ゲームのシナリオによれば、悪役令嬢はいずれ悪行をヒーローたちに断罪され、破滅の道をたどってしまう。主人公は破滅を回避できるのか!?

悪役令嬢ジャンルは、Web小説カルチャーから生まれています。主な発信源となっているのは小説家になろう(以下、なろう)をはじめとした小説投稿サイトです。

なろうでは、ひとつ爆発的なヒット作が生まれると、そのヒット作を“お題”のようにして、サイト内で流行が生まれるカルチャーがあります。ある意味では、作者同士で行う二次創作や、サイト内でシェアワールドを生み出すという側面があるのです。

例えばなろうの代名詞ともいわれる“異世界転生”はその最たるもの。「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」「転生したらスライムだった件」など、異世界転生ものを好む読者を引き付けるヒットが生まれ、なろう内の作者たちはその読者に支持される異世界転生ものを書き、さらに読者は異世界転生ものを読むようになる……というサイクルがまわっていくのがなろうの特徴です。型が決まりつつも、その型からどう外すかに作者の個性が出てくる面白さがあります。

なろうでは2010年代の前半頃から異世界転生ものが流行していました。そして同時に、異世界転生ブームと比べれば小規模だったものの、乙女ゲームの世界を舞台にした「乙女ゲームもの」も流行していました。そう、それら2つの流れが合流したのが悪役令嬢ジャンルなのです!

悪役令嬢ジャンルは、2010年代の中頃に一気になろうで作品が増え、続々書籍化。書籍化はなろう外でも読者が増えるきっかけであるのと同時に、キャラクターデザインが決まる……つまりビジュアルイメージが固まることで人気を後押しする効果もあります。そして書籍化で読者を獲得すると、コミカライズ企画も進んでいきます。

2017年頃から、Web小説でランキング上位に→書籍化→コミカライズ連載スタート→コミカライズ単行本刊行スタート……という“黄金ルート”をたどった作品が一気に増えていきました。2017年に女性向けWeb小説のコミカライズを積極的に行うKADOKAWAのWebレーベル・FLOS COMICが誕生したことも後押しになり、コミカライズタイトルは急増。現在はさまざまな出版社・レーベルが悪役令嬢ものを刊行しています。

ここ数年で書店に悪役令嬢ものが目立つようになったのは、そうしたコミカライズ作品が続々と単行本としてまとまっているからでしょう。また、2017年頃からコミカライズ連載がスタートしている作品の場合、ちょうど原作小説1~2巻分のエピソードがマンガ化されているタイミングです。「これぞ悪役令嬢」という名作をまとめて読むのも、個性が爆発している新作を探すのも、今がちょうどいい頃合いなのです。

エポックメイキングな悪役令嬢作品

ここからは、悪役令嬢ジャンルを語るうえで重要な作品を3つ紹介します。まずは記念碑的作品の「謙虚、堅実をモットーにしております!」(ひよこのケーキ)。

2013年になろうで連載がスタート。瞬く間にランキングを駆けあがり、一時期はなろう累計ランキング2位を記録するという一大人気作品でした(当時はなろうで女性向け小説は比較的伸びにくい風潮があったため、数字以上に大きなインパクトがありました)。この作品の大ヒットが、なろう内での悪役令嬢ブームを決定づけたと言って過言ではありません。

「謙虚、堅実をモットーにしております!」の主人公は、ある日、自分が少女マンガ「君は僕のdolce」の世界に転生していたと気付きます。彼女が割り当てられた役柄は少女マンガのヒロイン……ではなく、作中でヒロインを苛め抜き、ヒーローから断罪される悪役お嬢様・吉祥院麗華でした。麗華は破滅を回避するため、“謙虚・堅実”をモットーに生きていくことを決める──というストーリーです。先ほど紹介した“型”と比較していただくと、この時点で型が完成しているというか、この作品をベースに悪役令嬢の型が完成していったと言えそうなのがわかるでしょうか。

余談ですが「主人公に意地悪をする高飛車なライバルお嬢様キャラ」というのは実は少女マンガにも乙女ゲームにもそのものずばりなキャラクター(元ネタ)はほぼ存在しておらず、イデア的な存在です。ビジュアルイメージの元になっているのは、「エースをねらえ!」のお蝶夫人や「アンジェリーク」のロザリアあたりでしょうか(実際はどちらのキャラも気高く、主人公に協力するようになっていく役どころなのですが)。

話がちょっぴりそれました! 「謙虚、堅実」の麗華は外見こそ縦ロール×フランス人形のような外見ですが、中身はちょっと残念でお人よし。そんな彼女の残念さに引っ張られるように、ほかの登場人物の性格は本来の「君は僕のdolce」とは違い、人間関係もどんどん変化していきます。

この作品がエポックメイキングながらも後続の作品とはかなり毛色が違うのは、恋愛要素がほとんどないところ。現在299話まで掲載されているのですが、なかなか麗華様に恋愛フラグが立ちません! でも残念さがキュートな麗華のキャラクターとコミカルな日常が魅力的で、ぐいぐい引っ張られて一気読みしてしまいます。

ただ切ないのは、2017年から連載がストップしており未完ということ……。書籍化やコミカライズもされていません。それでも書籍化・アニメ化作品がずらりと並ぶなろう累計ランキングで2021年4月現在22位と、今でも更新が待ち望まれています。

さて、次に悪役令嬢ものの一般知名度を一気に上げた作品として紹介したいのが「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(山口悟)です。

通称「はめふら」として愛されるこの作品は、2014年になろうで連載スタート。2015年に書籍化、2017年にコミカライズ連載が始まります(コミカライズ1巻発売は2018年)。そして2020年に悪役令嬢もので初めてのTVアニメ化を果たしヒット、2期制作乙女ゲーム制作も決定、スピンオフなど関連書籍も続々刊行……という、悪役令嬢メディアミックスの最前線を爆走しています。

主人公カタリナ・クラエスはある日、自分が前世でプレイしていた乙女ゲーム「FORTUNE・LOVER」の悪役令嬢に転生していたと気付く。このままだとカタリナに待っているのは「死」! 我が儘なお嬢様だったカタリナはその日から一転、破滅フラグを回避するために過ごす。カタリナの変化によって人間関係は劇的に変わって……!? というのが「はめふら」のストーリーです。

ちょっと抜けているけれど一生懸命で、周りの人間に愛情を注ぐカタリナのキャラクターが本作の魅力のひとつ。カタリナに男性キャラも女性キャラも思いを寄せていき、逆ハーレム要素も強いです(アニメ化で男性視聴者にも人気が出たのは、女性キャラ同士のやりとりのかわいさもポイントだったでしょう)。カタリナは鈍感なので明確な恋愛フラグはなかなか立たないんですけどね!

悪役令嬢ものは乙女ゲームや少女マンガの世界を借景していますが、それがある意味“逆輸入”された面白さがあるのが「転生悪女の黒歴史」(冬夏アキハル)です。コミカライズではなくオリジナル作品で、白泉社の少女マンガ雑誌・LaLaで連載中。白泉社といえば1980年代後半、少女たちに前世の仲間探しブームを巻き起こしたという「ぼくの地球を守って」(日渡早紀)を生み出した出版社。少女マンガの世界や、「転生」「前世の記憶」といった少女マンガ的想像力からの影響を感じる悪役令嬢ものが、少女マンガ雑誌に掲載されているのは、故郷に帰ってきたような感慨がありますね。

「転生悪女」で主人公・コノハが転生するのは「中学時代の自分が創作した世界(=黒歴史)の悪女」──聖女ヒロインである姉に嫉妬し嫌がらせを重ねるイアナです。なにせ自分が作った世界、過去の自分の萌えが詰め込まれているキャラクター設定と展開! 創作とは異なり、イアナが聖女ヒロインを守ることで、悪女であるはずのイアナが物語の中心に立つようになっていきます。いわゆる“中二病あるある”がふんだんに盛り込んであるので、痛気持ちいい読み味が特徴です。

悪役令嬢の3つの魅力は「わかりやすさ」「ギャップ」「主人公への好感度」

なぜ悪役令嬢ものがひとつのジャンルを作るまで支持されたのでしょうか。考察するのは非常に難しいですが、個人的には「わかりやすさ」「ギャップ」「主人公への好感度」がポイントになっているのではないかと思っています。

悪役令嬢ものの舞台は、特権階級が存在する貴族社会や中世ファンタジー的社会。ただ、「主人公は悪役令嬢に転生している」という型を踏まえるため、読み手はすっと設定を飲み込むことができ、書き手の負担も少ないです。

型がある分、読みたいものを提供されている安心感がある一方で、「お、ヒーローは魔王なんだな」「悪役令嬢じゃなくてその婚約者が語り手なのか」「ゲーム内ヒロインが実は悪役展開ね」「転生じゃなくてゲーム実況という形で悪役令嬢ものを表現する!?」といったように、パターンからのずらしのアイデアや工夫に「こうきたか!」と楽しめます。そのずらし方を堪能するうち、どういうずらしが自分の好みなのかもわかっていきます。

「元の乙女ゲーム/少女マンガの世界」という設定があることで、キャラクターのギャップや変化が描かれやすいというのも楽しいところ。「ゲームではクールなヒーローだけど、主人公悪役令嬢にメロメロになるとこういう一面を見せるのか」「幼少期から主人公悪役令嬢と仲がいいと、遊び人じゃなくて依存系のキャラになるのか」といった、一粒で二度おいしいキャラメイキングを可能にしています。

そして、主人公悪役令嬢のキャラクターが「誤解されやすいが一生懸命でいい子」になることが多いのも、(特に女性読者から)支持される理由のひとつではないかと考えています。“総モテ”や溺愛、ハイスペック、特権階級という展開・属性はともすれば反感も招きやすい。ですが、悪役令嬢ものの場合、破滅という未来が待ち受けているために、主人公は利他的な行動をしたり、自分の生き方を省みたりします。時にはその行動が空回り、コミカルな雰囲気を演出することもあります。そうしたキャラ性が「この主人公いいなあ」→「この作品いいなあ」という感想につながりやすいように思います。

実は“震源地”であるなろうでは現在、悪役令嬢ものはそこまで流行していません。悪役令嬢ものの構成要素である「婚約破棄(乙女ゲームのメインヒーローと悪役令嬢が婚約していたものの、乙女ゲームのヒロインの登場により婚約を破棄される展開)」や「断罪(悪事をメインヒーローたちに糾弾される。その糾弾が誤解や策略であるパターンもある)」など悪役令嬢からさらに細分化したジャンルが生まれ、そちらのほうが隆盛気味。現在は断罪系から発展した、一方的な断罪によって迫害・追放された主人公が、その相手を見返す活躍をして復縁に応じない「もう遅い」系が、男性向けでも女性向けでも支持を強めています。

ただ、この先2~3年はまだまだ悪役令嬢ものを書店やアニメなどで見かける機会が増えていくはず。間口が広くなっている中で、ぜひ気軽に悪役令嬢の世界に足を踏み入れていただきたいです!