一条ゆかりのトークショー「一条ゆかりのトークナイト!」第3夜が、去る12月8日に東京・弥生美術館で行われた。
弥生美術館では12月24日まで、一条の原画展「集英社デビュー50周年記念 一条ゆかり展 ~ドラマチック!ゴージャス!ハードボイルド!~」を開催中。トークショーはこれと連動して展開されたもので、最終回となる第3夜には、60名の定員に対して532通の応募があったという。
毛皮のコートをまとって登場した一条は、集まったファンに「皆さんこの服、わかる? この日のために着て来ました」と質問。実は「プライド」の作中で主人公・史緒が着ていたコートで、会場からはすぐに「史緒ちゃん?」という声が挙がる。一条もこれには「さすがっすね!」と驚いた表情を見せ、「どんなコートを描こうかなと考えていたときに、『そうだ、この間買ったバカ高いコートにしよう!』って思いついて。これ、リスの毛なんです。これを着て来たら喜んでくれるかなって思って、着て来ました」と笑顔。「今日は『プライド』のファッションで来ました」とコートの下の赤いドレスを披露した。
この日のトークテーマは、近年の作品である「天使のツラノカワ」「プライド」を中心に、マンガ家として走り続けた50年を振り返るというもの。一条は「天使のツラノカワ」で聖書に挑戦した理由の1つに、「(『天使のツラノカワ』に限らず)普通の少女マンガ家が題材にしないようなものを描きたい」という気持ちがあったことを明かす。とはいえ執筆前は聖書のことをほとんど知らなかったそうで、「ヨーロッパがとても好きで、何度も行っているんですが、美術館とか教会とかを訪れると、そこに飾ってある絵の3分の1以上が聖書ネタなんです。当時も最低限のことは知っていたんですけど、『ふーん』くらいだったので、マンガ家としてはもっと知っておかないとヤバいなと」と語り、「読もうと何度も決心したんですけど、難しいから気が付いたら寝てるの(笑)。どうしたら自分がちゃんと読むか。そうだ、マンガのネタにしてしまえば仕事だから真面目にやるはずだと思って。それで描きました」と執筆のきっかけを語る。また、描こうと決意して最初に手に取ったのは「手塚治虫の旧約聖書物語」だったそうで、一条は「手塚先生ありがとう」と述べて会場の笑いを誘った。
事前アンケートで多かった「プライド」への質問として、「菜都子ママのモデルは一条先生そのものですか?」という質問が紹介されると、一条は「私がモデルというわけではないですけど、私が普段考えていることをそのまま書いていたのですごく楽でした。一番言いたいセリフを菜都子ママに言わせていましたね」と回答。また最終話の展開に対して質問が寄せられると、「あと何話で終わるっていうのは決めていたんだけど、いざとなったら描くものが多くて多くて……。『入らない! どうしよう』って言いながら、ありとあらゆる努力をして作りました。あんなに考えたの初めてで、本当に大変だった」と当時を振り返る。「プライド」は2009年に実写映画化もされたが、神野隆役の及川光博だけは一条が「この人にしてくれなきゃ嫌!」「叶わないんだったら映画化はやめて!」とキャスティングに強い要望を出したという。
トークの途中では、「プライド」の執筆中に患った緑内障についても言及が。一条は「原稿中にふと顔を上げて、壁に貼ってある視力検査表を何気なく見たら、なんだか片目だけ視界が暗いことに気が付いて。あれ?と思ってアシスタントに言ったら、『それ、緑内障です。今すぐ医者に行ってください』と。それで眼科に行ったら、もう末期近くまで進行していた。『なんでこんなになるまで放っておいたんですか』って言われたけど、私だって放っておきたくて放っておいたわけじゃない(笑)。歯医者でもなんでも、みんな同じこと言うのよね」と笑う。続けて「進行を遅らせることはできるんだけど、だんだん視えなくなるので、普通の人は落ち込むらしいんです。でも、私はあんまり落ち込まないんですよ。落ち込んでいる時間がもったいないし、落ち込んで何かいいことあるか?と。だから落ち込むキャラも嫌いなんです、(『砂の城』の)ナタリーみたいな(笑)。目に穴を開けて眼圧を下げる手術も、その日のうちにやってもらいました」とあっけらかんと話した。
目の病気をきっかけにデジタル作画へ移行したそうだが、一条の場合は道具に慣れるまでの苦労よりも、できることが増えたための苦労が絶えなかったそうで、「(原稿を)どこまでも大きく拡大できるの。これが危険。印刷できないくらい細かく描きすぎちゃったり、アナログなら『ちょっと狂ったけど、まあいいか』と思うところを何度もやり直せちゃったりする。気が付いたらすっごく時間が経っちゃって(笑)」とコメント。なお現在、手の腱鞘炎のほうは「めきめきよくなってる」そうだ。
後半では第2夜と同様にじゃんけん大会が行われ、その勝者たちによる質問が設けられた。この日は“人生相談もあり”とアナウンスがあったため、参加者たちは「今、結婚を悩んでいて……」「もうすぐ引っ越しするんですけど……」と自由な質問を投げかける。一条は1つひとつの質問に真摯に向き合い、自身の考えを披露。結婚についてだけでも、「子供が欲しい人は結婚したほうがいい。ただ自分の経験とか、ほかの人を見ていて思うことは、『結婚してなんかいいことあるの?』。寂しがり屋の人は誰かがずっと側にいてくれるのはうれしいかもしれないけど、いいことより嫌なことのほうがどーんと多くて、割に合わないと思ってしまいました」「結婚を迷う理由にもいろいろあるけど、“適齢期だから”と焦る必要はない。住んでいるところにもよるけど、都会暮らしなら遅れても全然大丈夫」「とりあえず1回してみたら?」「結婚っていうのはロマンじゃないから。生活だから。最初にロマンを求めているとお互いに苦労するよ」と“ゆかり節”全開の言葉が飛び出した。
会場からはもちろん「次回作は?」という質問も。一条は「私、人生はトライアスロンだと思っていて、マンガ家はいわば第2ステージ。これから老後という第3ステージに行くので、それまでに体の治せるところを全部治して、そこそこ健康になってから老後を迎えたい。だから今は私、職業“自分治し”(笑)。でも随分治りました。たぶん人生で一番健康。ほら、ほっぺたなんてピンクだよ?」と答え、「何か描くかもしれないけど、脳みそが物語を作る脳みそになっていなくて。もしやるとしてもイラストエッセイみたいな形かな」とコメント。最後には「『私はこれから何をするんだろう』ということに、私が一番興味がある」と語り、まだ見ぬ自身の活躍に目を輝かせた。
集英社デビュー50周年記念 一条ゆかり展 ~ドラマチック!ゴージャス!ハードボイルド!~
会期:2018年9月29日(土)~12月24日(月・祝)※月曜休館、祝日の場合は翌火曜休館
時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
料金:一般900円、大・高生800円、中・小生400円