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マンガ編集者の原点 Vol.10 小学館・萩原綾乃

マンガ家が作品を発表するのに、経験豊富なマンガ編集者の存在は重要だ。しかし誰にでも“初めて”がある。ヒット作を輩出してきた優秀な編集者も、成功だけではない経験を経ているはず。名作を生み出す売れっ子編集者が、最初にどんな連載作品を手がけたのか──いわば「担当デビュー作」について当時を振り返りながら語ってもらい、マンガ家と編集者の関係や、編集者が作品に及ぼす影響などに迫る連載シリーズ。2022年に反響を呼んだ同連載が、2年ぶりに帰ってきた。

今回登場してもらったのは、小学館ちゃお編集長の萩原綾乃氏。1994年の入社以降、ハイティーンからローティーンまで、少女マンガの編集一筋だ。担当作家は、篠原千絵と北川みゆきにはじまり、宮坂香帆、杉山美和子、小畑友紀、くまがい杏子、水瀬藍、白石ユキ……。萩原氏が担当してきた作家と作品は、日本の少女マンガの歴史そのものである。まだ何者でもない少女たちから作家の卵を見出し、励まし、並走し、数多くの伝説的作品を二人三脚で生み出してきた萩原氏のパワフルな編集史に迫る。

取材・文 / 的場容子

“ドジっ子編集長”の原点は「ときめきトゥナイト」と「キャプテン翼」

本人曰く、「今でいう陰キャだった」。私の目の前にいる、ニコニコしてパワフルで、覇気と才気がほとばしっている萩原氏からは想像できない言葉だ。お話が大好きで、本はもちろん、ドラマや落語も楽しむ子供だった。

「放課後運動をしないでうちに帰ってマンガを読むことが多かったですね。おそらく小学館の全編集部の中で一番のドジっ子編集長だと思うんですけど(笑)、当時から忘れ物が多かったり、ちょっとぼーっとしている子でした」

姉がおり、ちゃお、りぼん(集英社)、なかよし(講談社)、ひとみ(秋田書店)の4誌を読んでいたという。

「姉の影響で、かなり早い頃からマンガを読んでいました。姉妹で月に2冊ずつマンガ誌を買ってもらえていたんです。当時はちゃおとひとみがどマイナーでしたね(笑)」

そんな萩原氏のマンガライフで、最初にハマったのは池野恋「ときめきトゥナイト」だった。

「もう、大好きで! 私は、マンガの中にイケメンを出すことにおいては命をかけてるのですが、男子像については今も真壁くんの影響が強いですね。もう、カッコよくて……ちょっと斜に構えていたり、ボクシングをしているヒーローなんて初めてで、なんて面白い作品なんだろう!って夢中になりました」

「ときめきトゥナイト」は、りぼんで1982年から1994年に連載された作品で、りぼん黄金期を牽引したロマンティックファンタジーだ。小学生時代の筆者も姉妹でハマっていた。吸血鬼の父と狼女の母を持ち、噛みついたものに変身する能力を持つ中学生・江藤蘭世(らんぜ)が、隣の席の真壁俊と出会い、結婚するまでを描いたのが第1部(その後、第3部まで展開)。つれないのに優しい真壁くんに蘭世が寄せる一途で不器用な思いに、りぼんっ子は共感し、みんな真壁くんに恋していた。

「真壁くんは、実は『魔界の王子様だった』という衝撃の展開でしたが、『マンガってこのくらいやっていいんだ!』という思いも、今のちゃおに生きています」

少女マンガばかり読んでいた萩原氏が次にハマった作品が、運命を変えることになる。

「中学生になって『キャプテン翼』がものすごく流行り、いきなりサッカー部が60人くらいになっちゃう時代があったんです(笑)。読んだらものすごく面白くて。少女マンガと違う文法でキャラクターの魅力がいっぱいの作品。あらゆるタイプのキャラクターが出てきて、大好きになりました」

「キャプテン翼」は1981年から週刊少年ジャンプ(集英社)で連載された作品で、当時まだ日本ではマイナースポーツであったサッカーは、同作が1983年にアニメ化されるや否や大人気になり、日本にサッカーブームを巻き起こした。「ボールは友達」が信条のサッカー少年・大空翼がサッカー選手として仲間と成長していく過程をダイナミックに描いたこの作品で、萩原は「編集者」という存在と出会うことになる。

「『キャプテン翼』って、4話目を一度描いた後に高橋(陽一)先生が全部描き換えてるんですよ。もともとの4話目って、岬くんも松山くんも日向くんも全部いっぺんに出てくる。ところが先生が、それを自分で面白くないと思い、担当編集と打ち合わせをして『変えたほうが面白い』と確信し、全部描き換えた。

当時から有名なエピソードだったのですが、それを知ったときに、『編集者と作家さんってこうやって作品を作っていくんだ!』って感銘を受けたんです。マンガがものすごく面白くなるときに働く力があるとして、その隅っこのほうにでも自分が存在していられるような仕事ができたらと思った。そのとき初めてマンガの編集をやりたいと思いました」

現在単行本に収録されている第4話では、のちに翼の親友となる岬太郎は登場するが、ライバルとなる松山光や日向小次郎が登場するのはもっと後のことだ。高橋はのちに、最初に描いた第4話では迫力が足りないと感じて、締切まで数日あったので、思い切って描き換えることにしたと語っている。当時の担当編集はのちに集英社の常務取締役となり、現在は集英社クリエイティブ顧問を務める鈴木晴彦氏。高橋は初連載作、鈴木氏は新人編集者時代の話であり、ジャンプ作品を地で行くような作家と編集者の熱いエピソードだ。

そんな萩原氏の運命を変えた「キャプ翼」で、一番好きだったキャラは日向小次郎。翼のライバルで、執念の俺様キャラ。真壁くんから続く「ちょいS系」好きな気質が今も連綿と続いているという。

新人編集者として、篠原千絵と北川みゆきに教えてもらったこと

時は流れて1994年。「マンガ編集者になりたい」という夢を見事に叶え、萩原氏は小学館に入社。少女コミック(現在のSho-Comi)編集部に配属され、最初に担当した作品が篠原千絵「天は赤い河のほとり」だった(!)。少女マンガのド名作。いきなり、こんな大作を新人が担当したことに驚きだ。

「まだ連載が始まったばかりのときに副編集長から引き継ぎ、エンタメのなんたるかを、この作品で篠原先生に教わりました。『天は赤い河のほとり』って、“平凡な女子高生がヒッタイト帝国の王妃になる”話なんですが、最終話は先生の中で決まっていて、人気のあるなしでそこまでの過程が伸び縮みしていく。そうした作りの中、どのエピソードで最後まで組んでいくかという構成の仕方や、物語の作り方を学ばせていただきました」

「天は赤い河のほとり」は、1995年から2002年まで少女コミックで連載された作品で、単行本全28巻、累計発行部数は2000万部を突破している大ヒット作である。中学3年生の夕梨(ユーリ)が、紀元前14世紀のヒッタイト王国(現在のトルコ)の首都・ハットゥサにタイムスリップするところから始まる物語。ユーリは、時の第三皇子・カイルと出会って惹かれ合うも、皇妃が仕組む皇位継承争いに巻き込まれて何度も命を狙われ、そのたびカイルとの絆を強くする……と、歴史ロマンとサスペンス、そして恋愛のドキドキがこれでもかと詰まった作品だ。長編の多い篠原の作品の中でも、一番の長期連載となったマンガで、筆者を含めた全国の少女たちの胸を大いにときめかせ、熱狂させた。

当時、篠原から聞いた教えが今も息づいているのだという。まるで昨日聞いたばかりのように、篠原流「サスペンスの極意」をいきいきと語ってくれた。

「篠原千絵先生って“引き”の演出がものすごくうまい作家さんなのですが、忘れられない言葉があります。『女の子が断頭台に上がっただけでは引きにならない。ギロチンが落ちて首が転がれば、それが初めて引きになる。そこまでやって、どう覆すかが引きになるんだ』」

サスペンスの名手である篠原らしい言葉だ。ヒロインが断頭台に上がり、次の瞬間、鈍い音とともに首が落ちた!――次号、ハラハラしながら続きを読んでみると、実は落ちたのはヒロインの首ではなく、別の人間の首だった……といった演出が思い浮かぶ。

「断頭台に上がっただけでは、読者は『ヒロインだし、どうせ助かるだろう』と思ってしまう。もう一歩先まで踏み込んで描いて、初めて引きになるんだよ、ということです。これぞ、エンタテインメント!ですよね。のちにドラマ『24』なんかを見たときにも、『あ! これ篠原千絵先生が使ってた手法だ!』とか思ったりして、改めてすごいなと思いました。そうした教えから、今でも“引きの一歩先”まで描くようにマンガ家さんと打ち合わせをしています」

極上のサスペンス演出を篠原千絵から叩き込まれた。さらに、当時同時に担当していたのが北川みゆきだ。

「『亜未!ノンストップ』を終えて、『東京ジュリエット』の連載中でした。北川みゆき先生って、なんといっても物量がすごいんです。月100ページはザラで、2誌で月100枚分の打ち合せをさせてもらっていて……すごかったです」

衝撃的な枚数である。また、恐ろしいのは現在とは違い、作画はアナログ一択の時代。デジタル環境より何倍も手間がかかっていたはずだ。魔術的ともいえるこの枚数を、いったいどのような環境と想像力でこなしていたのだろうか。

1984年デビューの北川は、現在まで続くSho-Comiの、「ちょっとエッチな恋愛マンガ」のカラーを作った元祖と言える。……いや、厳密に言えば「けっこうエッチな恋愛マンガ」かも。萩原氏が先に挙げた2作のほかに「罪に濡れたふたり」「せいせいするほど、愛してる」などの代表作があり、おそらく多くの少女たちが、親のいないところでコッソリと北川作品を楽しみながら大人になっていった。

「1996年にCheese!が創刊されて、北川みゆき先生とはそちらでも少し上の年代に向けた作品を一緒に準備させてもらい、非常に楽しかったです。篠原千絵先生と北川みゆき先生、新入社員のときにおふたりが鍛えてくださったから、今の私があると思っています」

“新人”宮坂香帆と奮闘

アブラの乗った人気作家2人を担当する一方で、萩原氏がSho-Comiで初めて担当した新人は、宮坂香帆だった。「『彼』first love」「僕達は知ってしまった」などの代表作があるヒットメーカーにも、新人時代があったのだ。

「私と同年代の宮坂香帆先生は、当時まったくの新人で、初連載から一緒にやらせていただきました。もともとは副編集長が見ていたんですが、自分で担当したくて希望して変えてもらえました。『love love』『悪党 Scandalous Honey』という2作の短期連載をやってみて、非常にアンケートがよかったんです。その後宮坂さんがスターダムに乗り、巻頭作家になって長期連載をするようになっていくときに、いろいろとお手伝いさせていただきました。何時間も打ち合せしてくださいましたね。

ものすごく熱い先生で、とにかくネームが上手で女の子の絵がかわいくて。さらに、読者を熱中させるような男の子を描ける作家さんなんです。そして今見ると、男子がS系の“ちょいワル”で、やはりここでも私の真壁くん趣味を彷彿とさせます(笑)。それにしても、サスペンスにおけるエピソードでの引きを篠原千絵先生と作って、恋愛におけるドキドキの引きを北川先生と作って、その一方で、若くてぴちぴちの才能の宮坂香帆先生と作って……と、新入社員のときからものすごく恵まれていましたね」

Sho-Comi時代から、数え切れないほどの新人作家や持ち込みを見ている萩原氏が大事にしているポイント。それは「伸びしろを感じさせたり、育てたい欲を掻き立てられるかどうか」。驚いたことに、その時点でマンガがうまいかどうかはあまり関係ないのだという。

「みんな、最初は絶対にヘタなんですよ(笑)。だけど、何か光るところがある。パンチラのコマがいいとか、デフォルメがいいとか、ここで猫のキャラクター描いてくるんだ!?とか。新人の頃は、何か1つでも笑っちゃったところや、ドキっとするものがあった作品は、担当希望をつけるようにしていました。逆に、話がうますぎたりすると『私が担当じゃなくてもいいよね』って思っていたかもしれない。一緒に作品を作れたら楽しいかも、と思うかどうかも大事にしていました。

最初にちゃおに異動したのが25歳のときだったんですが、新人さんもたくさん見たいと思っていた時期で、もりちかこ先生、中原杏先生、八神千歳先生の三人娘も、全部投稿作を見て担当させてもらいました。残業が100時間を超えて、会社にめっちゃ怒られていた時代でもあります(笑)」

包容力に満ちたチャーミングな萩原氏だが、自らを「ドジっ子」だとする「失敗」の思い出についても教えてくれた。

「編集者って、自分で表紙や扉にテキストを入れたりしてページを作っていくんですが、私、いろんなことをすぐ忘れちゃうんですよね。一番ひどかったのは、にしむらともこ先生の作品で、扉にタイトルロゴを入れ忘れたままゲラが印刷されちゃって。ちょうど、先生と打ち合わせをかねておいしいものをごちそうしようとお会いしていたときに、ご本人が気づいてくださって……。まだ間に合うということで、にしむら先生にはお弁当をお渡しして、印刷所に走りました(笑)。本当に、新人の頃は詰めが甘くてうっかりを多発していました」

そんな萩原氏だが、メディアミックスについても苦い経験があるという。

「あらいきよこ先生の『Dr.リンにきいてみて!』(1999~2003年、ちゃおで連載)が始まるときに、絶対アニメ化しようと思って、連載前からあらいきよこ先生と相談していろいろ決めていたんです。で、結局1巻が出た段階でアニメ化はできたんですが、早すぎて、売るものがなくて先生にお金があまり入らないという事態に……。当時は、アニメは原作をしっかりためて、10巻くらいになってからやると“おいしい”ということは知らず、勢い込んでタカラトミーさんに売り込んでしまったんですよ。若さゆえの大失敗でしたね」

少女マンガ家たちの天才が輝く 「あやかし緋扇」「花にけだもの」

ここで、少しだけ時間を巻き戻しながら、萩原氏のキャリアをまとめてみよう。Sho-Comiで新人編集者として経験を積んだ萩原氏は、3年でちゃおに異動。以後、ベツコミ、Cheese!と、小学館の女児・ティーン向けマンガ誌を練り歩き、編集者としてレベルアップを重ねていく。2012年にはSho-Comiに戻り、編集長に就任。その後、ベツコミ編集長を経てちゃお編集長に。そんな自らの編集者としての歴史は、そのまま「天才マンガ家と出会ってきた歴史」だという。

「ちゃおではあらいきよこ先生、今井康絵先生、もりちかこ先生、中原杏先生、八神千歳先生。Sho-Comiではくまがい杏子先生、水瀬藍先生、白石ユキ先生、杉山美和子先生という4人がいてくださった。ベツコミのときは小畑友紀先生、相原実貴先生、最富キョウスケ先生、宇佐美真紀先生がいらっしゃって……本当に天才の先生たちを担当させてもらいました。そんな方々に、『頭の中でこんなこと考えていたの!?』と驚くようなことを、作品を通じて教えてもらうことができて、本当によかったと思います」

中でも、忘れられないのがくまがいとのやりとりだ。それまで、リアルラブやスポーツものを描いていたくまがいが、初めてファンタジーに挑戦することになった作品「あやかし緋扇」は、霊が見える体質の少女・未来(みく)と、神社の跡取り息子・陵(りょう)をめぐるダークなラブファンタジー。萩原氏は1巻の途中から担当することになった。

「作品の世界で起きていることについて、何を聞いてもスラスラと答えてくれるくまがいさんに『取材もなしでどうしてこんな世界が作れるの?』って聞いたら、『世界は広いけど、私の頭の中が一番広い』っておっしゃったんです。その言葉を聞いたとき、この作品は売れるなと思いました。1、2巻同時発売にしたんですが、発売1週間で緊急重版。すごい作品を作っているところに立ち会わせていただいたなと思います。改めて、自分の中で世界を作りあげることができる才能のすごさを思い知りました」

「私の頭の中が一番広い」──強靭な想像力を持つ者だけが、そして自分の世界を作品という形で開花させる努力をした者だけが紡ぐことができる、痺れる言葉だ。大人気作「花にけだもの」の連載を始める直前の、杉山美和子の逸話も光っている。

「Sho-Comiで副編集長をしているときに、杉山美和子先生がChuChu(2000~2009年)の休刊で小学館の他誌に移籍する、というタイミングがありました。杉山先生は人気なので、ちゃおもCheese!も当時の編集長がみんな次回作の打診に来ていた。でも月刊誌のChuChuで月31枚描いていた先生に、隔週誌のSho-Comiでは月60枚描いてもらうことになる。それは難しいだろうし、望み薄なのでは?という思いもあったのですが、雑誌のカラーに合うし、ぜひ描いていただきたいので、当時の編集長と会いにいったんです。

そうしたら、杉山美和子先生はおもむろに『私、100万部作家になれますか?』とおっしゃいました。『確実になれます。次の長期作品で、全身全霊込めて描いてくれたら100万部を突破します』と、思っていることを素直にお答えしたら、Sho-Comiに移籍してくださったんです。そして実際に『花にけだもの』という作品は、200万部を突破した。そうした、先生方のすごいところを見せてもらったのが、中堅以降のキャリアの中でものすごく楽しかったです」

映画ならば山場として必ず採用したいエピソードだ。有言実行、くまがいも杉山も萩原氏も、少女マンガを盛り立ててきた女たちの決断と行動は、なんてカッコいいんだろう。

「杉山美和子先生は絶対に諦めない人で、ネームにOKと言っても、『もっと面白くなる』と、さらにすごいネームを描いてくる。ここまで作品にこだわるんだと、日々見ていてありがたかったです。連載終了から10年以上経った今でも『花にけだもの』の千隼(ちはや)がナンバーワンだと言ってくださるアラフォーの読者もいて、うれしいですね。『しめしめ、一生好きでいて』って思っています(笑)」

ちゃお編集長として……ヒロイン像の変遷

綺羅星のような少女マンガ家たちとの、めくるめく大冒険。萩原氏の編集人生もマンガのようだ。Sho-Comi編集長を約4年、ベツコミ編集長を約6年務め上げ、2022年からちゃおに戻り編集長となった。同誌で近年印象的な作品を聞くと、七野ナナの「アクマでこれは恋じゃない!」について語ってくれた。

「七野ナナ先生にとってデビュー4作目の作品です。企画会議では『そろそろチャレンジングな作品をやりたい』という感じだったのですが、第1回を掲載したら、全3回連載なのにアンケートで堂々の2位となり、長期連載になりました。20代前半とお若い先生ですが、先生のような若い才能がどんどん出てきているので、自分が編集長になってからはそうした才能をバンバン世に出していけたらいいなと思っています」

その一方で、来年でデビュー20周年である、まいた菜穂の活躍にも目を見張るものがあるという。

「ベテランの枠に入るまいた菜穂先生が、『12歳。』や『大人はわかってくれない。』などのリアルラブを経て、サクセスものである『シャイニング!』で行く、というサプライズ! 小学4年生が主人公の話ですが、『ガラスの仮面』ばりにしっかりした俳優の話なんです。こうした2作を経験して、“編集長って面白いな!”と思いました。新人の作家さんがこんな作品を書くんだ!という一方で、ベテランの方たちが才能を輝かせているのを、ちゃお編集長になった1年目で経験できるなんて」

現在、ちゃおの誌面を彩るそのほかの連載作品も見てみよう。6月号の表紙となった如月ゆきの「キング様のいちばん星」をはじめ、八神千歳「溺愛ロワイヤル」、森田ゆき「こいしか!~恋はしかく?~」、大木真白「幼なじみと恋する方法」、きたむらゆうか「メイクのお姫様」、寺本実月「今日からパパは神様です。」、かわだ志乃「はろー!マイベイビー」、おのえりこ「こっちむいて!みい子」、環方このみ「ねこ、はじめました」など。ギャグ&ショートでは、東村アキコ「まるさんかくしかく+」、喜瀬りっか「ポケットモンスター~よりみちぼるてっか~ず!!~」、加藤みのり「星のカービィ~ゆるっとプププ~」など、小学生が大好きなキャラクターものも大活躍している。昭和から令和に変わった今でも、ちゃおを読むと、自分の中の小学生女児が騒ぎ出す。

ちゃおと同様にローティーンの読者を想定しているりぼん、なかよしとの差別化についても気になるところだが、3誌の中で「明確に小学生女子をターゲッティングしているのはちゃおだけ」とのこと。

「ちゃおには女子小学生が好きなものと今流行っているものが全部詰まっている。ただのマンガ雑誌ではなく、『ここに興味の源があるよ!』という雑誌を作ろうとしています。1冊買えば、女子小学生の王道として流行ってるものが全部わかる。ポケモンもカービィもあるし、オリジナル連載も恋愛ものも、料理や教育に関する読みものも入っている。そんな雑誌にするべくがんばっていて、小学生についてめちゃくちゃ勉強しています(笑)」

長年マンガを通してティーンが叶えたい女の子の姿を見つめ続けている萩原氏にぜひとも聞いてみたいのが「ヒロイン像の変遷」だ。1977年創刊のちゃおは、実はある時期を境に、表紙イラストのヒロインの口が毎号パカッと開くようになる。背景には、「元気なヒロイン像が基本」というコンセプトがあるというが、ヒロイン像は、時代とともにどう変わってきたのであろうか。

「私が最初にちゃおに入ったのは90年代後半でしたが、この頃は、とにかく読者が主人公に感情移入をする物語を作れ、と言われていました。そうなると、主人公は必ず“普通の女の子”になるんですよね。ところが、今は子供たちの世界や受け取る情報がものすごく広がっていて、必ずしも“主人公像=自分”じゃなくていい。悪魔であろうが宇宙人であろうが、なんでも感情移入できるような土台が小学生にできてきている。これは少年誌にも通用することで、男女問わず、自分の枠にとらわれない主人公像になり、いろんな世界を持つようになってきたと思います」

たしかに、現在ちゃおのヒロインは、昔よりはるかに多様に思える。「悪魔」に「魔王の娘」、「モブまんが家」「美容系インフルエンサー(のイケメン女子)」……ちゃおが創刊された47年前(!)とは比べ物にならないほど情報の多い社会の中で、子供たちが求める多様性も広がっているのだろうか。

「今の小学生はVtuberのコンテンツも楽しめているわけですよね。小さい頃から浴びている情報量がハンパなく多いので、自分と近くなくても、いろんな人の立場を受け入れられるようになっている。だから、必然的にいろんな主人公が出てくるんだと思います。言い換えれば、受容する能力がものすごい高くなっているので、それに応えられるように、いろんな素材を投げてあげないといけないと思っています。だから、ちゃおの今のライバルは、マンガよりもTikTokやYouTubeですね」

いわゆる、可処分時間をいかに自社サービスに使ってもらうか。これは、子供たちをターゲットにしたビジネスでも例外ではないということだ。そうなると、ヒーロー像はどう変わってきたのだろうか? 興味深いことに、こちらは「完璧から等身大」に変化しつつあるという。

「以前は、どちらかというとリアルじゃない男子──運動もできて頭もよくて、みたいな男の子が受けていました。経験豊富な男の子が、主人公に恋を教えてあげる、みたいなパターンとか。もちろん今でも受けているんですが、今は、例えばちょっとしたことに悩んでいる男子だとか、男の子のほうもだんだんと恋に気づいて、一緒に初恋をしていく、みたいなお話もすごく人気があります。

つまり、完璧な男子というより、もっとリアルな男子像。今までは“男の子はこう描けばいいんでしょ”という型があったかもしれないですが、現在は読者の好みも多種多様になって、それが通用しない。だから、最初に先生が“この男の子のコレがかっこいいんだ!”というポイントをしっかり決めないと、キャラクターの人気が上がってこないですね」

小学生もスマホを持つのが当たり前になった時代、超高度化した情報化社会の中で、主人公=女の子像は多様化し、男の子像はリアル化したというのが面白い。

「これまでは、恋愛や男の子について前情報的に知りたくても、調べるのに手段が限られていたり、苦労する時代でした。だけど、今はどんどんインターネットやSNSやらでわかるようになってきた。そんな中で、『私はどういう人が好きなのかな?』という好みを、女の子自身も思考するようになってきた気がします」

“人生で初めて手に取る雑誌”として

現在、ちゃおのメイン読者層は小学3年から6年生。人生で初めて手に取るマンガが、ちゃおである子供がたくさんいるということだ。真っ白いキャンバスの上に、どのようなマンガ体験を刻んでいくか――広く一般向けの雑誌よりさらに、編集には責任が伴う。

「お母さんが安心して買って渡せる雑誌ということで、信頼してもらえるエンタメを心がけています。女子小学生にとって絶対的なエンタメであるためには、しっかりしたリテラシーが必要。それに、お母さんが『ちゃおっ娘だったんです』って言ってくれるとすごくうれしいので、あのときのワクワク感を今でも出せるようにしていますね」

自分が小学生だったときを思い出すと、少女マンガ誌における恋愛のクライマックスでのキスや軽い接触など、“ちょっとエッチな描写”は、お楽しみの1つであった。そして、時を経て親としての視点に立つと、子供にいつからそのようなマンガを与えていいのかは悩むところだ。さらに、自分は小学生でも「絶愛-1989-」(尾崎南)などを読んでいたことも思い出し、うちの親がそのような悩みとはまったく無縁だったことにも同時に気づく。今となってはありがたいことだ。お母さん、私は元気です。

話を戻すと、ちゃおでは小学生にとって行き過ぎた表現にならないよう、原稿後に修正を依頼することもしばしばだという。一般的に、修正はネームの段階で済ませることが多いマンガの世界、これもターゲットの特性ならではだろう。

「どこまで描いてOKか、今の女子小学生のリテラシーについてものすごく研究しています。こんなこと言ったら笑われますが、私、ずっとハイティーンのマンガを作り続けてきたんです。Sho-Comi、ベツコミ、Cheese!あたりの編集部がすごく長かったので、今とのギャップに驚いています。」

現在ちゃおでは、「キス以上はNG」「キスも、軽く触れ合うキスまで」というレギュレーションを敷いているという。

「それでも行きすぎちゃうところがあるので、修正は入ります。ちゃおの作家さんって、原稿が上がってめちゃくちゃ疲れているときでも、こちらからお願いすると快く修正してくださるんです。『お母さんが見たときにマズイというのであれば修正します』と。今、ちゃおでは副編集長が3人いますが、そのうち2人はお母さん。Webのちゃおプラス編集長もお母さんなので、この3人ががっつり親目線で見てくれています」

「どこまでなら描いてOKか」──答えのない問いを、今日も続けている。

ちゃおのすごい付録ができるまで

さて、萩原氏にインタビューするにあたり、どうしても聞きたかったのが「付録」の話だ。アラフォーである筆者が小学生の時代から、ちゃおの付録はすごかった。「豪華10大ふろく!」「豪華12大ふろく!」など、どんどん増えていく付録の点数。90年代の当時は紙ものが多い印象だったが、とにかくたくさんついてきて、最初はそれを目当てにちゃおを買ってもらっていた。ところが、付録目当てで雑誌を買っていると、だんだんとマンガの続きが気になるのだ。そのうち、マンガと付録の両方を楽しみに、定期購読するようになっていた。そんな子供は多いのではないだろうか。

「90年代の当時も必死で作っていたと思うんですが、その頃って、りぼんの付録が紙ものでめちゃくちゃかわいかったんです。他方で、ちゃおの付録はダサかった(笑)。そんなときに、なんとサンリオを辞めたデザイナーさんが入ってきてくれて、付録がどんどんかわいくなっていったんです。今もなお、サンリオ出身の人たちが活躍してくれています」

マンガ界では、羽海野チカ氏がサンリオ出身者なのは有名な話だが、ちゃおにおいても、かわいいものを生み出すサンリオ力が息づいていたとは驚きだ。現在もちゃおの付録は進化し続けている。2007年7月号の「きらりん☆レボリューション」のミニ扇風機を画期に、2017年4月号のお掃除ロボ、2019年2月号のATM型貯金箱など、年に何度か発表される「家電付録」は注目の的である。衝撃の付録たちはどのように生まれているのか。

「付録会議は二部構成で、第一部は提案がメイン。あらかじめ、デザイナーさんや印刷所の方にちゃおの方針をお伝えしておいて、それに沿ってプレゼンテーションしてもらいます。第二部では、それも含めたアイディアを全部持ち寄って、実際に付録にできるものがないか探す。最近では、例えばダイソーとかでミニ洗濯機が売っていて、そういうものを付録にできないかと思ったんですが、水を使うものはダメだとか、細かい規定がいろいろあって難しそうです、とか(笑)」

特に人気で、夏になるとこれまで何度も付録になってきたのが「ミニ扇風機」。2017年の「プリちぃファンケシロボ CHI-02」には裏話があった。

「当時、すごくメカに強い男性が編集長をやっていたんです。扇風機だけでいいのに、中に小さい消しゴムが入っていて、扇風機の先につければ電動消しゴムになる(笑)。彼はそんな面白いアイディアをいっぱい出していて、2017年4月号は、『小さいルンバが作れるんじゃないか?』と、お掃除ロボを付録でつけてしまいました。まるで家電芸人ですね(笑)」

当時の編集長は筒井清一氏で、2016年から2019年まで編集長を務めた。それにしても、家電に詳しいことが少女マンガ誌編集の役に立ち、バズを生み出すとは。人生、何が活きるかわからないものである。ここまで豪華で、開発にも手間とお金がかかっていそうな付録、いつも予算がどうなっているのか気になるのだが、豪華付録がつく号は雑誌の値段も調整することで採算のバランスをとっているという。

「今後これが流行るかも?というのを研究するチームがいて、読者にも聞いたり、イベントで女子の持ち物をチェックしたりと、日頃からアンテナをはっています」

現在企画中の2025年2月号でも、「今までに出したことない面白いものを出そうとしているので、ご期待いただければうれしいです」とのこと。果たしてどんなものが飛び出すのか、楽しみに待とう。

新連載を「1本だけ」 萩原綾乃の編集者人生を全ツッコミ

「魂まるごと編集者」――まごうことなきヒットメーカーである萩原氏を見ていると、そんな言葉が浮かんでくる。「編集者の心得」という言葉を投げかけると、好きを貫くことの大切さを語ってくれた。

「編集者になりたいと思う人は、その気持ちを大事にして、覚えていてほしい。出版社は相変わらず狭き門ではありますが、今は出版社以外でも編集をやれる会社はたくさんあります。だから諦めず、目指す人には一度は編集者になってほしい。一緒にマンガを作れる日を楽しみにしています」

そんな彼女が、今後編集者として叶えたい夢は2つあるという。

「まず1つ目。私、50歳を超えてちゃおの編集長になって、改めてちゃおが作っているのは本当に純粋でキレイな世界だと実感しました。裏表がなくて、初恋は美しくて、夢は叶う世界。そういう世界をマンガにしているので、子供たちには読んでほしいし、子供たちが率先して読みたいと思うマンガを作ることですね。だんだん、子供がマンガを読まなくなっているので、初めてマンガを読んだ子供が『マンガってこんなに面白いんだ!』となる作品を作りたいです。女の子が、『小学生になったらちゃお読もう!』みたいな流れがもっとできるといいなと思います。

そして、もう1つの夢。こちらも読者として楽しみでたまらない。

「定年になるまでに、単なる一編集として、上の世代――大人とかに向けた新連載を1本起こしたいです。ここまで、マンガを作るのが本当に楽しい人生だったので、編集長を卒業するときがきたら、1本だけ新連載を起こしたい。卒業制作じゃないけど、マンガで始まってマンガで終わる会社人生だった、となるといいな。

私、“ずっとティーン”なんですよ。担当雑誌がみんな10代向けだったので、ずっと初恋について考え続けた30年だった(笑)。だから、そことはまったく違う、大人の女性が読みたいものってなんなんだろう?って考えるんです。愛とか恋でもいいし、それともファンタジーなのか歴史なのか、あるいは男の子だけのほんわかした料理モノなのか……。最後の最後に、今の自分が面白いと思うものを全部叩き込んだものをやれたらいいな。それでも、ついヒットさせなきゃって思っちゃうんですけどね(笑)」

萩原綾乃(ハギワラアヤノ)

1971年生まれ。1994年に小学館に入社しSho-Comi編集部に配属。以降、ちゃお、ベツコミ、Cheese!編集部を経て、2022年10月にちゃお編集長に就任。担当作品に篠原千絵「天は赤い河のほとり」、北川みゆき「東京ジュリエット」、くまがい杏子「あやかし緋扇」、あらいきよこ「Dr.リンにきいてみて!」、杉山美和子「花にけだもの」など多数。