谷川史子の集英社画業40周年を記念した原画展が、10月21日から11月4日にかけて、東京・POP Culture Style IKEBUKUROで開催される。1980年代より活躍し、りぼん、Cookie、ココハナ(すべて集英社)と、少女誌から女性誌へ活躍の幅を広げてきた谷川。かつての“りぼんっ子”はもちろん、大人になってから谷川作品と出会った読者も多いだろう。少年少女の不器用な恋愛模様、忙しない日常の中で見逃してしまいそうな心の動き……1作1作、読者と伴走するかのように丁寧に届け続けてきた40年。そんな歩みを振り返りながら、初期作品から近年の作品までが一堂に会す原画展への思いを、じっくりと語ってもらった。
取材・文 / 大曲智子
初投稿作でデビュー、原画展開催は“ご褒美のよう”
──「谷川史子 集英社画業40周年原画展」の開催、おめでとうございます。
ありがとうございます。ナタリーさんで原画展を主催してくださると聞いたときは驚きました。初めての原画展は30周年のタイミングだったんですが、こうやって節目ごとにお声がけいただくのは、長くやっているご褒美のようでとてもうれしいです。
──今回のインタビューでは原画展の見どころはもちろん、谷川作品の魅力の秘密にも迫りたいと思っています。子供の頃はどんなマンガに触れていたのでしょうか。
小学4年ぐらいの頃からりぼんを読み始め、初めてそこで少女マンガに触れました。それまでも兄が買う少年マンガを読んではいましたし、落書きのような絵も描いていました。最初に描いたのは幼稚園のときに描いた4コママンガで、ウサギがにんじんを食べて美味しい、みたいな内容でしたね。マンガを読み始めてからは、気に入ったシーンを模写したり、自分なりに考えた続きの話を1ページ描いたりという遊びをしていました。そうやって趣味で描いていたんですが、美術科のある高校に進学してからは、同級生と同人誌みたいなものを作って、そこにマンガを描いていました。
──物心ついた頃から絵を描き始め、マンガとして形作られていったんですね。プロになろうと思ったきっかけなどはあったのでしょうか。
高校3年のとき、「私のマンガは読むに堪えうるレベルなのだろうか」と思い、「りぼん漫画スクール」というコンテストに「ちはやぶるおくのほそみち」を応募したところ、それが佳作を受賞しデビュー作になりました。マンガの描き方についてわからないことばかりで、今読むといろんな意味で「デビュー作ですね……!!」と顔を覆いたくなりますが、それでもまとまった枚数を描き切って投稿したのは、よくがんばったな、と思います。
──初投稿作で受賞、そのままデビューってちょっとすごすぎます。
あの頃の「りぼん漫画スクール」は確か4カ月をひと区切りとして、一番得点の高かった人がデビューできますよ、みたいなシステムだったと思います。私は運がよかった(笑)。新人マンガ家をたくさん生み出そうということで、新人の作品を7人分集めた単行本も出ていましたね。「ちはやぶるおくのほそみち」は、「きらめき7つ星」という単行本に収録してもらいました。
──谷川先生の絵柄に影響したと思われるマンガ家はどなたでしょう。
りぼんでは清原なつの先生と陸奥A子先生です。絵柄だけでなく、作品世界の空気やテンポ、佇まいがもう大好きで。以前の担当編集さんに、「陸奥先生の、“乙女チック路線”の最後の継承者」と冗談めかして言われたときは、畏れ多くも、ものすごくうれしかったです。また、高校生の頃、衝撃を受けたのが高野文子先生です。1本の線の説得力、光の捉え方、服に隠れた骨の動き、体重がどこに乗っているかがひと目でわかる。カッコよすぎてしびれましたね。憧れて模写もしたりして、かなり影響を受けています。
小さくて大切な何かを愛でることが好き
──デビューが決まって、長崎から東京に移られたんですよね。
プロのマンガ家になるなら都会に出なきゃいけないと思い込んでいたのと、地元を出たい気持ちが強かったんです。ずっと同じ町の、家と学校とその周辺で過ごしてきて、自由に生きてみたいと思ったんですね。大学には進まず、東京の企業に就職しました。百貨店での接客業です。ひとり暮らしには親の許可が出なかったので、寮のあるところを選びました。会社でも寮でも周囲の人には恵まれましたが、6畳の2人部屋、門限の厳しい女子寮生活は想像以上にしんどく、1日も早くここを出なければと思いました(笑)。マンガ家デビューはしていたもののネームは通らず、仕事も覚えることだらけで、いっぱいいっぱいになってしまい、2年足らずで退職を決めました。
──個人的な話で恐縮ですが、初期作品の「各駅停車」に憧れて鎌倉に住むのが夢でした。谷川先生も鎌倉に住んでいるのかなと勝手な想像をしていたんです。
最終話で鎌倉デートのシーンがありますが、内田百閒の「サラサーテの盤」や、それを原案にした鈴木清順監督の映画「ツィゴイネルワイゼン」が好きだったことから鎌倉に憧れて、ロケハンと称して鎌倉に行ってたくさん写真を撮りました。
──「乙女のテーマ」(「谷川史子傑作選 きみのことすきなんだ」収録)や「各駅停車」などは、登場人物は同じながら毎話の主人公が変わることが魅力的でした。谷川先生は読み切りやオムニバス作品も多いですね。
「各駅停車」で主人公たちがちょっとずつ重なっていく形式は、大好きな作家である近藤ようこ先生が同じような形式で描かれていたのを読んだのがきっかけでした。この形なら短い物語をつなげて描けるなと思ってやってみたのだと思います。当時は長編や連載を何カ月もかけて描く技量がなかったのもありますが、私は短編という形が好きなんですね。長編に挑戦しようとすると、先が見えていないことにワクワクできず、むしろ怖いと思ってしまう。終わりが決まっているほうが安心するし、描きたいシーンや、日常の中でちょっと気持ちが動いた瞬間を膨らませて1本描くほうが得意なんだとわかりました。表現したい感情を軸にして、イントロとラストシーンを考えてから、その間をつなげるという作り方をしています。
──作品を描く際、キャラクターはどのように考えているのでしょう?
ヒロインは、「こういう話を描きたい」という出発点から、要素をちょっとずつ重ねて作っていきます。こういう話にしたい、こういうラストに持っていきたい。それならこういう考え方をする子だろうな、ならばこういうビジュアルではないか……とちょっとずつ肉付けしていく感じです。シーンを落描きしながら、前後はこんな感じかな、こんなセリフが出てきたなとやっていくうちに、なんとなく作品の体になっていきます。イントロとラストを先に決めたのに、途中で変わってしまうこともあるので、担当編集さんにはご迷惑をかけてしまっています……(笑)。
──テーマがあり、次にキャラクターと構成ができていくんですね。
私の作品の男の子キャラクターは、ちょっとひねくれていても「でもボクはキミのことわかっているから」と言うような子が多いんですね。描きたいエピソードを決めてから構成や登場人物を作っているので、どうしても都合のいい俳優さんを連れてくる形になってしまうのが悩みどころではあります。私はキャラクターよりもエピソードに萌えるところがあり、それが私の個性であり、弱点であるとも思っています。キャラクターありきの作り方のほうが、物語が広がりやすいので。とは言ってもせっかくの個性、うまく伸ばし、より強みにできるといいなあと思っています。
──最後の1枚、最後の1コマからも温かさを感じます。きっとそこもすごく考えられているのかなと。
ギリギリまで考えてしまって、なかなか手放せないんですよね。強いフレーズをバーンと披露したり、外連味があるネームが描ける人を素敵だなと思っていて、パーティーなどでそのタイプの作家さんに会ったときに、どんなマンガやドラマが好きか、なぜこういうマンガを描くようになったのかなどを伺うと、好きなドラマなどはやはりその方の作品と近いものがあるんですよね。私も強い引きのある作品や作風に憧れる気持ちはあるのですが、結局は小さくて大切な何かを愛でるほうが好きなんだろうな、と思います。
原画展では「告白の瞬間」コーナーも
──今回の原画展では、谷川作品の「告白」シーンを集めた特集を行います。告白のシチュエーションやセリフはどれも印象に残りますね。
やはり告白は一番盛り上がる場面なのですごく考えますね。どうしたら読者の方にキュンとしてもらえるか、って。まだ新人の頃は強い照れがあって、家族や友人に読まれたとき、「こういうのが好きなんだ~」って思われるだろうなと考えてしまっていたんです。でも担当さんに「描き手が恥ずかしいぐらいじゃないと読者はグッと来ないですよ。恥ずかしいくらいでちょうどいい」と言われて、それは確かにプロとして大事な視点だなと思いました。それから少しずつ照れは抜けていったと思います。
──「きみのことすきなんだ」でヒロインの矢倉奈美が主人公の丸屋慎一に、踏切越しに泣きながら思いを伝えるシーンは代表的な名場面ですね。
これもそうなんですが、告白は作品が盛り上がるシーンであるということで、ヒロインが泣いていますねえ(笑)。デビューして5、6年ぐらいの頃、友人に「谷川さんのマンガは女の子がいつも泣いてるね」って言われて、確かにそうだなと(笑)。でも気が高ぶるシーンだから泣くのも仕方ないよね、と。困難を乗り越えて思いを成就させてほしいので、叫んだり走ったり、思い直したり、勇気を出したりするんですよね。
──「乙女のテーマ」の夏目康は会話をする中で「好きなんだと思う、小津さんのこと」とサラッと気持ちを伝えていて、すごい男の子だなと驚かされました。
高1男子の設定なので、本当はもっと照れながら言ってほしいんですけどね(笑)。夏目くんは、物怖じしない、自分に正直な男の子に描きたかったんだと思います。いろんなことがわからないなりにマンガを描いてきて、編集さんにアドバイスをいただくんですが、「なんと言われたらうれしい気持ちになるか」というのは描くうえではずせない。華やかで動きがあるような告白を考えているので、憧れていただけるものになっているのかもしれませんね。
──ちゃんと言葉にして思いを伝えるということも大切にされているように思います。
それは、私が言質を取りたいタイプだからです(笑)。
──確かに少女マンガで「あれって告白だったの?」とか「私たちって付き合ってるの?」となるわけにはいかないですよね。
それは非常に困りますね(笑)。言葉やシチュエーションを心に持っておきたいタイプなので、「ぜひそこは具体的にお願いします!」と言いたくなるんです。例えば普段はクールなキャラが、相手のためにいかにみっともなくなってくれるか、というところにときめくタチなので、そこは恥ずかしくてもがんばってほしいんですよね。
──今の時代ではネットで知り合ったりLINEで告白することは珍しくないですが、マンガでそれは味気ないですからね。
その文章は本当に本人が書いているかわからないよね、って思ってしまいますね。ただ今の若い方は傷つくことが怖いので、なるべく傷を浅くするためにLINEで伝えたり、第三者を挟んで告白したりと、ダメージを回避するのだと聞きました。確かにしんどいですが、そこが恋愛の醍醐味のひとつではなかろうか、とは思います。
“禁じ手”に挑戦した「積極―愛のうた―」
──1999年にCookieが創刊され、谷川先生もCookieやコーラス、ココハナといった大人向けのマンガ誌で描かれるように。描くテーマも大人向けになりました。
自分も年齢を重ね、りぼんで描くことに限界を感じていたところに、新しい雑誌ができるということで、ぜひそちらに移りたいということになりました。とはいえ最初の頃は逆に大人ってなんなのかわからず、大学の飲み会を描いたり、男の子にタバコをくわえさせたりしていました(笑)。自分が大学に行っていないので、キャンパスライフに憧れつつ少しオドオドしながら描いていましたね。そのうちに自分が関心を寄せる事柄もだんだんと変化していって、少し経った頃に描いた、「積極」は印象に残っています。
この作品では性が介在しないような、純愛ものをやりたいという思いがありました。どうしたらそうなるだろうと考えて、安直ですが、おじいちゃんを出そうと(笑)。かなり歳上の男性に憧れる、尊敬のような思い。終盤で教授が主人公の美幹にリンゴを渡しますが、あれはラブシーンとして描いています。ああいう場面がクライマックスになる作品を描きたかったし、わかりやすい形での成就がない作品にしたかった。ただ、主要人物が亡くなるという描写は私の中で禁じ手でした。初期の頃に描いた「緑の頃わたしたちは」という短編は、初めて主要人物が亡くなってしまう作品で。
──「緑の頃わたしたちは」(「谷川史子傑作選 きみのことすきなんだ」収録)が好きという方は多いですよね。
かなり反響があった作品でした。好きですと言ってくださる初期からの読者の方も多く、逆に気をつけなくてはと思いました。人が亡くなる描写はこのぐらいインパクトがあることなんだ、安易に使ってはいけないと思ったんです。それから時間が経ち、「積極」でもう一度挑戦してみました。人は生きながら別れることがあるし、どちらかが亡くなってしまったら、もう二度とこの世では会えない。けれどおそらく彼女の中ではずっと教授との時間は生き続ける。その人が自分の中で生き続け、その後の人生において灯台のように光を灯してくれることがあるんだと、私自身、生きる中で気づいたんだと思います。大人向けの雑誌に移って、そういうテーマを描きたいと思うようになったんでしょうね。
──“思い”を留めておきたいと思うようになったきっかけはあるのですか。
父が農家の出だったこともあり、実家に常にニワトリがいたんですが、あまりに鳴くので処分しないといけなくなったんです。それが子供心にすごくショックで。この子はどこかに連れてかれちゃうんだ、もう家には帰ってこないんだと理解したとき、悲しくて苦しくて、どうしていいかわからなくなりました。そのエピソードは「はじめてのひと」の31話に使っていますが、あの頃から「何かを留めておきたい」と思う癖があったんだなと気づきました。当時小学3年生くらいだったと思うんですが、抱っこしたニワトリの温かさを留めておきたくて、習字で使う赤い墨汁を手のひらに塗って紙に手形を押して、「チヨを抱っこした手」って横に書いたんです。別れを受け入れるための、子供なりの落としどころだったんでしょうね。
──単行本のあとがき「告白物語」でプライベートを細かく描いているのも、書き留めておきたいという理由からでしょうか。
「告白物語」をまとめた単行本「谷川史子 告白物語おおむね全部 30th anniversary」にも書いていますが、もともと私が単行本のおまけマンガを読むのが大好きだったので、いつか本を出せるようになったら描くぞという決意があったんです。そのうちに「告白物語楽しみにしています」「むしろこっちが本編」と言われたりして、引き返せなくなりました。40年続く、私の最長連載です(笑)。ちなみに原画展に合わせて、以前出した文庫「谷川史子純愛読みきり集 S~SORROW OF LOVE~」と「谷川史子純愛読みきり集 H~HAPPY ENDING~」が電子化されることになり、さらに「谷川史子純愛読みきり集 N~NOSTALGIA~」が新しく出ることになったんですが、3冊すべて、新規で「告白物語」を描き下ろしています。いつも通り特段益のない身辺雑記ですが、読んでいただけるととてもうれしいです。CMでした(笑)。
──「積極―愛のうた―」や「読切集」などもそうですが、表紙に横顔を使われていることが多いのも谷川先生の特徴だと感じます。
横顔の表紙は読者と目が合わずそっけない印象になりやすいので、特に少女誌ではあまりよしとされていなかったと思います。でもなんだか好きなので、たくさん描いてしまいました(笑)。私の母が、私が幼い頃によく女の子の横顔を描いてくれていた影響もあると思います。大人になってから叔母に母の子供時代のことを聞いたら、「お姉ちゃんはよく絵を描いて家に貼っていたよ」と教えてくれました。スカートやワンピースを縫ってくれたり、クラシック音楽や映画「ひまわり」が好きだと話していたこともありました。ものづくりや芸術の好きな人だったんだなと。今は母も高齢になり、会話が難しくなってしまったんですが、もっと話を聞いておけばよかったなと思いますね。
40年分の原稿とお手紙を前に、「私、けっこうすごくない?」と思えた
──原画展ではモノクロ原稿、カラー原稿が展示されます。シンプルな線とトーンで構成されたモノクロ原稿、時代や作品ごとに変遷のあるカラー原稿と、どれも見応えがあります。
原画展に向けて初期の原稿を見ていたら、使っているスクリーントーンが網点、砂、あとちょっとグラデーションがあるかないか。5種類ぐらいしか使っていなかったことに驚きましたが、改めて見るとすっきりしてていいなあと(笑)。今後、もう少しシンプルなトーン使いに戻れないかなと思っているところです。アシスタントさんがトーンの使い方が上手で、それに甘えていたんですが、今はもうちょっと画面の力を抜いてもいいかなと。私は今も昔も完全アナログで描いていますが、そういう作家はもはや珍しいそうで、スクリーントーンもどんどん廃盤になってきているんですよね。それもあり、昔のように基本的なトーンで仕上げる画面に関心が出てきました。感情表現に使う点描なんかはガッチリ使うと思いますが(笑)。必要十分な絵づくりを考えてみたいです。
──構成やセリフだけでなく、絵にも生で見ると改めてこだわりを感じられます。
これは多くの作家がうなずいてくれると思うんですけど、線に勢いがある下描きの絵が一番いいんですよね。ペンで描くとスピードが落ちて線がちょっと変わってしまう。それでも納得するまで直したくて、ホワイト修正だけではなく、新しい紙を貼って描くという切り貼りという手法もかなり使っていて、本当に満身創痍といった原稿になります(笑)。描いたばかりの線に触って汚してしまったり、枠外にインクを盛大にこぼしてしまって、ホワイトを塗りまくっている原稿も。私は右利きで、左向きの顔を描くのが不得手なので、原稿の裏に右向きの顔を描いて、それを透かして懸命になぞる(笑)。左向きの顔を見つけたら、「あ、裏面にもカオがあるのね」とニヤッとしていただけるとうれしいです。
──カラー原稿も谷川先生がすべて描かれているのですよね。
はい。ただ、カラーは苦手意識があって、どんな色を乗せたらいいのか悩むことがよくありました。高校で美術を学んではいたけれど、それ以降は特に勉強しないままプロになってしまいました。モノクロはそこまで悩まず画面を作れますが、カラーはそうはいかない。少女誌のりぼんでのデビューだったので、華やかにしなければという先入観でいろんな色を使っていたんですが、大人向けの雑誌になってからは色数を絞ってみたくなりました。「積極―愛のうた―」の表紙をしっとりした色味で描いたらすごく楽しくて。これは基本の色は2色ぐらいしか使っていないんです。デザイナーさんが朱に近い赤の、スタイリッシュなフォントでタイトルを入れてくださって、掲載誌で初めてそれを見たときは度肝を抜かれました。なんてカッコいいんだろう!と。表紙はタイトルが入って完成するものなんだ、絵だけでがんばろうと思わなくていいんだと思い、それ以降は引き算をするように、シンプルに人物を描くことが増えました。同時に、今回りぼん時代の原稿を改めて手に取って、当時のデザイナーさんの手描きのタイトル文字の美しさに胸を打たれました。まさに職人技といった筆遣いで、ひと文字ひと文字に温度を感じるようでした。
──今回の原画展では谷川先生の絵を使ったオリジナルグッズが多数販売されることになりました。一部をご覧いただいていますが、いかがですか。
どれも本当にかわいくて、私も全部欲しいです!!今まで開催した個展でもいくつかグッズを作っていただいたんですが、お茶缶やポチ袋やマグカップなど、今回初めて作っていただくグッズも多いのでうれしいですね。特に驚いたのは、りぼんマスコットコミックスの表紙絵を中心に使ったアクリルキーホルダー。あの独特の枠組みとタイトルも使われているので、全種類揃えたくなりますね。原画展のキービジュアルを使った大判のハンカチも、色味までこだわらせてもらいました。ぜひ会場でお手に取っていただきたいなと思います。
──「谷川史子 集英社画業40周年原画展」にお越しくださるファンの方たちへのメッセージをお願いします。
あっと言う間の40年でした。原稿用紙に向かいながら、私はこのシーンが描きたかったんだな、こんなメッセージを込めたかったんだなとうれしくなったり、自分の技量のなさにがっかりしたり、そんな繰り返しでした。
現在、ココハナでの「はじめてのひと」の連載がストップし、続きを待ってくださっている読者の方は心配されていると思い、とても心苦しいです。気持ちをうまく作品に向けられず、いつ再開できるのか、そもそも復帰ができるのだろうか。不安と焦りで時間ばかりが過ぎる中で、こんな大きな原画展のお話をお受けしていいのかと悩みました。けれど、昔の原稿に指で触れるうちに「自分がこれを1枚1枚描いたのか。つたないけれど、それでもこんなにたくさん40年も」と、不思議さとありがたさで胸が詰まり、やっぱりもう少しがんばってみたいと思いました。
原稿と同じ保管場所に、読者の方からのお手紙もありました。大きなダンボールにたくさん、これも40年分です。箱が傷んでいたのでふたを開け、新しい箱へ移し替えようとしましたが、かなりの数でなかなか終わりません。途中、曲げていた腰をイタタと上げると、そのうず高く積まれたお手紙の山を見て思わず立ち尽くしてしまいました。これだけたくさんの方が私のマンガを読み、何かを感じて、わざわざペンを取り時間をかけて綴りポストまで足を運んでくださった。40年分の原稿と、数えきれないほどのお手紙を前に涙がこぼれて「私、けっこうすごくない?」と思いました。
たくさんの方の支えで発表できた作品たちを、この原画展でひとりでも多くの方に見ていただけるととてもうれしいです。企画・主催してくださったナタリーさんに心から感謝しています。これまで読んでくださった読者の皆さま、ほんとうにありがとうございます。これからもがんばります。
「谷川史子 集英社画業40周年原画展」開催概要
会期:2026年10月21日(水)~11月4日(水)
会場:東京都 POP Culture Style IKEBUKURO
時間:10:00~20:00(※最終入場は閉場の30分前)
入場料:1000円(ポストカード付き)