35年超の歴史を持つオリジナル作品オンリーの自主制作同人誌展示即売会・コミティアが今、新型コロナウイルスの影響下において、存続の危機にある。5月の「COMITIA132extra」、そして9月の「COMITIA133」は中止を余儀なくされ、コミティア実行委員会は現在、コミティア継続のためのクラウドファンディングを準備中だ。コミックナタリーでは、そんなコミティアが置かれている現状と抱えている問題、そしてコミティア存続のために何ができるのかをユーザーに伝えるべく本企画を始動。第1回では、コミティアの代表である中村公彦氏に話を聞いた。
※取材は9月開催の「COMITIA133」中止決定直前に行われた。
取材・文 / ばるぼら ヘッダーイラスト / 旧都なぎ(ALGL)
コミティアの現状とクラウドファンディングをする理由
──これまでの経緯をおさらいすると、5月17日開催の「COMITIA132extra」が新型コロナウイルスの影響で中止となりました。ちょうど東京都の外出自粛要請と国の緊急事態宣言が出ていた時期です。長い歴史の中でコミティアが中止になったのは初めてでした。そして次回、9月21日開催予定の「COMITIA133」のお知らせに「もし2020年内のコミティアが全て中止になった場合、今後の開催を継続することは難しくなります」との記述があり、コミティアが存続の危機にあるのだと公にされ、驚いた人は多かったと思います。そこにはクラウドファンディングを行う予定とも書いてありました。まずはそこに至るコミティアの現状を教えていただけますか。
5月のイベントが中止になって、その先の見通しも危うい……というのが第一にありました。政府がイベント開催について参加人数上限の目安を発表していますが、今後緩和されるとしても東京だけ扱いが別になる可能性もあり、正直言ってそれがまったく読めない状況です。最悪の場合、9月も11月も開催できないかもしれない。もちろん持続化給付金や家賃支援給付金といった公的な資金援助は一通り申請しているんですけども、審査待ちのものもあるし、それだけだと年内も保たない状況で、開催できなくなってから動くより、やれる努力は早いうちにしようということで、クラウドファンディングという案が出ました。
──〈今後の開催を継続することは難しくなります〉という箇所への反応で「なくなってほしくない」「何か協力できることがあれば」という声をたくさん見ました。ご覧になりましたか。
はい。あの部分を切り取ってTwitterで拡散してくださった方がいて、それについて書いていただいた皆さんのコメントは涙が出てくる内容でした。普段はあまりコミティア実行委員会として弱音を吐かないというか、人格を出さずに我々はやるべきことを淡々とやる、というつもりでいるので、舞台裏が突然見えてびっくりさせてしまったのは心苦しい部分もあるのですが、皆さんの反応が温かくて救われました。ほかにも関連する企業さんですとか、書店さん、雑誌の編集者さん、知人友人も含めて、「仕事としてのつながりというより、一個人としてコミティアに対してできることがあれば言ってください」と心配して連絡をいただいて、コミティアに対して思いを持ってくださってる方がこれだけいるんだなっていうのが本当にうれしかったです。
──コミティアがなくなるというのは、単に同人誌のイベントが1つなくなるというだけではなくて、日本のマンガ界における「創作マンガ」という根源的な機能の一部分が喪失してしまう……それくらいのインパクトがある出来事だと思います。クラウドファンディングをしようという判断は、直接的には5月のイベント中止の赤字の補填が必要だということですか。
まずは会場費の問題があります。自粛して中止した場合、会場の利用料は返ってこない。また、コミティアはたくさんのボランティアに支えられていますが、それを取りまとめる会社があり、その固定費が必要になります。私も含めてスタッフの人件費や事務所の家賃が、この規模になるとけっこうかかるんです。ただ、幸いにして、5月の会場費は払わずにすんだんです。緊急事態宣言が出ていたので免除されました。でもこれから先は宣言が出るかはわからない。これはうちに限らず、ほかのイベントも同じ状況だと思います。
──現状、中止になったイベントはそれがそのまま赤字になると。
あと、会場費や固定費だけではなくて、 今後イベント開催は今まで通りというわけにはいかないですから、感染症対策など新しい対応をしていかなくてはいけない。まだ見えないですけども、お金がかかることは確実なので、クラウドファンディングで集まったお金はそういうところにも使わせていただきたいと思います。
──クラウドファンディングが成功した場合、コミティアは継続できますか?
来年までコロナを耐え切るにはこれくらいが必要だろうという金額を設定させていただくつもりです。スポーツだって音楽だってみんな、今は無観客配信で我慢しているけど、将来的に落ち着いたらまたみんなが集まれるように、と思っていますよね。早ければ来年くらいに以前のような規模で開催できる目処が立ったとして、そのときに会社が存続していないと動きが取れない。そこまでは持たせたいと考えています。私たちも強行的に開催したいわけでは決してないんです。やれるなら絶対にやりたいけど、無理してやるわけにはいかない。予防対策を考えながらというのが大前提ですね。
オンラインイベント「エアコミティア」開催の反響と結果
──中止になった「COMITIA132extra」の開催日=5月17日に、「エアコミティア」と称したオンラインイベントを代替で開催していましたね。Twitterでハッシュタグ「#エアコミティア」「#エアPandR」をつけてツイートしよう、というゆるい決まりだけあって、マンガを全ページアップする人もいれば、同人誌販売サイトにリンクを張る人もいて、このタグを辿るとマンガがいっぱい読める!と、当日はTwitterの日本のトレンド第2位に入るくらい話題になりました。実行委員会としてはエアコミティアの反響と結果はどのように認識していますか?
非常に手応えはありました。本来イベントがあったはずの日に何かやりたいという気持ちは、参加者みんなが持っていてくれたんだと思います。新作だけじゃなく、30年前に初めてサークル参加したときの作品を公開しますという方もいて、思い出深かったですね。エアコミティアで初めてコミティアを知ったという人もいたようで、次開催されたら絶対行きたいというつぶやきも多く、それはすごく励みになりました。ネットで見られる状況になったからこそ生まれた付加価値というのもあったみたいですね。ちょうどWebカタログの準備をしていたのでそれを公開してみたり、工夫もしました。企業からの協力もありました。普段コミティアは会場で、特製紙袋を作って売ってるんですけども、その在庫をとらのあなさんやメロンブックスさんにまとめて買い取っていただいて、「いくら以上購入すれば紙袋がつきますよ」という応援フェアを開催してもらいました。また、pixivのネットショッピングサービス・BOOTHで、エアコミティア関連の商品はpixivに入るマージンの部分全額がコミティアに寄付される支援企画に関わっていただきました。本当にいろんな企業の方にご支援をいただいて、それは収益としてもありがたかったです。
──実際のイベントを開催できない状況だからこそのエアコミティアでしたが、例えばCOVID-19の状況が好転しない場合、今後もエアコミティアを望む声があるかもしれません。ただ、エアコミティアだけではやはりコミティアは組織として継続できないでしょうか?
今後しばらくは規模が小さくなったりとか、会場まで行けないっていう人がある程度出てくると思うので、そういう方たちに向けては考えなきゃいけないとは思っていますけども、継続していくという意味ではそうですね……。組織どうこうと言うより、エア開催だけではこれまでのコミティアが果たしていた役割をそれが果たせるとはちょっと思えないんです。
──コミティアが果たしてきた役割というのはなんだと思いますか?
イベントって、みんなが集まるから自分も行こうと思えるし、それに合わせて作品を描こうと思える。イベントが締め切りになるとよく言われますけど、コミティアの会場に行くと自分も作品を描きたくなるっていう声をすごくよく聞くんです。コミティアで一度に何千スペースも並んでいて、それが全部オリジナル作品の描き手なんだって目に見えるのと、オンラインで1つひとつの作品に出会うというのは全然性質が違う体験だと思います。実際の本屋さんとネット書店の違いと近いかもしれません。目の前に膨大な本が並んでいるというインパクト。しかも、机の内側には描いた作者本人が座っている。そういう、描き手と読み手にとっての刺激というのは、オンラインイベントとリアルなイベントとでは比べものにならないのではないでしょうか。そこは大事にしていきたいですね。エアコミティアでは参加者さんからの「今度は会場で会いたいね」という声をいっぱい聞いたので、改めて実感できたということはあります。
──コミティアは公式カタログの「ティアズマガジン」で前回出展作品のオススメが載ることも役割として大きいですよね。作品評価がイベントの機能として組み込まれていることは、描き手にも読み手にも刺激になっています。
作品を評価してカタログに載せますという批評的な行為はエアコミティアだと難しいかもしれません。そこら辺にコミティアらしさ、スタッフが介在する手作り感みたいなものが出せていると思いますが、エアコミティアだと大勢のスタッフが介入する余地があまりなかった。みんなでスペース設営をして、みんなで片付けて、自分たちで場所を作るのがイベントであるっていう認識はやはり大きいです。早朝にまだ何もない会場に着いて、それから机などの設営をして、サークル参加者がやってきて、一般入場者が入ってくる……。その流れが、私にはコミティアという大きな生物が生まれるように見えるんですね。骨が作られ、血が通って、肉がついていき、最後に咆哮をあげるような。それは個人的に代えがたい体験です。
これからのコミティアはどのような形で存続できるか
──今後コミティアがどのような形で存続できるかを考えたとき、例えばコミティアを中止にするのではなく、規模を縮小して開催するという案は出ましたか? 現状は4000~5000サークル規模ですが、それを昔のように1000サークルくらいの規模に戻すとか。
一旦今の運営方法を全部なしにして、ある程度先のことを見越して1から計画を考えるのであれば、その発想もありえると思います。でも、いざ目の前の9月・11月でそれができるかというと難しい。というのも単純に、1年前に会場を予約する必要があるので、小回りがきかないんですね。こちらの都合だけでキャンセルすれば会場費は返ってこない。とりあえず今の段階では、借りてる会場を予定通りの日程でやろうという発想、現在のシステムを維持する方向でギリギリまで考えるという方針です。それがもう全然無理ってなったら、毎月分散してやるとか、ビッグサイト以外を借りようとかの発想になるかもしれないです。
──根本的にシステムを変えなければいけなくなるんですね。
あと、単純に規模を小さくするとなったとき、かなりのサークル数を落選させなくてはいけなくなる。その調整であるとか、来場者の入場制限が必要になったりするので、小さくして労力が減るかというとむしろ増えてしまうんです。だからそう簡単にはいかないでしょうね。それでも、コミティアがなくなるよりは、昔のような少人数規模でやることも最悪の場合は考えなくてはいけないし、なんとかして続けたいとは思います。
──コミティアは地方でも開催していますが、そちらは東京と規模が違いますし開催できるのでしょうか?
それぞれ各地元の団体が運営しているので、こちらが判断してはいないのですが、今年の前半で言うと、名古屋、関西は中止、新潟は延期、福島でやっているみちのくコミティアも直接参加は全部なしにして、委託参加だけでやることになりました。地方コミティアって東京から人がいっぱい移動してくるので、会場や県から要請があったみたいで。ただ、東京よりは状況は比較的マシだと思うので、なんとか各地方で地元のサークルを大切にして持ちこたえてほしいという気持ちが強いです。
──ほかのコミックマーケットなどの同人イベントの方々と情報交換は進んでいますか。
COVID-19の問題が起きる前から、東京オリンピック・パラリンピックの対応で「DOUJIN JAPAN 2020」というキャンペーン的なことを始めていました。これは東京ビッグサイトを使っている、同人誌即売会等のイベント主催7団体で始めたもので、定期的に会合を持ったり、あとはメーリングリストで情報交換をしています。
自分が参加しても参加してなくても、参加しなくなっても続くイベント
──コミティアがどういう場なのかを考えた際に、「ティアズマガジン」に以前書かれていた「コミティアは『ふるさと』だと思っています」という言葉を思い出しました。
昔は出ていて、今は忙しくてサークル参加できないし、会場に足を運べないけど、いつもそこにあるという故郷のような安心感が作家側にもあるようですね。そういう気持ちを持ち続けてくれてる人が多いとしたらとてもありがたいです。今のコミティアの参加者も、「あと1回だけ開催できる」「最後に大きな花火を」というのは求めてないと思うんです。もっと継続的に、自分が参加しても参加してなくても、参加しなくなっても続いているイベントという、存在になることが大事だろうと。私が2013年に文化庁メディア芸術祭の功労賞をいただいたときに、功労賞の先輩であるモーニング創刊時の編集長・栗原良幸さんにスピーチをしていただいたんですね。そこで、コミティアが30年続いたのはめでたいけども、30年で満足するなと。50年、100年を目指せと言われて。「そうか!」と思いました。これから100年後も続くイベントとして、次の世代へコミティアを渡していかなければという気持ちは強く持っています。
──出張編集部なども含めて、プロのマンガ家を目指してる方にとってコミティアという場が当たり前の選択肢の1つとして存在してると思うんですけども、そこまでの存在にコミティアがなったのは何が理由だと思いますか。
回答になってるかわかりませんが、うちはたまたま、私がマンガ情報誌のぱふの編集者だったので、別に商業誌と同人誌を区別しなくてもいいんじゃないかという姿勢だったんです。コミティアが始まった頃は、同人誌と商業誌ってお互いに敵対心のようなものが強かった。でも創作にアマチュアもプロもなくて、まず作品がある。それが商業誌に載っていようが、同人誌に載っていようが、作品の価値は変わらないじゃないですか。だからまず作品をちゃんと読もうというのはあったし、商業誌の編集者にも読んでほしいと思って出張編集部を続けています。でも、それはオリジナルオンリーだから最初にできたところでもありますね。
──確かに、出張編集部はコミティアが先駆け的存在です。
また「ティアズマガジン」では「プッシュ&レビュー」っていう、作品をちゃんと読んで・選んで・評価しようっていうページを作ってきました。それを30年近く、かなり初期からずっとやってきたこともコミティアが大きくなった理由だと思います。最近それを改めて実感したのは、しまたけひとさんというマンガ家さんとの出会いでした。彼は、もともとプロとして活動していたものの、うまくいかずにもう筆を折る気持ちで四国のお遍路さんを回って、そのときの経験で「アルキヘンロズカン」という作品を描いたんです。もうこれで最後にしようという気持ちで描き始めたそうなんですけども、コミティアに同人誌で出したら早くに評価されて、逆にむしろやる気が出てきたみたいで復活したんです。のちに双葉社から商業単行本化されています。彼と話をしていて、「コミティアならわかってくれると思ってました」って言われたのは、すごく響いたんですよ。それはうれしいですよね。反面、もし私たちが気付かずにいたら、彼はそのまま筆を折っていたかもしれない。その“読んで、評価する”責任をすごく痛感しました。その気持ちをずっと忘れずにきてるというのはあります。
──実際、コミティアをきっかけにプロになった作家さんも多くいらっしゃいます。
全員がプロを目指しているかはわからないですけど、読者がたくさんいる場所が目の前にあったら、作家さんなら、特にプロを目指す人であればあるほど、自分の作品を読んでもらいたいはずだと思うんですよ。描きたいものを描くだけじゃなくて、それを読んでもらいたい、感想がほしい、反応がほしい。読者の存在は大きいんだと思います。コミティアは創作マンガが好きっていう目利きの読者がものすごくいっぱいいる。そこがオリジナルの作品を出したいという作家さんの気持ちとマッチしていたのかなと。卵が先か鶏が先かという感じはありますけど(笑)、私はそう思っています。
──普通の同人誌即売会はイベントを開催するだけで作品の評価とかはしないですからね。ちゃんと読んで評価される場として、「ティアズマガジン」は重要な役割を果たしています。
イベント側が作品を評価するのは不遜じゃないかというのは昔からあったんです。そういうのが嫌で抜けていくサークルさんももちろんいたと思います。苦手だなとか、敷居が高いなとか。でもそれをやり続けることで、「コミティアってそういうところだから」と認知された。出しっぱなしじゃない、作品を介した魂と魂の出会いっていうのが原点にあるんです。それを大事にしたいし、初期から持ち続けているところですね。運営を回す事務的な能力以外に、編集力のようなものがコミティアにはあるんだと思います。そこがほかの同人誌即売会との違いかもしれません。
──クラウドファンディングが成功して、なんとかコミティアが継続できることを願ってます。
出資してくださった方が満足できるような結果を出す、それはコミティアが続くことが一番のお返しになると思うんですけども、出資したことでリアルなコミティアに参加してるような気持ちになってくれたらいいなと、リターン案をいろいろと考えている最中です。
──最後に、コミティアの再開を待っている人に向けてメッセージをいただけますか。
「ティアズマガジン」の「ごあいさつ」によく〈コミティアはいつもここにいます〉と書いてたんですけども、今それが実現できていないのが、ものすごく申し訳ないという気持ちが強いです。私はやっぱりコミティアは“描かずにいられない”人に向けてやっているので、そういう人に発表の場を提供できてないのが一番つらい。でもどんな形であれ描くのは続けてほしいと思うんです。Webに発表するのでもいいと思います。コミティアは必ず復活します、と言い切るには不安な状況ですけど、必ず復活するつもりなので、それまで待っていてください。
中村公彦(ナカムラキミヒコ)
1961年東京都生まれ。成蹊大学卒業。在学中よりマンガ情報誌・ぱふ(雑草社)の編集部員となり、1988年から1993年の退職まで同誌編集長を務める。1984年、創作同人誌展示即売会・コミティアの設立に参画。翌年より実行委員会代表を務め、2014年には設立30周年を迎える。2014年、第17回文化庁メディア芸術祭で功労賞を受賞。2000年より、全国同人誌即売会連絡会の世話人も務める。
コミティアクラウドファンディング
実施期間:2020年8月28日(金)~10月23日(金)
目標額:3000万円
リターン品(一部)
- コミティア公式キャラクター(きみぴこ・コミティアちゃん)オリジナルグッズ
- 内藤泰弘、こうの史代、たつき(irodori)による描き下ろしオリジナルラベルのドリンク
- サークル参加権(サークル参加者向け)
- カタログ&先行入場権(一般参加者向け)
また法人向けに、会場内での広告掲示スペースや、カタログのPR記事制作・掲載など、 コミティアを媒体として企業PRが出来るコースも用意される。詳細は公式サイトにて確認を。