第21回手塚治虫文化賞の贈呈式が、本日5月31日に東京・浜離宮朝日ホールにて行われた。今年はマンガ大賞をくらもちふさこ「花に染む」、新生賞を「昭和元禄落語心中」の雲田はるこ、短編賞を深谷かほる「夜廻り猫」、特別賞を「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の秋本治が受賞している。
選考委員の中条省平氏はマンガ大賞を受賞した「花に染む」について、「非常に先進的な実験を繰り返しながら、素晴らしく力のこもった作品に仕上がり完結しました。これはくらもちふさこさんという重要な作家にとっても、代表作になるにふさわしい作品ではないかという意見が(選考員から)寄せられています」と選考の過程を説明する。これを受け壇上に上がったくらもちは、「お恥ずかしながら駅の階段から足を滑らせ、両足を捻挫してしまいまして。こういったあまりにも喜ばしい賞をいただいたことは、人生において受け止められないくらいうれしかったですが、足を捻挫したということでプラスマイナスゼロになりましたね(笑)。痛みと等価交換で、ある意味自分の中では気持ちよく受け取れるかなと思います」と茶目っ気たっぷりに挨拶する。また幼いころから手塚作品に慣れ親しんできたというくらもちは、「私たちの生まれた時代は、ほとんどが手塚先生の作品を読んで育った子供たちばかりで、私も先生の作品で育ち、その中で空想することや想像することの喜びを学ぶことができました。それが礎になり、今この場所に立たせていただいているのだとしたら、こんなに喜ばしいことはございません」とコメントした。
「昭和元禄落語心中」で落語を巡る愛憎劇に、高座の巧みな描写を織り交ぜた清新な表現が評価された雲田は、「『落語心中』というマンガは、落語家さんの作り上げた、落語という文化がなければまったく成り立たないマンガです。(作中で)古典落語を使わせていただいたんですが、お会いした落語家の方々はマンガを快く受け入れてくれて、楽しんでくださいましたし、『落語心中寄席』という落語会まで開いていただきました。『寄席にお客さんが増えてほしい』という思いで描き始めたマンガなので、高座から眺めた満席の客席は今でも、そしてこれからも一生忘れられないと思います」と思いを吐露する。また「落語心中」のアニメスタッフに、「アニメからたくさんのインスピレーションを得ることができ、マンガに良い影響を与えていただきました。完結までの道のりを皆さんと一緒に走れたことも、とても貴重で幸せな経験でした」と感謝の意を述べた。
短編賞に輝いた深谷は、くらもちに憧れ彼女が通っていた武蔵野美術大学に入学したという。深谷は後年、自分がマンガを描くことになるとは思いもしなかったと振り返りながら、「今回、私が描いたささやかなマンガにまで光を当てていただいて、本当にありがたいです。内容についても、自分の作品は『作っている』というほどのこともなく、世の中で頑張っている人のいろいろな場面を切り取って描かせていただいていると思っています」と謝辞した。
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の40年にわたる連載と、その完結に対し特別賞を贈られた秋本。手塚治虫と名前の読みが一致していたことから、「幼いころから絶対にマンガ家になろう、手塚先生に会おうと思っていました」と少年時代を回想しながら、「後年集英社の手塚賞のパーティーで手塚先生とお会いすることがあったんですが、お話するという夢は叶わなくて。ただ手塚先生がお亡くなりになって28年、お名前を冠した賞をいただくことができ、今まで憧れていたものが形になった気がして、とてもうれしく思います」とスピーチした。
その後現在講談社より刊行されている、「週刊 鉄腕アトムを作ろう!」を集めると完成する、「コミュニケーション・ロボット『ATOM』」が登場し、各受賞者にインタビューを実施。くらもちに対しては歌と踊りで受賞を祝い、雲田の前では「寿限無」を披露するなど会場を盛り上げる。秋本は「僕、ボーカロイドが好きなんで、こうやって機械と話すのは楽しいですね。リアクションがワンテンポ遅れる感じがいい」と述べ、会場を笑わせた。
贈呈式の後半には、くらもちと秋本によるトークショーを実施。旧知の間柄だという2人は、これまでの思い出話に花を咲かせる。また「花に染む」が弓道を題材にしており、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」にも弓道を嗜むキャラクター・早矢が登場することから、弓道トークも展開。さらに秋本が「花に染む」について「『これぞ少女マンガだな』って思いました」と評すると、くらもちは「最近すごくシンプルな絵を描いていたんですが、今回長い連載になるなと感じたときに、いわゆる少女マンガの絵に戻したいなと思いまして。まつげをわっと増やしたりして、少女マンガへの回帰を目指したんですよ。なのでそこに触れていただけなのでうれしいです」と語った。