アニメ制作に携わる人々へのインタビューを通して、新型コロナウイルス感染症がアニメ業界にどのような影響を与えているか、これからもアニメを楽しむために私たちアニメファンにできることは何かを考えていく当コラム。第3回では番外編として、アニメ業界のクリエイターによる無観客トークイベント「わたしたちのこれから -アニメのおしごと-」のレポートをお届けする。
7月31日・8月7日・14日に東京・LOFT9 Shibuya開催された「わたしたちのこれから -アニメのおしごと-」は、声優・緒方恵美が“今一番話を聞きたい”アニメ業界のクリエイターを集めて行われたもの。緒方と、構成作家も務める声優・儀武ゆう子が聞き手となり、第1夜はスタジオのプロデューサー、第2夜は音響監督、第3夜はアニメ監督を中心に、コロナ禍の影響や今後のアニメ制作についての思いが語られた。現場でのリアルな苦労話だけではなく、未来に向かって前向きに進んでいくクリエイターの姿を感じ取ってもらいたい。
取材 ・文 / 柳川春香
背中を見て学ぶチャンスがなくなっている
第1夜には、「SHIROBAKO」のプロデューサーとして知られるP.A.WORKSの堀川憲司、映画「プロメア」などの制作統括を担当するTRIGGERの舛本和也、「彼方のアストラ」「映画ギヴン」などを手がけるLercheの比嘉勇二が揃った。トークを始める前に発起人である緒方は、「コロナ禍を受け、声優は仕事の仕方が大きく変わりました。私たちは主にスタジオの様子しか見られていないので、スタッフの方にこれからアニメ業界がどうなっていくのか、私自身も聞きたいと思っていました」と今回の趣旨を説明。「今、誰に話を聞きたいか」を自問したうえで集まってもらった出演者であると語った。
アニメ制作の全体を見る立場であるプロデューサー3人は、コロナ禍で最も影響を受けた制作過程は、アフレコを含む音響であると語る。通常、アフレコは主に決まった曜日にアフレコスタジオへキャストが集合し、まとめて録るのが一般的。現在はスタジオへ同時に入れる人数も限られ、キャストごとにバラバラに録る状況が続いている。収録に時間がかかることはもちろん、キャストのスケジュールを細かく調整する作業も大変とのことだ。また個別の収録ではキャラクター同士の距離感や温度感が合いにくいことから、「ガヤを録るのが本当に難しい」という意見も上がった。
そしてもう1点、大きな影響が出ているのが新人育成の面だという。アニメーターの養成所を備えているP.A.WORKSの堀川は、「生徒を半分に分けて対応していますが、カリキュラムや講師の時間のコントロールが一番難しかった」と振り返る。TRIGGERの舛本は「通常新人のアニメーターには、最初の3カ月程度技術指導をやるんですが、これは本を読んでできることではなく、マンツーマンで教えるのが基本なんです。6月からは出社して教えられるようになりましたが、平時より2カ月遅れています」と苦労を明かした。緒方も声優の立場から、「新人は先輩の芝居を見て勉強するところが多かった。今背中を見せられない、一緒に掛け合って伝えられないことが、この先にどう影響してくるかが、かなり怖いなと思います」と、すぐには見えてこない影響について言及。舛本も「背中を見て学ぶことはアニメーターもたくさんあって、体験してわかるチャンスがなくなっているのは危惧するところ」と危機感をあらわにした。
「変わらなきゃいけない」という共通認識を持ち始めている
一方、作画への影響については「もともと自宅でやられる方も多かったので、激変するということはなかった」(堀川)、「作り方が変わっているわけではなく作業する場所が変わっているだけなので、大変ではあるけど変わったわけではない」(舛本)と話す。比嘉の所属するLercheはもともとデジタル志向が強かったと言い、「デジタル作画にしていく方向で機材を手配したり、デジタル作画をみんながかじっていたりしたので、これが功を奏した」と語る。デジタル化への移行が進むアニメ業界だが、コロナ禍をきっかけにその流れが後押しされたことを各自感じているという。一方で、テレワーク中心になることへの懐疑的な意見も上がった。堀川は「若手の子が先輩の仕事を見ることなくずっと自宅でやるというのは、いい環境ではないんじゃないかと。なんとか僕が目指している、大勢で集まってできる環境に戻ってほしい」とこだわりを口にした。
しかし、コロナ禍によって変わらざるを得ない状況を、3人はチャンスとも捉えている。堀川は「アニメ業界って『変わらなきゃ』と言ってもなかなか変わらないところがあったんですが、『確かに僕らは変わらなきゃいけない』という共通認識を持ち始めているし、『結局変わらない』と思っていたら、作り続けられないんじゃないかと思う。危機感を推進力にして、変わっていけるんじゃないか」と話し、比嘉も「これまではアニメ作りへの目的が、人によってバラバラだった部分もあった。今はチームや会社が1つにまとまれるチャンスなんじゃないかと思うし、まとまることのできたチームが、今後のアニメ業界を支えていく柱になるんじゃないか」と前向きな姿勢を見せた。舛本は「一番よかったことは、デジタル化やテレワークに際して、若い子たちから『こうしたほうがいい』ってアイデアがすごく出たこと。若い子のほうが頭が柔らかいし、その状況にふたをしていたのは自分だったかもしれない。勉強させてもらいました」と振り返った。
1人ひとりで収録することになったら、僕らはつまらない
第2夜には「さよなら絶望先生」や「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」など数々の作品の音響監督を務める亀山俊樹、「天気の子」など映画作品も数多く手がける音響監督の山田陽、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開を控えるフリーの音楽プロデューサー・島居理恵が登壇。緒方とも親交の深い3人が揃い、思い出話も交えながら展開された。
話題の軸となったのは、やはりアフレコ現場。アフレコ現場で“密”にならないための対策として、部屋のスペースに応じて人数を制限するなど、日本音声製作者連盟のガイドラインに則って進めているという。スタッフが立ち会うコントロール部も人数が限られるため、監督がパソコンからリモートで参加することもあるそうだ。
一方で、声優がそれぞれ自宅で収録する形に移行していくリモート収録可能性について聞かれると、亀山は「高性能マイクや反響のない部屋が自宅にあるわけじゃないですから、音色として無理だと思います」と断言。山田が「1人ひとりで収録することになったら、僕らはつまらない。いいものができなくなると思っているので、どうしたらみんなで一緒にできるかということを考えていきたい」と話すと、緒方も「楽しくないんですよね。隣から投げてくれる役者さんがいて、その空気を受け取って渡すというキャッチボールが今一切できないのが、本当にきつい」と苦悩を語った。儀武からは「もちろんお芝居の掛け合いができないことが一番つらいですが、声優を目指していたときに、3~4本のマイクを入れ替わり立ち替わりで使う姿が、職人みたいでカッコいい!って思っていたんです。マイクが1人1本立っているのが当たり前という状況になって、あの技術が死ぬかもしれないと思うと、残念です」と声優ならではの意見も聞くことができた。
また第1夜同様、新人育成の難しさについても話題がおよんだ。緒方は「ただでさえ今の若手の人たちは、ゲームなどの1人で収録する仕事が多いんです。お芝居で絡むということを学んでいかないと、独りよがりの芝居しかできない人になってしまう。ただでさえ幅広い年齢層の役者さんがブースにいることが減ってきていて、それに加速して現場がなくなっていくのが……伝承、というと大げさなんですが、伝えていけないことが苦しい」と切実な心境を明かした。
一方、島居からは音楽プロデューサーならではの苦労を聞くことができた。島居は「音楽を収録してフィルムにあてこむ作業も音響作業の一部。オーケストラや吹奏楽、合唱の収録はいまだに難しい」と述べる。また「CDリリースの際のリリースイベントや、小売店特典の実施が難しい。今後どうなるかは先が見えないです」とプロモーション方法も変化を迫られていると語った。
終盤、視聴者から「声優に求めるものが以前と変わったことはありますか」という質問が届くと、亀山も山田も声を揃えて「ありません」と回答。スタジオ機材やいいマイクをわざわざ買う必要はないと言い、「早く元に戻したい」という意思を明確にした。一方で、リモートによるオーディオコメンタリー収録などを経験した島居が「ネット環境はあってほしいですね」と提言すると、ラジオの構成作家も務める儀武は「パソコン持っててほしい!」と力強く同意。緒方が「パソコンを買ってください! 家に安定した回線を引いてくれ!」と呼びかけて、第2夜を締めくくった。
どんな状況であろうと、我々は面白いものを届けに行きます
第3夜には緒方が「愉快な仲間たち」と紹介する3人のアニメ監督が登壇。「犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい」の岸誠二、「ご注文はうさぎですか? BLOOM」の橋本裕之、1月から3月にかけて放送された「地縛少年花子くん」を緒方とともに作り上げた安藤正臣が揃った。
第1夜、第2夜に続き、コロナ禍における変化として挙がったのが、アニメーターの育成について。安藤は「今までは先輩アニメーターの仕事を盗み見るのが当たり前というくらいで、個々人の洞察力に委ねられていた。それが物理的にできなくなったときに、勉強する場面が本当に少なくなった」と懸念を口にする。一方で前向きな意見も聞かれ、岸は「4月に入った新人は、責任者と24時間リモートでつないでおいて、いつでも質問できるようにしてるんです」と新しい取り組みに積極的。自ら原画を指導する会を3月にスタートさせたものの、すぐに中止になってしまったという橋本も、「今の状況はやめようと思ってやめられるものではないので、逆手に取るしかない。人前で聞きに行くより個人的にLINEで質問したりするほうが、聞きやすい人もいる。うまく使えばいいほうに転がる」と明るい表情を見せた。
また、コロナ禍がアニメの内容そのものに影響を与える可能性についても言及された。例えば、アフレコスタジオに入れる人数が限られるのであれば、キャラクターがたくさん出てくる学園ものは作りにくくなるのではないか、といったことだ。さらにこの状況が続けば、キャラクターがマスクをつけているアニメが出てくるかもしれない。安藤は「一時的なものじゃなく、マスクをしていることが普通になったとき、我々はずっと2019年より過去の世界しか描けないのか、ということになる」と話す。橋本は「ガラケーからスマホになったときも、物語としては作りにくくなる部分がありましたね」と振り返った。
「これから先、新規で企画を立てるなら?」という問いには、岸は「完全リモート制作のアニメをやってみたいですね。いつまたこういうことがあるかわからないので、新しい作り方を模索しておきたい。企画書はできているので、プロデューサーさん、ぜひ!」と力強くアピール。橋本は「ショートものをもっと作ってみたいです。YouTubeの動画は10分くらいが主流になっていて、それくらいが見やすくなってきているし、それならキャストや制作人数も少なくて済む」と答えるなど、どんな状況になっても楽しんでものづくりに挑むクリエイターの姿勢がうかがえた。
一方、安藤は「コロナ禍以前から現場は変わって来ていて、文化祭の前日のようなアニメ作りを許さない状況が2、3年前から始まっていた。でも俺が好きだったアニメは先人たちがそういうやり方で作ってきた結果だったから、それに匹敵するものを、これからどうやって作っていけばいいんだろうと考えている」と、変化を迎えるアニメ作りへの不安も口にする。しかし「アニメ監督は、投げられた仕事に対してどう対応するかが、一番求められる力。懸念事項はありつつ、『じゃあどういう形のアニメができるのか』と考えていくことができるんじゃないか」と力強いコメントを残した。イベントの最後には、岸が「どんな状況であろうとも、とにかく我々は面白いものをお客様に届けに行きますので、そこだけはご安心ください」と呼びかけ、アニメ制作の未来にさらなる期待を抱くことのできる言葉とともに、3夜にわたるトークは幕を下ろした。