現在、15周年記念企画「この15年に完結したマンガ総選挙」を展開中のコミックナタリー。同企画は【2008年7月1日~2023年6月30日の期間内に連載が完結したマンガ作品】を対象にしたユーザー参加型のマンガ賞で、ユーザーの投票数が多かった15作品をノミネート作品として選定し、その後、本投票により大賞作品を決定する。12月25日に結果発表を控えている状況だ。
しかし上位15作品以外にも、「この15年に完結したマンガ総選挙」では魅力的な作品やファンの熱量が高い作品など、さまざまなマンガがエントリー作品として上がっていた。そこで、「マンガ大賞」の発起人・実行委員でもあり、多くのマンガ・アニメ好きとしても知られる吉田尚記アナウンサーに、上位15作品以外に焦点を当てて投票結果を分析してもらうインタビューを実施。マンガにとっての“完結”とは何か?“完結したマンガ”を対象とする投票の傾向は? さらにはマンガ界にとってのこの15年を振り返ってもらった。
取材・文 / 小林聖 撮影 / 武田真和
連載という独特の形式が生む「完結」
──今回吉田さんには事前エントリーの全集計結果をお送りしましたが、ご覧になっていかがだったでしょう?
本当にたくさんの作品がありますよね。恥ずかしながら知らない作品もけっこうある。
──これだけあると全部知っているということはないですよね。
なるべく広く読んでおこうと思う私でもやっぱりこれだけ取りこぼしがあるわけですからね。マンガって本当にたくさんあるんだなと思います。
──個人的に印象に残っている完結作品はありますか?
ビックリしたのは魚豊さんの「チ。-地球の運動について-」です。今いろんなマンガ家さんにお話を聞く「マンガのラジオ」というポッドキャストをやっていて、魚豊さんにも出ていただいたんですが、魚豊さんって描き始めるときには最後まで全部お話ができているんだそうです。「ひゃくえむ。」も「チ。」も最初から決めていて、決めた通りに描ける。編集さんも「こんなにスケジュールが優秀な作家さんもいない」って言うくらいで、物語を作るときに異様なテンションで作っているから変えることがないんだ、と。完成度という意味では、近年の作品の中では圧倒的なものがありましたね。
──なかなか最後までできあがった状態で始まるマンガってないですもんね。
不思議な形態の芸術ですよね。尺ってどの芸術でも重要じゃないですか。だけど、マンガは1巻で終わる可能性もあるけど、100巻まで続くこともあり得る。しかもそれが読者の反響によって変わってくる。
──特殊な形ですよね。長期連載なら始まったときと終わるときでは作家さんの考えることだって……。
絶対変わりますよね。たとえば35歳で描き始めて50歳になったら、価値観は当然変わってくる。完成までこんなに時間がかかる芸術もなかなかないですし。
終わりのない話をどう終わらせるか
──終わりというか、ゴールみたいなものが基本的にない作品もありますし。
上位15作品ですが、「銀魂」なんかもそうですよね。あと、今回のエントリーでも入っていますが「こち亀(こちら葛飾区亀有公園前派出所)」とか。
──そういう作品の終わり方って難しいですよね。
どう終わるんだろうと思っていた作品で言うと、「重版出来!」ですね。
──今回のエントリーでもかなり上位に入っています。
仕事というずっと続いていくものが題材なので、どうやって終わるんだろうって思っていましたが、最後まで一度も薄い話にならずに実感を持ったまま着地した、いい完結でした。(リストを見ながら)……あ、「子供はわかってあげない」とかも入ってるんですね。
──上下巻や1巻完結の作品も対象になっています。
本当だ。「金の国 水の国」とかもありますね。いわゆる「連載の完結」というのとはまた違う形ではありますが。
──1巻完結の作品ってどうしても店頭に並ぶ時間も短くなるし、こういう機会がないとなかなか触れられないですよね。
そう思います。そういう意味では「完結した作品」という切り口でも、「5巻くらいまで」って絞っても面白そうですね。埋もれがちな名作を掘り起こすという意味で価値のあるフレームになりそう。田島列島さんなんかはまさに短いけど強烈な世界を持った作家さんだから、フォーカスされるでしょうね。
上位に来るのはジャンルを超えた作品
──僕が個人的にオッと思ったのは「第七女子会彷徨」です。やっぱりノミネートでも上位はメディアミックスされた作品が多いんですが、そうでないこの作品がけっこう票を集めています。
つばなさんは新作の「誰何 Suika」も面白いですよね。アイドルものなんだけど、やっぱり独特で、いい意味で読みづらい(笑)。それで言うと、私もゆうきまさみファンですが、「白暮のクロニクル」がかなり上位にいるのはびっくりしますね。
──ドラマ化が発表されたとはいえ、それで認知が上がったわけではないでしょうからね。
ドラマ化もまだニュースが出ただけですしね。それだけファンがいるということでしょう。
──こういうアワードだと弱いジャンル・強いジャンルというのもあると感じています。例えばラブコメやいわゆる少女マンガはどうもアワードではなかなか上位に名前が挙がりません。そのへんのジャンル感についてはいかがですか?
逆に、上位に入っているのはジャンルの枠を超えた作品が多いなと思います。たとえば、「ちはやふる」はかなり票を集めていますが、これは果たして「少女マンガ」なのか、と。
──確かにいわゆる少女マンガ的な面もあれば、「熱血!」みたいな少女マンガ的ではない面もある作品ですね。
最近は少女マンガといえばいろんな「王子様」を魅力的に描く作品が多くなっている印象ですけど、本来少女マンガの得意技ってクセ球だと思うんですね。「これもキャラになるんだ!」「こういう人だっているよね」というキャラクターを持ってくるような。「君に届け」なんかはまさにそうだと思います。
──「君に届け」の爽子は当時斬新でしたよね。王子様もさることながら、主人公の魅力が強い作品が少女マンガの名作には多い。
今回も上位に入っている「違国日記」なんかは、やっぱりキャラクターが魅力的。主人公に当たる少女小説家の高代槙生と姪の朝ちゃんも、2人とも今までなかったキャラクターでした。
「独善」ができたとき面白い作品が生まれる
──確かにこうして見るとやっぱり男女問わず魅力を感じる作品が目立ちます。
「7SEEDS」とかね。少女マンガに限らず、上位に入っている作品はジャンルを超越していると思います。
──新ジャンルというか、その作品だけの世界というか。
そういう作品ってマーケティングからはできあがらない。連載って読者の反応を見ながら作っていく面も当然あると思いますが、志を持って作るという形もある。以前ある編集者さんと話をしていて印象的だったのが、「○○みたいな作品を作ろう」というのが一番ダメだという話なんです。そうじゃなくて、作家さんと編集者さんできちんと「独善」を作らないといけない、と。つまり「この作品はこれが面白いんだ」というのがブレちゃいけない。結果的にその作品がヒットするか、時代に選ばれるかどうかはわからないけど、少なくともちゃんと「独善」ができていれば面白い作品にはなるんだ、という話です。
──いい話ですねえ。
ラブコメでも今回「かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~」が上位に入っていますが、これもやっぱり志が高い部分を持っているんですよね。赤坂アカさんに話を聞いたんですが、自分の中で「キャラを絶対使い捨てにしない」というルールを決めていたそうです。あの構造のラブコメだったら、次々と新しい女の子が出てくるほうが自然なんですが、そうしなかった。
──確かに今やラブコメといえばハーレムラブコメが王道みたいになっていますが、そうではないですね。
それってある意味では市場との対話を拒否する姿勢ですよね。「かぐや様」に限らず、今回のリストを見ていると、市場との表面的なやりとりから生まれた作品がないと感じました。
マンガとラジオの最終回にある情緒
──今回の事前エントリーでは作品名だけでなくコメントも募集していて、そちらもたくさん集まりました。吉田さんが気になったコメントはありましたか?
これもたくさんあって拾いきれないですね(笑)。あ、「風雲児たち 幕末編」の「みなもと太郎先生のご逝去により連載終了となり、『完結』とは思いたくないけど」ってコメントはグッときますね。その通りだなと思いますもんね。
──40年以上連載していた作品ですが、「これからじゃん!」ってところですもんね。
(幕末の話を)関ヶ原の戦いから始めるからそうなるんですが、そのほうが話が面白いからしょうがないんですよね。なくてよかった話なんて1つもないでしょうから。
──それで言うと「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」に対して「完結して本当に良かった」なんてコメントもあります。
マンガって完結しない可能性もあるんですよねえ。
──あと、自分が10代、中学生や高校生の頃に読み始めた作品に対するコメントも印象的でした。青春の思い出みたいに記憶している作品ってありますよね。
テレビ番組やドラマの最終回って「そういうもの」という感じだと思いますが、マンガとラジオの最終回ってそれを超えた情緒がありますよね。なぜかわからないですが。
──ああ。終わることが決まらずに始まっているものですしね。ちゃんと終わってほしいけど、終わってほしくないという気持ちもある。
そうですね。それもあると思います。ドラマや映画は終わってくれなきゃ困る。
マンガアワードをめぐる15年
──吉田さんはマンガ大賞の発起人でもありますが、この15年でアワードをめぐる環境の変化を感じることはありますか?
そうですね。マンガ大賞自体はずっと変わらないんですが、役割は変化したと思います。マンガ大賞が生まれたときは、まだネット上でのマンガに関する情報流通が少なかった。それこそコミックナタリーさんもまだ生まれていなかったですし、今のようなSNSもなかった。さらに、当時書店員さんと話していると「以前は立ち読みで面白いマンガが読者に見つけられていたけど、単行本がシュリンクされるようになってそれがなくなった」なんて話を聞くこともありました。だから、面白いマンガを見つけてもらうための情報流通網を作らないといけないというのを、無意識に考えていたんだと思います。
──2008年頃はいわゆるマンガアワードも「このマンガがすごい!」と雑誌・フリースタイルの「このマンガを読め!」くらいでしたしね。
今はアワードも増えたし、ネットやアプリでマンガの試し読みができるようになり、SNSも浸透して、マンガの情報はありすぎるくらい増えました。電子書籍も浸透しましたしね。でも、そうなっても単行本というパッケージは変わっていないのが面白いところで。
──単話販売や超合本みたいな形式も生まれたとは言え、中心はいまだいわゆる単行本ですよね。
アプリで読めても、ファンは単行本というものを買う。そういうサイクルがある限り、マンガ大賞で1年ごとに単行本8巻までという区切りでまとめるということには意義は残っていると思っています。
絶対に損しない、マンガのマスターピース
──「この15年に完結したマンガ総選挙」は文字通り完結作品にスポットを当てる企画です。映画やドラマは完結したところで評価されるのに対して、マンガはなかなか完結したところで評価されることがないですよね。
そこはやっぱり商業作品だからでしょうね。ある意味ではとても潔いことだと思います。
──特に昔は人気があるうちは連載が終わらないという側面もありました。
でも、それも変わってきたと思います。「進撃の巨人」の担当編集者・川窪慎太郎さんにお話を伺ったとき、「諫山創というすごい作家をこれ1作で終わらせてはいけない。だから、ちゃんと完結させてあげなきゃいけない」というようなことを話していたのが印象的でした。商売だけ考えれば連載を続けられるだけ続けたほうがいい。だけど、作家さんは終わらせないと次にいけない。そういう意味で、変わってもきたし、終わり方というのはもっと考えなきゃいけないことだと思います。だから、今回の企画もなるほどと思います。例えば、海外の人とかがこの結果を見たらものすごく面白いでしょうし。
──ああ、確かに。
私自身は放っておいてもたくさん読むし、「これ面白いよ」って言われたらすぐに読むタイプだから、今回のノミネート作品も知っているものばかりですけど、多くの人は忙しくてそんなに読めないじゃないですか。マンガ大賞ももう少しマンガ好き、比較的たくさん読む人に向けて提示しているイメージですが、今回の企画はごく一般的な読者の「何を読んだらいい?」に対するもっと純然たる回答という感じがします。
──僕らは「面白いマンガない?」って聞かれると、つい直近3カ月とか半年くらいで始まった、単行本が出た作品を考えがちですけど、そう聞く人が求めているのって必ずしも最新の作品ではないですもんね。
そうなんです。それこそ、スマホ世代だとマンガ自体読んだこともないって人もいるくらいですから。そういう意味で言うと、今回ノミネートに上がったような作品って、読んで絶対損しない、すごく精度の高いマスターピースだと思います。もちろんたくさん読んでる人からすると「なんであの作品が入ってないんだ!」と気持ちも出てくると思いますけど、今回はたぶんあなたたち向けに提示しているわけじゃないんですよ、と(笑)。
なぜ面白いか考えるのが楽しい
──それで言うと、今回の事前エントリーはユーザーの自由投票でした。僕はアワードって結果だけでなく、選ぶという行為そのものも面白いと思っていますが、そのへんはどうでしょう?
僕はコメントを書くのが面白いなと思っています。コメントを書こうと思ったら、なぜこのマンガが好きなんだろうって考えるじゃないですか。
──それって作品というより自分の中を掘っていく作業ですもんね。
そうですね。僕も自分のラジオで小学館さんがスポンサーのコーナーがあって、普段は小学館さんのマンガを紹介しているんですけど、月イチくらいで「吉田さんが好きなマンガを出版社問わず紹介していいですよ」って回があるんです。そうするとわざわざスポンサーの作品を外してまで選んだ理由が、きちんとできていないと話せない。そこを考えるのが面白いんですよね。
──面白いと思うこと、理由もタイミングで変わりますよね。そのときどきの体調みたいなもので読みたいもの、面白いものも変わる。
そうですね。興味の対象やメンタルの体調みたいなものがわかる。僕だと今、柴門ふみさんの作品がすごく面白くて。「なぜ今、柴門ふみなんだろう?」って考えてます(笑)。
吉田尚記が選ぶ「この15年に完結したマンガ」は?
──さて、最後に吉田さんが「この15年に完結したマンガ」を選ぶとしたら何を選びますか?
うわー、難しいなぁ。……今パッと思いついたのだと「人間仮免中」ですね。もう強烈。
──卯月妙子さんの壮絶な日常を描いた実録コミックエッセイですね。
あと、やっぱりマンガ大賞を受賞した作品は思い入れがありますね。「響~小説家になる方法~」の終わり方もよかったし、「彼方のアストラ」もギュッと美しく完結している。あと、終わり方でいえば西餅さんの「僕はまだ野球を知らない」。めちゃくちゃ好きなんですよ。そして、連載が終わってしまったんですが、西餅さんが個人的にnoteで続編を書いて、「終わったけど終わらせない」という形になっている。
──「僕はまだ野球を知らない・Second」として電子コミックの配信もしていますね。
なかなか名前が挙がらなそうなところで言うと、山本おさむさんの「赤狩り」が面白かったですね。アメリカの映画業界に吹き荒れた共産主義者狩り、レッドパージの物語です。オヤジたちの濃いやりとりが続く作品なんですが、たとえば、「ローマの休日」はアメリカ映画なのになぜローマでロケをしているのかみたいな話を描いているんです。アメリカにいると共産主義者狩りで捕まってしまうかもしれないからなんですよね。そういうことをすごくよく調べて描いている、重厚な作品です。
──リストを探したら、「赤狩り」にも1票入っていました。
おお。私なんじゃない、入れた人?(笑) あとはそうですねえ、ノミネート15作品の中だと「大奥」はすごかったですね。「最後、こうやって回収するんだ!」って驚きました。圧巻でしたね。ほかにも、「昭和元禄落語心中」もよかったし、「辺獄のシュヴェスタ」も大好きだし……思い出していったらキリがないですね。
──まだまだ聞きたいですが、このへんにしておきましょうか(笑)。ありがとうございました!