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「ブラック・ジャック」新作がお披露目に、人間とAIとの共同作業で得られたものとは

手塚治虫「ブラック・ジャック」の新作「TEZUKA2023 ブラック・ジャック 機械の心臓-Heartbeat Mark II」お披露目会が、本日11月20日に東京・慶應義塾大学三田キャンパスにて開催された。これは手塚プロダクションの所属メンバーをはじめとするクリエイターと、「ブラック・ジャック」を学習したAIの力を駆使し、手塚の新作を制作するプロジェクト「TEZUKA2023」の発表イベント。お披露目会では制作の過程やAIの活用方法、AIが抱える課題などが語られた。

今回のプロジェクトに「ブラック・ジャック」を選んだ理由は?

イベントにはプロジェクトに参加している慶應義塾大学の理工学部教授・栗原聡氏、手塚プロダクションの取締役・手塚眞のほか、手塚プロダクションの石渡正人、映画監督の林海象、週刊少年チャンピオン編集部の田中良樹氏ら制作陣が参加。この試みになぜ「ブラック・ジャック」を選んだのか、その理由を手塚は「有名な作品なので、外部からの評価が明確にわかるだろうと思いました」と述べる。また「『ブラック・ジャック』は(手塚治虫が生み出した)約240のストーリーがあり、AIに読み込ませるのにはふさわしいデータ量かつ、はっきりとしたキャラクター像がAIの学習に適しているかと思います。今年が『ブラック・ジャック』の連載50周年記念であることもありますね」と解説した。

また手塚は、内容については読者の皆さんの感想によるとしつつ、実際にできあがったAIによる作品を見てとあることに驚いたと言う。それは「手塚作品の核とも言える“生き物の尊厳”というテーマが入っていた」ということ。それだけではなく、現代医療のテーマやこれから起こりうるであろう問題が存分に取り込まれており、より「ブラック・ジャック」らしい、手塚治虫らしい作品に仕上がったのではないかと明かした。

今回のプロジェクトではプロット制作からシナリオ制作、新キャラクターの生成まではクリエイターとAI、ネーム制作と作画はクリエイターが担当。栗原氏はプロット、シナリオ制作にてAIとの相互的な“会話”をより円滑にするために、クリエイターと生成系AIの間に “仲介AI”を設置したと明かす。仲介AIには「ブラック・ジャック」の本編200話分のデータと短編形式のマンガ200話分を読み込ませており、クリエイターがプロット、シナリオの要素を入力すると、仲介AIを通してプロンプトが生成され生成系AIに伝達される。そして生成系AIによって作られた内容が整理され、再びクリエイターのもとに戻されることでプロットを詰めていったという。AIへの質問、回答、質問を繰り返すことでプロットのさまざまなパターンを検証でき、物語が作られていったということだ。

プロット制作は5つのチームに分かれて制作

プロットは5つのチームに分かれて制作。石渡は「『ブラック・ジャック』にはサスペンスからヒューマンドラマまで、いろんな物語が入ってくる。1人の考えではなくいろんな考えを入れながら、プロットを作ってみようと思い5つのチームに分けたのですが、そういった(複雑な)ものはAIも作れるのかどうかという実験も兼ねています」と述懐。チームには林監督も参加しており、実際にAIを使ったプロット制作について会話のスピードが早くて楽しかったと述べ、「ブラック・ジャックはほぼすべての病気を治している天才外科医なので、果たして彼に治せないものはあるのか、人体構造は治せるけれど機械は治すことができるのか。そもそも治すことを拒否するのか、受け入れるのか、というところからAIに質問を投げかけていきました」と語った。またタイトルの要素にもなっている「機械の心臓」も、AIが決めたということも明かされた。

プロットの段階で中身を見た週刊少年チャンピオン編集部の田中氏は、「(AIが作成した)出来事自体は面白いと思いましたが、そこに至るまでのキャラクターの心情や感情が足りないかなと。AIにはそういったところは苦手なのかなと思います」と指摘。一方でリテイクが何回でもできるのは面白かったと話し、「新たなアイデアもすぐに大量に出せますし、今後、アナログ作画からデジタル作画へと移行したのと同じように、マンガのちょっとしたアシストにAIを活用することもあるのではないかと思いました」と語る。栗原氏も、「AIには機械的な説明やストーリーの骨格作成には強い一方で、ストーリーの背景にある心情や空気感の生成はまだ弱いです。ストーリー展開には手塚治虫らしさや意外性がちりばめられていますが、心情の機微を表現することは苦手かな」と述べた。

新キャラ制作でのAI画像生成技術に驚き

また「機械の心臓-Heartbeat Mark II」には川村とマリアという2人の新たなキャラクターが登場。川村は作中に登場するAIプロジェクトに参加している慶應義塾大学生の技術パートエンジニアの名前が使用されているそうで、本人の顔写真を元にAIが画像生成を行った。一方、川村の娘・マリアはいくつかの条件をテキストで指定し、生成されたもの。今回はブラック・ジャックが主人公に描かれる物語のため、どちらの顔も脇役らしい顔つきになるよう調整していったと手塚は明かした。

ネーム制作では、単行本のコマを一つひとつ割ったものを人工知能に学習させるところからスタート。電気通信大学の人工知能先端研究センター准教授・稲葉通将氏は、「手塚先生の作品のコマ割りはダイナミックなものが多くてきれいに切り出すことが難しく、人の手をつかって作業をする場面もありましたが、想定よりも手塚先生らしい絵柄でできあがったと思います」と述べる。ブラック・ジャックの表情について手塚は、「彼は非常にポーカーフェイスであり、どこまで表情をだすか、抑えるかは手塚治虫の塩梅次第。手塚治虫はほんのわずかな線もその人の感情を的確に表すので、これを再現するにはAIにはちょっとまだ高いハードルだったかなと」と述べている。

AI制作の感想、今後の課題

プロジェクトを通して、クリエイターたちからは「AIは友達や相談相手のようなもの」「やり直しの繰り返しは、人間相手では気を使う場面もあるが、AIは何度も素早く対応してくれる」などといったメリットが語られた反面、やはり心情や機微には弱い印象があると述べる。手塚も、「手塚治虫自身、過去の作品が積み重なって『ブラック・ジャック』という作品になったため、厳密にはAIも手塚が学んだ作品を同じく学習する必要があるのではないかと考えます」と話し、今後は人間ならではの感覚をどのように学習していくのかが課題だと話した。

今回の新作はAIなくして完成しなかった

最後に記者からの質疑応答が行われる。冒頭に登場するギャグシーンはAIによる提案なのか、人間による提案なのかと問われると、石渡は人間が担当していると回答。手塚は「そういう(ギャグに特化した)データを読み込ませれば作り出すことは難しくないと思います。もしこれが手塚治虫の作品でなかったら相当いい線になったのでは思いますが、(『ブラック・ジャック』は)超特級のマンガなので、どんなにAIと人間が力をあわせてもそこまで行き着くのは難しい」と述べる。栗原氏もキャラクター個々のプロファイルはすべてAIに読み込ませたうえで、「人間が思う面白いと思うタイミングなどを理解してもらうのはなかなか今では難しい」と課題があることも示した。

今後、100%AIによる制作も可能か?と問われると、手塚は「可能ではありますが、できたものを見て面白いと思えるか、人に見せられるかは結局人間の判断が必要。編集者としても人間が介在する必要があると思います」と返答。また今回の作品が人間だけで作られていたらどうなっていたか、と聞かれると「人間だけでは無理だったと思います。AIがあってこその今回の新作ができあがりました」と話す。さらに新作は手塚作品にどれだけ近づけたかと聞かれると「判断は読者の皆さんにお任せしたいと思います。手塚治虫もきっと『もうちょっと時間があればもっといいものが描けた』と言うと思いますが(笑)」と話している。最後に「(AIを使用した創作は)賛否両論あると思いますが、今こそ皆さんに議論してほしいタイミングだなと思っています。この作品を読んでいろんな意見を出してほしいです」と語った。

「TEZUKA2023」は2019年に発足した“手塚治虫の新作マンガ”の創作を試みるプロジェクト「TEZUKA2020」に続く第2弾。今回制作された「TEZUKA2023 ブラック・ジャック 機械の心臓-Heartbeat Mark II」の舞台は、ブラック・ジャックがピノコとともに、AIの最先端技術が集まる企業を訪れる場面からスタート。企業のCEO・川村からとある女性患者を観てほしいと依頼されたブラック・ジャックがその病状を確認すると、“AIを活用した完全な機械の心臓”に血腫が発生していて……。本間血腫を治せなかったトラウマを持つブラック・ジャックは、この難題にどのように立ち向かうのか。同作は11月22日発売の週刊少年チャンピオン52号(秋田書店)に掲載される。