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BALCOLONY.デザイナー・染谷洋平の「15の夜に読んでたマンガ」は「ああっ女神さまっ」(藤島康介)

2023年12月25日で開設15周年を迎えたコミックナタリーでは、15周年に合わせた企画を続々と展開中。人間で言えば15歳とは中学から高校に上がる節目であり、服装から言葉づかいまで心と身体の成長に合わせてありとあらゆるものが変化していく思春期の真っ只中だ。マンガ読みとしても、思春期を境にそれまでと読むマンガの趣味がガラッと変わったという経験を持つ人も多いのでは? このコラム「15の夜に読んでたマンガ」では、そんな15歳の頃に読んでいた思い出深いマンガについて人に語ってもらう。

第11回はデザイン事務所BALCOLONY.の染谷洋平が登場。藤島康介「ああっ女神さまっ」を題材に「15の夜に読んでたマンガ」を語ってもらった。また「今の自分から、15歳の自分におすすめしたいマンガ」も記事末で紹介している。皆さんも、自分の「15の夜に読んでたマンガ」を思い出しながら読んでもらいたい。

文 / 染谷洋平 リード文・構成 / コミックナタリー編集部

15歳の頃に読んでたマンガと、読んでた当時のことを教えてください

藤島康介「ああっ女神さまっ」(講談社)

90年代中期。インターネットがまだ一般のご家庭まで普及していなかったあの頃、地方の町に住む少年にとって文化と出会う場所とはレンタルビデオ店か本屋であり、マンガとはつまり週刊少年ジャンプ(集英社)か週刊少年マガジン(講談社)でやっている作品のことだった。

そうした作品たちで取り上げられる主な事象はといえば、オス同士の熾烈な競争であり、喧嘩であり、その戦果として時折挟み込まれるヒロインとの恋愛関係であった。男は男らしく、そして強くあらねば異性を繋ぎ止めることはできぬ。強さを求め誰よりも努力し、その直向きな姿に心打たれた仲間が集まる。努力と友情の積み重ねの上にこそ勝利は築かれるのだ。

そうとも、友情・努力・勝利。

──努力が何より嫌いで人生で勝った経験など一度もない、非モテ根暗キャラである自分に最も縁の遠い言葉である。15歳の自分は今週の「スラムダンク」の三井のスリーポイントシュートに心を熱く震わせながらも、同時に「俺では……湘北メンバーにはなれへん……」と打ちひしがれていた。

そんなある日、数少ない友人の一人が見慣れぬマンガ作品の単行本を教室に持ってきた。馴染みあるジャンプコミックスよりも少しだけ大きく、背には「アフタヌーンKC」と聞いたこともないレーベル名が印字されている。表紙をめくると、風が吹けばかき消えてしまいそうな繊細な筆圧の描線で描かれた異常に緻密なバイク、車、そしてこちらに大きく潤んだ瞳を向ける美少女たち。読み進めればそんな女神たちが平々凡々でさして強さも人望も努力の積み重ねも無さそうな大学生男子の元に次々と舞い降りてくるではないか。思わず疑問が口をついて出た。

「……何このマンガ」

友人がニチャリと笑みを浮かべて答える。

「『ああっ女神さまっ』てゆうねん。めっちゃおもろくない?」
「いや、めっちゃおもろいかは分からん……けど……」

けど翌日10巻まで買った。自転車を30分くらい漕がないとたどり着けない町のいちばんおっきい本屋で。
衝撃だった。現実でもマンガでも、男は努力し勝利しないと先に進めないのだと思っていた。

違った。

努力も勝利もしなくても、ありのままのだらしない姿で良いのだ。そんなあなたが好きと女神は言ってくれたのだ。大学生だからそんな俺を見かねて口出ししてくる親は居ないし、大学生だから社会的責任は無いけど普通免許は持ってて車にも乗れるし自由なのだ。おもしろおかしい先輩や後輩たちに囲まれて愉快に生きるのだ。今は薄暗く湿ったところで育つモヤシのような自分にだって、大学生になればきっとそんな光に照らされた生活が待っているのだ!

そのように「ああっ女神さまっ」は暗雲に包まれた中高生活に差し込んだひと筋の希望の光であった。かつては癒しであるはずのマンガを読んですら強く逞しい主人公と己とのギャップに悶え苦しんでいた自分に、「ああっ女神さまっ」はようやく心の平穏をもたらしてくれた。世の読むべき名作マンガと呼ばれる作品たちでは到底救われなかった孤独な魂たちが、いくつこの作品に生きる力をもらっただろう。現実の厳しさでは、努力の尊さでは、友情の美しさでは、勝者からの景色では救えない人間だっているのだ。美少女とメカとノリの良さでしか救済されない若者がこの世にはたくさん居……てぇ……ウグゥッ(嗚咽)……この作品があるから……地上(ここ)にいようと思う──この作品が無ければ──俺は生きてみたいとも思わない──!!

昨日まで真っ白だった進路希望調査票を手に取る。「進学」の二文字を丸で囲む。俺も「女神さまっ」の主人公のように工業大学に進んで、自動車部に入って、一人暮らしをして、そして美少女とお付き合いをするのだ……第一志望校と書かれた欄に力強くボールペンを走らせる。

「大阪芸術大学」

勉強は努力してへんから、工業大学は無理やねん。

「芸術計画学科」

絵も特に努力してへんから、実技試験がない学科にしとくわ。

──そして3年が過ぎた。

高校卒業を控え、数少ないオタク仲間で見納めとなる通学路を歩く。厳しい冬の時代はようやく終わりを告げ、暖かくなりはじめた陽光が田圃道を往くオタクたちの使い込んだ学ランの脂ぎった布地を照らしていた。
「女神さまっ」の主人公はいつの間にか努力家で誠実な男に成長しており、ぐうたらで不誠実な自分を重ねて夢見ることはもう難しくなっていた。……果たして自分は今でも「ああっ女神さまっ」ファンであると言えるのだろうか。かつて「女神さまっ」に憧れて選んだ進路は果たして正解だったのだろうか。

「……大学、決まったん?」

ふと皆に訪ねると、同じく「女神さまっ」読者であった友人の一人が誇らしそうに答える。

「あんなあ、おれ、京都の工業系の大学行くねん」

なんてこった。こいつは──努力を重ねて本当にマンガのような夢を現実にしようとしているのだ。心を救ってくれた作品に対してすら妥協を重ねた自分と違って、こいつはなんて偉いんだろう。本物の読者だ。お前こそが本物の「ああっ女神さまっ」ファンだ。

「ほんでな、いつか美少女のメイドロボつくったるわ」
「いやToHeartファンのほうかい!!!!!」

雲ひとつ無い晴天にイヒヒヒィッとオタクたちの笑い声が響く。雪解けの水たまりに、お母さんに買ってもらったアシックスの冴えない運動靴が跳ねる。

春が来る。

今の自分から、15歳の自分におすすめしたいマンガはありますか?

坂口尚「あっかんべェ一休」(KADOKAWA)

15歳の自分へ
 
大学生になったところで女神は降りてきませんし、積み重ねもなく春なんて来ません。
来ませんが、人生は否応なく続きます。しょうがありません。
その時その時、信ずるに足るものを見つけたと思っても、自分自身が変わっていくので拠り所はやがて失われます。
では何を信じればいいのでしょうか。

坂口尚さんの「あっかんべェ一休」を読みましょう。

そうです、一休さんの生まれてから死ぬまでが描かれたマンガです。
一休さんも拠り所を見つけたと思ったらかき消え、消えたと思っていたら実は足元に見つけたり、かと思えばまた見失い……その果てしない繰り返しの先に一休さんは何を見たのか。魂は何かを信じることで救われるのか。そういう大事なことが描かれています。まあ最後まで読んでもよく分からないんですけれども。
でもだからこそ、何度も読むことになると思います。娯楽としてめっちゃおもろいかどうかは……分からんけど……読まれるべきマンガというのはそういうものかもしれません。
なお2024年に出た新装版はわたしが装丁していますが、これは宣伝というわけではなくてですね……あの……ほんとに……
いまはその面白さが分からなくても。読みましょう。いろんなマンガを。

染谷洋平(ソメタニヨウヘイ)

グラフィックデザインを中心とするクリエイティブチーム・BALCOLONY.のアートディレクター、デザイナー。アニメ・マンガ・ゲームのロゴなどのVI制作、パッケージデザイン、装丁を多く手がける。代表的な仕事に、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」「君の名は。」のタイトルロゴなど。オタクカルチャーのデザインにまつわる評論を扱った同人誌「オタクとデザイン」の自費出版も行っていた。