現在、東京・弥生美術館にて、マンガ家・上條淳士の個展「画業40周年記念 上條淳士展 LIVE」が開催中だ。約4カ月にわたり開催される今回の展覧会では、約1カ月ごとに作品の一部を入れ替えて展示が行われている(参照:上條淳士の4カ月にわたる展覧会が明日弥生美術館で開幕 展示の入れ替えや初の展示物も)。
パンクバンド出身のアイドルが芸能界をかき乱すロックマンガの金字塔「To-y」や、日本各地に点在する基地の街を舞台にしたクライムアクション「SEX」などの作品で知られる上條。会場の壁を埋め尽くす、時代を超越した上條作品の原画の迫力に誰もが圧倒されることだろうが、一部の展示品──稀少な関連グッズや掲載誌などについては、作家ではなく、コレクターが所有しているものを借り受けているのだという。
好きな作家のアイテムを集めていたファンが、その作家の展覧会に自身のコレクション物を提供する形で参加するというのは、一体どんな思いを抱くのだろうか。そこで今回は、上條作品のコレクター3名に集まってもらい、好きなマンガ家に関する“物”を集める悦びや、ここ数年、原画展などを通じてファンとマンガ家が交流できる“場”が作られつつある現象などについて、熱く語ってもらった。また、上條本人にも、そうした新しい“場”が生み出す力について、作家の立場から話を聞いた。
なお前述の通り、本展覧会では約1カ月ごとに作品や展示物の一部を入れ替えている。そのため、記事内に掲載されている写真は取材時のものとなり、現在の展示とは異なる場合がある。
取材・文 / 島田一志 撮影 / 熊瀬哲子
「何かが変わる気がした」上條作品との出会い
──本日は、上條作品のコレクターとして名高い、コーイチさん、サトシさん、ヒロさんの3名にお越しいただきました。皆さんは顔なじみとのことですが、まずは簡単な自己紹介をお願いします。
コーイチ コーイチと申します。54歳で、ふだんは福祉の仕事と造形作家をしています。私が集めているのは、オーソドックスに上條作品の単行本や掲載誌が多いですね。そのほか、個展で売られているものなどをちょこちょこと。
サトシ サトシです。僕はおふたりよりもひと回りほど年下で、45歳。会社を経営しています。僕のコレクションも本が中心なんですが、今回の「LIVE」展に貸し出した企業の販促グッズのようなものからレアな原画まで、上條先生に関するものなら、買えるものは全部買いたいと思っています。
ヒロ ヒロと申します。57歳、システムエンジニアをやっています。私は、収納場所の問題などもあり、数を集めるというよりは、ある時期からは意識的に、非売品や原画などの1点モノを集めるようになりました。
──皆さんの上條作品との出会いを教えてください。
コーイチ 私は「ZINGY」(原作:雁屋哲)から入りました。主人公のジンギィより、ライバルのギルがカッコよくて。あとは、「SEX」のナツに影響されて、ピアスを開けたことも(笑)。
サトシ 僕は小学2年生の頃、通っていた接骨院の待合室で「To-y」の単行本と出会いました。その時点ですでに終盤の8巻まで出ていたのですが、なんと言っても、第1話の冒頭のライブシーンが衝撃的でした。「退屈をブッつぶす」という作品全体を貫くテーマにも惹かれましたね。それが言わば僕のパンク初体験。
ヒロ 私はデビュー作の「モッブ★ハンター」から注目していました。上條先生がまだギャグっぽいマンガを描かれていた頃の作品ですが、本当にハマったのは私も「To-y」からですね。第1話が載った少年サンデー(小学館)の表紙を見て、何かが変わる気がしました。それと、昔からYOKOさん(上條淳士の共同執筆者)が描かれる女性キャラが好きで、特に「SEX」のカホは、連載当時はもちろん、今でもなかなかいないタイプのヒロインだと思っています。上條作品は男性キャラがカッコいいと語られがちで、実際そうだとも思いますが、女性キャラもかなりカッコいいんですよ。
コレクターならではの悦びと苦労
──コレクションを始めたきっかけみたいなものはありますか?
コーイチ 最初は何げなく単行本をめくっていて、雑誌に載っていたカットと違う絵を見つけた瞬間でした。それでいろいろと見比べてみて、上條先生はかなり単行本化の際に手直しをされるということがわかったので、「ああ……これはもう今後、雑誌も全部捨てられないな」と(笑)。
サトシ みんな最初にそのことに気づいて衝撃を受けるんですよね(笑)。僕はさっきも言ったように、「To-y」の連載が終盤に入っている段階で知ったので、それ以前に出ていた掲載誌(少年サンデー)は、のちにネットオークションなどを使って、1冊1冊買い集めました。コーイチさんのところも似たようなものだと思いますけど、気がついたら雑誌だけでも家に400冊くらいありますよ(笑)。あと今、弥生美術館の1階で展示されている「To-y」のカセットレーベルとかハンカチとかは、2部ずつ持っています。
ヒロ 私は先ほども言ったように、収納場所の問題もあって、雑誌はカラーページの切り抜きなどのほかは残していません。まあ、雑誌については、ここにいる2人がだいたい持ってくれてるから私はいいかな、という変な安心感もありますね(笑)。
──コレクションと置き場所の問題は、常につきまといそうですね。
ヒロ 今は一部屋まるごと物置みたいにして、そこにまとめて保管していますが、それもだんだん入らなくなってきていて……この先どうしようかなと(笑)。ちょっと見たいなと思うものがあっても、取り出すのに一苦労です。
サトシ 僕はもともとコレクション癖があって、上條先生関係のほかにもいろんなものが家にある。1分の1のフィギュアとか、ゲームの台とか、やたらとでかいものばかりが(笑)。ただ、それでも救われているのは、妻も似たような趣味の持ち主で、彼女もいろいろ集めてるんですよ。……うち、狭いスペースにメリーゴーラウンドから外した馬が4台ありますからね(笑)。
コーイチ コレクションに家族の理解というのは絶対条件かもしれませんね。自分の場合、本はまとめて2階に置いているのですが、床抜けの心配と常に戦っています。
サトシ・ヒロ (「わかる」というような表情で黙ってうなずく)
レアなグッズは2つ以上手に入れるべし
──ちなみに今回の「LIVE」展で展示されている関連グッズの多くは、サトシさんのコレクションから選ばれたものだそうですね。今回の「LIVE」展で、ご自身のコレクションが美術館に展示されている様子を実際にご覧になって、どういう感想を抱きましたか?
サトシ 感無量です。単にお貸ししただけでなく、1つひとつのグッズの展示方法についても、先生や美術館の方々と事前に相談させていただきました。これまで家で1人で見てニヤニヤしてただけのものが、こういう形で多くの方々に見ていただけるというのは、うれしいと言うほかありません。
ヒロ 実は私も「To-y」のポケットラジオとか、かなり珍しいものを持っているんですけど、サインが入っているものは展示には向いていないとのことで、残念ながら今回は見送られました。
サトシ その問題は今後の我々の課題になるかもしれませんね。だから、これからコレクションを始めようという方は、僕みたいにとりあえず2つ以上入手しておいて、1つに先生にサインを入れてもらい、1つは元の状態のまま保存することをお勧めします(笑)。もう1つ問題があるとすれば、そうやって苦労して集めたものが将来どうなってしまうかですね。もっとお金があったら、「上條淳士記念館」を作るのに!
コレクターが何度も個展に足を運ぶワケ
──皆さんは上條先生とも交流があるようですが、もともとはどういう経緯でお知り合いになられたのですか?
コーイチ 初めてお会いしたのは確か、画集のサイン会のときかなんかだったと思うんですけど、私の名前を入れてくださる際、「コーイチさんへ」と書くべきところを「コーイチちんへ」と書いてしまって(笑)。先生は慌てて書き直すと言ってくださいましたが、そういう仕種も含めて、逆にうれしかったですね。それ以来、「ああ、あのときの……」みたいな感じで顔を覚えてくださって。今では「コーちゃん」と呼ばれています(笑)。
ヒロ 上條先生って、話す前はけっこう怖いイメージなかった?
コーイチ ありましたね。昔の宝島とかに載ってた、髪の毛をツンツンに立ててるトガった写真のイメージが強かったので。あと、無口な方なのかなとか。でも、実際の先生はそんなことはまったくなくて、気さくにいろいろ話してくださいますよね。
サトシ 僕の場合は、最初は吉祥寺のギャラリー(リベストギャラリー創)で行われていた上條先生の個展に通うようになり、しだいに覚えてもらえるようになりました。一度、共通の知り合いがやってるお店でご飯を食べる機会があったんですけど、そのとき、家にあるコレクションをいろいろと持って行ったら、「キミ、こんなのまで持ってんの!?」と驚かれて……というか、中には先生の知らないところで勝手に作られていたグッズなどもあったようで(笑)。
ヒロ 私も最初はリベストギャラリー創の個展です。一方的にマンガの感想などをしゃべりまくっているうちに、顔と名前を覚えてもらえました(笑)。
コーイチ 本来、個展というものは1回行けばいいんでしょうけど、上條先生は毎日のように在廊されていますし、ボツ原画のゲリラ販売みたいなのが突発的に始まったりもするので、何度も行かないといけない(笑)。
ヒロ あそこに行けば誰か知っている人に会える、という感覚もいいよね。
コーイチ そうですね。それはライブハウスに通う感覚と近いかもしれません。
サトシ いろいろな情報交換もその場でできますしね。SNSにはない新しい出会いの空間が、上條先生を中心にして生まれていますよね。上條先生も「この人、誰々さんっていうんだ」とファンの方を紹介してくださるので、僕たちもすぐ打ち解けられるんです。ギャラリーにいる人がみんな友達、みたいな感覚です。
──ファン同士の距離が近いことで、例えば「俺、これ持ってるんだぜ」というマウントの取り合いみたいなものは生まれないんですか?
サトシ それはなくて、逆に教えてもらえるとうれしいんです。「これ持ってる?」とか情報交換をすることができて、ありがたいです。
コーイチ 「わあ! こんなのあったんだ!」という驚きもありますもんね。
ヒロ グッズのことは先生がすべてを把握しているわけではないので、逆に先生に聞いてもわからないことがあって(笑)。知らなかったことを知れるのがありがたいですよね。
──今日皆さんがお話されている様子を見ていても、上條先生との交流だけでなく、ファン同士の横のつながりが生まれていることがすごく楽しそうだなと感じます。
サトシ 楽しいですよね。
コーイチ まさかこんな人たちと出会えるとは、という喜びがありますよね。
これからもファンが気軽に会いに行ける“場”を
──そうやって先生ともファン同士でもいい関係性が築けているのは、皆さんが程よい距離感を保ち、マナーを守りながら交流を続けていらっしゃるからだと思います。それでは最後に、画業40周年を迎えられた上條先生に、おひとりずつメッセージをお願いします。
コーイチ ここ数年、上條先生がよくイラストで描かれている「あきら」ちゃんというオリジナルのキャラクターがいるのですが、できることなら、彼女が動く新作マンガを読んでみたいですね。もちろん、私たちファンにとっては、原画を生で見られるだけでもありがたい話なので、個展は今後も継続してやっていただきたいです。昔の絵もいいけど、最新作のHYDEさんの肖像画を見てあらためて思いましたが、“今”の上條先生の絵も本当に素晴らしい。昔の絵とは異なるカッコよさがありますね。
サトシ 僕も新しいマンガ作品を読んでみたいと思う反面、連載が始まったら始まったで、そちらに先生が集中することになってしまい、お会いできる機会が減ってしまうんじゃないかという怖さもありますね。だからこれからも定期的に、原画展などは企画していただきたいです。
ヒロ それは同感です。私も2人が言うように、年に1回でもいいので、ファンが気軽に会いに行ける場を作り続けてほしいと思います。先生も我々ファンも、これから年齢がさらに上になっていくにつれ、だんだん体力的にキツくなってくるかもしれませんが、だからこそ続けてほしいとも思います。いずれにせよ、画業40周年、おめでとうございます。
上條淳士にも話を聞いてみた
──上條先生は、あまりご自身の作品のグッズや掲載誌などは保管しておかないと聞きました。
上條淳士 はい。今回の「LIVE」展は、いつも個展をやってるギャラリーではなく美術館で開催する性質上、自分史的な要素も多く必要だったんですよ。原画以外のね。ただ、困ったのは私は自分の過去の作品の掲載誌はもちろん、写真込みのインタビュー記事、作品の販促グッズというものをまったく取り置いてなかったということです。1つもです。興味がなかったというか(笑)。 どうしようかと思いましたが幸い、個展に通ってくれるコアなお客様のなかにコレクター気質の方が何人かいらっしゃったので、その何人かにお声がけしたらご協力を快諾してくれました。中には、すでにサインを入れてしまったグッズもあったのですが、すべてのグッズを2つずつコレクションしてるという強者がいたので(笑)、助かりました。
──サトシさんたちもおっしゃっていましたが、近年は上條先生が定期的に開催している個展やグループ展などが、マンガ家とファンが交流できる新しい場を生み出しているようですね。
上條 始まりは、ちょうど50歳ぐらいかな。誘われるままに関わるようになった江口寿史さん主催のTシャツ展(「30人のクリエイターによるTシャツ展[30T]」)なんですけど、正直、最初は戸惑いもありました。自分たちで搬入して、自分たちで物販して会計まで──これってマンガ家の仕事なのかな?って。でも結果はやってよかったし、江口さんの先見性と行動力はすごいなと今でも感心しています。今ではマンガ家がギャラリーを借りて個展やグループ展をやることは珍しくありませんが、最初は江口さんを中心に僕らが手探りで始めたものだという自負があります。それまでの「マンガ家の展覧会」というものは本人不在、デパートの催事場で複製原画を販売するというものが多かったのではないでしょうか。それだとファンの声を直接は聞けませんから。
──上條先生は、50歳になるまではサイン会を一度行ったくらいで、それまでは読者と接する機会がほとんどなかったそうですが。
上條 当時は、マンガを描いて、それが本になって、買ってくれる人がいるという以上のことを考えてなかったんです。だけど、ヤングサンデー版の「SEX」全7巻が発売されるときに、初めて渋谷でサイン会をしたらすごい行列になって。そのときに初めてファンの皆さんと直に接して、その意味と意義に衝撃を受けました。私の描いたマンガが生き甲斐だったり、何かの糧になっていたりするという話を直接聞けたのは、とても大きいことでした。
──上條先生自身も、ファンとの交流から得るものがあったと。
上條 自分がそういったことをまったく経験してこなかった50歳までの時間と、この10年間というのは大きく違います。ファンの皆さんとの交流もそうだし、こうやって美術館の方と一緒にお仕事をできるとは思っていなかったので、こういったさまざまな経験が、これからの自分の作品のモチベーションになっていくと信じています。でもね、ほとんどの出版社は最初のうちは無視してるか静観してたんですよ。最近ですよ。人と人をつなぐだけでなく、新しい形のビジネスにもなっているということに気づき始めたのは(笑)。大手の資本で大きい会場も抑えられますからね。
──マンガを雑誌に連載して、それを単行本にして売る、というだけの単純なビジネスモデルはすでに終わっているように思います。
上條 かもしれませんね。私たちは実験的にやり始めたわけだけど、今の若いマンガ家やイラストレーターは、従来の雑誌や単行本というフォーマットに縛られない活動を視野に入れてマンガを描いているかもしれませんね。この先、デジタルで作画してる人たちは、(アナログで絵を描いている)私たちが想像もつかないような展示を始めることでしょう。いずれにしても、今後は、マンガ家やイラストレーターがファンの人たちと一緒に1つの“空間”を作っていくというビジネスモデルがより発展していくだろうと思います。弥生美術館での展覧会はもうしばらく続きます。できるだけ私も会場にいるようにしていますので、気軽に声をかけていただけたらうれしいです。一緒に楽しい“場”を作っていきましょう。
「画業40周年記念 上條淳士展 LIVE」
期間:2024年9月28日(土)~2025年1月26日(日)
時間:10:00~17:00(最終入館は16:30まで)
休館日:月曜日(ただし10月14日、11月4日、1月13日は開館。10月15日、11月5日、12月28日~1月3日、1月14日は休館)
料金:一般1000円、大・高生 900円、中・小生500円
上條淳士(カミジョウアツシ)
1963年、東京都生まれ。1983年に「モッブ★ハンター」(少年サンデー増刊号)でデビュー。代表作に「To-y」、「SEX」、「赤×黒」、「8 -エイト-」など。アーティストや雑誌などのイラストレーションの仕事も多数手がけ、近年はギャラリーでの展示活動も精力的に行っている。