アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第16回に登場してもらったのは、スタジオコロリドの代表取締役・金苗将宏氏。創設者の宇田英男氏から引き継ぎ、現在代表取締役を務める金苗氏に、スタジオコロリドの歴史から、「ペンギン・ハイウェイ」と「薄明の翼」で迎えた転機、そしてスタジオが掲げる未来図まで語ってもらった。
取材・文 / はるのおと 撮影 / 武田真和
大学生の自主制作アニメをきっかけに生まれたスタジオ
現在、ツインエンジングループの傘下にあるスタジオコロリドは、大手電機メーカーからアニメ業界に飛び込むという異色の経歴を持つ宇田英男氏によって2011年に設立された。その背景には、とある大学生が作った自主制作アニメがあった。
「石田祐康さんが京都精華大学在籍時に作った『フミコの告白』という自主制作アニメがあって、それがアニメ業界では大きな話題になったんですよ。『大学生なのに素晴らしい技術とエンタメ性がある』って。宇田さんはその石田さんと作品を制作したい思いからコロリドを立ち上げたと聞いています。
当初はアニメCMの仕事を中心に活動していました。そのかたわら石田さんが監督を務める20分弱の短編映画『陽なたのアオシグレ』を作って。当時は内製率100%の思想で制作し、配給も自分たちでやって2013年に公開されました。かつ、その時点では、まだアニメ業界では浸透していなかったデジタル作画のフローを作品制作に導入するという先進性も持ち合わせていました」
その頃、金苗氏はタツノコプロで制作としてさまざまな作品に関わっていた。設立当時からスタジコロリドの存在は知っていたが、紆余曲折を経て想像もしていなかったという同社への入社に至る。
「同時期にフジテレビから独立しツインエンジンを立ち上げた山本幸治が、石田祐康をはじめとする才能のある若手がコロリドに在籍していることに注目し『長編映画を制作していくスタジオに成長させる』という構想を持ってコロリドに合流していくことになります。
『台風のノルダ』の制作時に、コロリドで制作進行の人材が必要になったんです。それまでは内製率高く制作していたので、外部とのやり取りは必要なくて、通常なら制作進行が受け持つカット管理の業務を一部のクリエイターさんが兼ねてやっていました。しかし長編に向けて生産力を上げていく過程の中、内製だけで制作していくことに限界がきました。だから長編にチャレンジする準備段階にあった『台風のノルダ』では、アウトソースを円滑に行うのに必要な制作進行を入れようということになったんです。その流れで自分に声がかかり、僕も前から映画を作りたかったので、コロリドに関わるようになりました。それが2015年のことです。そして同じようにいろんなスタジオから制作進行が集まり、初の長編『ペンギン・ハイウェイ』につながっていきます」
長編映画の制作にあたっての体制作りに追われ
「ペンギン・ハイウェイ」を契機に、長編映画も作るようになったスタジオコロリド。その変遷の最中に、金苗氏は代表取締役となる。しかしその頃は現場のテコ入れに必死で明確な展望はなかったようで……。
「あの頃は業界のさまざまなスタジオから制作現場に人が集まってきていて、それぞれスタッフの経験値も違うしデジタル作画の文化も浸透しておらず混乱もあって、すぐには一枚岩になれませんでした。作画生産力についても『ペンギン・ハイウェイ』の作画工程は1500カットくらいあるうち500カットは山本さんの計らいでWIT STUDIOさんに助けてもらって、500カットは個人外注へ出して、残りの500カットを社内で作るという感じでした。当然今までと比べて外注率が高い制作体制になるのですが、石田監督は作りたい映像ビジョンがしっかりとあるタイプだから、近い距離にいるクリエイターと意思疎通しながら作品制作をやっていくためにも内製率をもっと上げていく必要がありました。
続けて『ペンギン・ハイウェイ』とほぼ同時期に企画が進行していた長編第2作目にあたる『泣きたい私は猫をかぶる』はスケジュールの壁にぶつかりました。長編を作るスタジオとしてとにかく人手が足りない。だから代表取締役になったタイミングでは大きなビジョンなどを掲げる前に、まずは制作スタジオとして長編をしっかりと安定して作れるよう現場を整えることに注力しました」
安定した制作体制を作るため、スタジオコロリドは地道に新卒の採用を続ける。金苗氏の入社時は社員数が20~30人だったが、以降は積極的に新卒採用を行って育て、背景美術の部署の立ち上げや、外部からの人材を増やしたりして今では100人前後いるという。結果として近年制作した「雨を告げる漂流団地」「好きでも嫌いなあまのじゃく」の作画内製率は掲げていた1000カットを超え、目指している制作体制を構築することができた。
「ペンギン・ハイウェイ」と「薄明の翼」で迎えた転機
2018年に公開された、森見登美彦の小説を原作とする映画「ペンギン・ハイウェイ」。金苗氏は自身が制作プロデューサーとして参加し、会社にとって初の長編となった本作をスタジオコロリドのターニングポイントになった作品として挙げる。
「それまで短編20分尺のアニメを作っていたスタジオがいきなり5倍の長編100分尺を作るにあたって、僕も『コロリドで長編を作るのは難しいんじゃないか』といろんな人から言われたし、実際社内からも『無謀過ぎる』という意見は少なからずあったと思います(笑)。特に当時は、ポテンシャルは高かったものの監督も社内スタッフも20代が中心でしたし。でも石田監督を筆頭に社内スタッフはもちろん、各社のご協力もあり、当初の計画から大きくずれることもなく完成させることができました。さらに素晴らしい映像美で、原作者の森見先生にもすごく喜んでもらえたし、この作品でコロリドの名前を知ってくれた人も多いんじゃないでしょうか。今でもコロリド代表作の1つです。
その後山本さんのスタジオ戦略もあり、『泣きたい私は猫をかぶる』や『雨を告げる漂流団地』などオリジナル企画による長編作品で挑戦する機会をもらえました。それも『ペンギン・ハイウェイ』のような作品を作れるスタジオという評価がベースにあってのことだと感じています。今でも一緒に作品を作っているスタッフとの出会いや思い出もたくさんあるし、やはり長編処女作である『ペンギン・ハイウェイ』がターニングポイントだったと思います」
そしてもう1つ、金苗氏がターニングポイントとして挙げた作品がある。ゲーム「ポケットモンスター ソード・シールド」を原作に、2020年にYouTubeで公開された全7話のWebアニメシリーズ「薄明の翼」だ。
「世界的に知名度のあるコンテンツだし、うまく宣伝してくださった効果もあってコロリドのTwitter(現X)アカウントのフォロワー数が3倍近く増えました。もちろんフォロワー数=認知度というわけではないですが、コロリドという名前が認知されたわかりやすいタイミングだったと思います。
それまで原作もの……特にマンガやゲームなどキャラクターや世界観が認知されている原作もののアニメ化を手がけてこなかったので、『薄明の翼』や久保帯人先生の『BURN THE WITCH』をアニメ映像化して世に出したときの反響の大きさで、IPの強さに驚かされました。もちろん『薄明の翼』は山下清悟監督がもともと『ポケモン』ゲームファンなので、ファンが喜びそうな仕かけを盛り込みながら非常にうまく作ってくれたし、川野達朗監督も久保先生と密接にコミュニケーションをとりながら制作してくれたので両監督の実力によるところも大きいのですが。それまでオリジナルを中心に作っていたけど、今後は原作ものもやっていこうと決めた転機となりました」
多様な作品ながらにじみ出る“コロリドらしさ”
長編映画をメインとするスタジオコロリドだが、「薄明の翼」のようなWebアニメやCMを現在に至るまで作り続けている。同社にとってそれらの仕事はどんな存在なのだろうか。
「うちは映像作家気質のあるクリエイターさんが多くて、みんなチャレンジしたがっているんです。ただいきなり長編映画で監督とかキャラクターデザインのデビューというのはさすがにハードルが高い。だからCMや短尺のアニメの仕事ではそうした、才能はあるけどまだディレクション側の仕事ができていない人にチャレンジしてもらうことが多いです。それに映像表現も短尺のほうが挑戦しやすいので、そこで得られた手応えを長編にフィードバックさせられるというメリットもあります
例えば新井陽次郎さんは長編のキャラクターデザインでも活躍してくれましたけど、瑞々しい映像表現のレベルが高く、『パズル&ドラゴンズ』のCMも評価いただきました。ほかにも山下清悟さんもそうですし、デザインや作画監督で活躍されている加藤ふみさん、刈谷仁美さん、美術監督の稲葉邦彦さんや宍戸太一さんなど一線級の方々と一緒にお仕事するきっかけになったのも短尺のアニメからが多いです。ありがたいことに評価していただけているのと新しい才能の気付きや出会いもあるので、本当はCMの仕事も積極的にやりたいんですけど、どうしても長編の作業の隙間でやらざるを得ないので、オファーをすべて請けるのは難しい。でもタイミングよくお請けできるときは、そういう新しい才能の挑戦も兼ねて制作させてもらっています」
尺、ジャンル、媒体。種々様々な作品を作っているスタジオコロリドだが、アニメファンならそれらにどこか似た雰囲気を感じているのではないだろうか。
「“コロリドらしさ”はめちゃくちゃ意識しています。主に映像トンマナの話で物語性やキャラクター性とはまた違うんですけど、例えば色味なんかは制作内でその“らしさ”をちゃんと言語化しています。そうしたコロリドらしさを生み出すための要素を資料化してスタッフと共有しているので、どの作品からもなんとなく“らしさ”を感じられる映像に仕上がっているのではないかと。
あとコロリドは映像や画に対して意識が高いスタッフが多いので、作品ごとにメインスタッフは異なるものの同じ資料を参考にしたりして意図せず映像のビジョンが似てくるところもあります。それで作品に幅はありながらも、結果的に共通している部分が生まれているのかもしれません」
より“色彩豊か”なオリジナル作品を生み出していきたい
連綿と受け継がれてきたスタジオコロリドらしさが凝縮されたのが、2024年5月24日に劇場やNetflixで公開された「好きでも嫌いなあまのじゃく」だ。
「今回、コロリドの得意とする王道のボーイミーツガール作品に、ファンタジー要素を加えた真骨頂とも言える作品に正面から取り組みました。監督は『泣きたい私は猫をかぶる』で佐藤順一さんと共同監督を務めた柴山智隆さんにお願いしました。柴山さんは作品内のファンタジー的な世界観の構築に長けており、その才能を活かして見応えのあるシーンを多数創出することができました。本作は幅広い層に親しみやすい作品でありながら、童話的な雰囲気の中でテーマをしっかりと表現できていると感じています。
今は『薄明の翼』の山下監督や『BURN THE WITCH』の川野監督のオリジナル企画の2本を制作中で、今までのコロリドの文脈からすると多少変化球と捉えられる側面もあるかもですが、どちらも新たな価値観で作っている作品です。これらが発表されたら、スタジオコロリドの作品の幅もより豊かに広がるんじゃないでしょうか。大げさではなく、この2つの新作でうちにとって新しい扉が開くと本気で思っています」
新たな扉が開かれるというスタジオコロリド。同社の現状と今後について改めて聞くと、金苗氏の言葉からは「今後もオリジナル作品を作るスタジオでありたい」という言葉に続いて「うちはまだまだ1年生」という意外な言葉が飛び出た。
「スタジオとして10年以上経験を積んで、制作進行もクリエイターも個々人のスキルアップはもちろん、各セクションに有能でプロフェッショナルなスタッフが多く、生産力も年々着実に向上しているのは実感としてあります。ただオリジナル企画で勝負することを大方針として掲げているスタジオとしての経験値は、まだまだ全然1年生というか。0から1を生み出すという作業はとてつもなく難易度が高く、特異な創造性を要するため毎回完成に至るまでさまざまな壁にぶつかっています(笑)。毎度課題が生まれて、そういう意味で制作スタジオとして知見や知識がまだ体系化されていないのも事実です。それに歴史に残るような大ヒット作の実績をもつ監督やスタジオがあって、経験豊富なレジェンドクラスの方々と同じ土俵で勝負するわけですから、越えるべきハードルは山ほどあります。それを乗り越えて、より多くのお客さんに喜んでいただき後世に残るような作品を、毎回確信を持って世に送り出せるようになりたいですね。
そのために、築き上げたコロリドのトーンやマナーを継承しつつ、新たな表現への挑戦をしたいという段階に入っています。自分の癖として極端な偏りを避けたいという思いがあって、どこかでバランスをとりたくなる。多様なクリエイティブの価値観があっていいし、先人たちに敬意を払いつつ、ときに創造的破壊というか固定観念や慣例にとらわれすぎずに、いろんな方々と組んで作品制作してみたいという欲求があります。社内でともに成長してきたスタッフが監督を務める未来も想像していますし、同時にこれから出会う新たな才能とともにコロリドでチャレンジしたい方がいたら一緒に仕事していきたいです。
そもそも『コロリド』というのはポルトガル語で“色彩豊か”という意味で。当初は映像に対する思いを込めて付けられた社名だと思いますけど、今はいろんな価値観のクリエイターや制作人がコロリドに集まって、チャレンジできる場所でありたいと思っています。会社として安定した経営を行うためビジネスとしても成功させたいというのは前提としてありますけど。そしてディズニーやピクサーではないですが、『スタジコロリドの作品だったら観たい』と言ってくれるようなスタジオのファンを増やしたいです」
金苗将宏(カンナエマサヒロ)
1982年1月28日生まれ、東京都出身。スタジオコロリド代表取締役。2003年にアニメーション業界に入り、タツノコプロでの制作経験を経て2015年スタジオコロリドに入社。「台風のノルダ」「ペンギン・ハイウェイ」「雨を告げる漂流団地」「泣きたい私は猫をかぶる」「好きでも嫌いなあまのじゃく」などを手がける。