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「邪神ちゃん」宣伝の最大の発明とは?宣伝プロデューサーは「一生やる」と宣言

TVアニメ「邪神ちゃんドロップキック」の宣伝、マーケティングをテーマにしたイベント「邪神ちゃんマーケティング講演会」が、10月20日に東京大学で開催された。

弱者ならではのマーケティング施策の秘訣

イベントには「邪神ちゃんドロップキック」の宣伝プロデューサーで、2023年からは東京大学大学院の学際情報学府修士課程で学ぶ学生でもある栁瀬一樹氏が登壇した。大学卒業後の2002年にNTTドコモに入社し、dアニメストアの創設にも携わったという栁瀬氏は、2016年にKADOKAWAに転職。2019年に独立し「邪神ちゃん」をはじめ「理系が恋に落ちたので証明してみた。」「恋と呼ぶには気持ち悪い」「最弱テイマーはゴミ拾いの旅を始めました。」などのアニメのプロデューサーを担当している。

栁瀬氏が担当する作品の中でも「邪神ちゃんドロップキック」は、2018年という早い時期にキャラクターをVTuber化したり、近年では違法アップロード動画に先行するためアニメの放送前に公式の切り抜き動画を公開したりと、その自由な宣伝施策が何かと話題になるタイトル。この日の講演会では、“大手が行わない弱者ならではのマーケティング施策の秘訣”を広報やPR論から紹介していくという建て付けでトークが進行した。

「邪神ちゃん」の宣伝はなぜああなのか?

「『邪神ちゃん』の宣伝はなぜああなのか?」という問いについて栁瀬氏は「頭がおかしいから」と笑いながらも、「それも間違ってはいないが、抽象的でざっくりとした理解」と語る。講演会の前半で栁瀬氏は、「邪神ちゃん」の宣伝を理解するための前提として必要だという、「哲学・思想」「メディア・宣伝・PR」「日本アニメ史」の3項目について説明。「哲学・思想」の項目では「近代」「ポストモダン」といったワード、「メディア・宣伝・PR」のコーナーでは広報と宣伝の違いやインターネットやSNSの台頭、「日本アニメ史」では日本のアニメの成り立ちから直近のアニメ事情などを解説した。

プレゼン中には栁瀬氏が「邪神ちゃんドロップキック」のイベントを作り上げる際に参考にしているという地下アイドルの絵恋ちゃんや、栁瀬氏のNTTドコモ時代の先輩でニコニコ代表である栗田穣崇氏も登場。絵恋ちゃんは多様化する地下アイドルについて、栗田氏は90年代後半の携帯電話やインターネット事情についてトークを繰り広げた。

1200万円という予算の中で、自分が担当するアニメの宣伝をするなら?

その後、会場では「もしあなたがアニメの宣伝プロデューサーだったら」という想定で、「1200万円という予算の中で、自分が担当するアニメの宣伝を1つ考えてください」というお題に回答するワークショップが行われた。宣伝する作品として挙げられたのは2018年放送の「邪神ちゃんドロップキック」。2018年夏には計57作品の新作アニメが放送されており、その一覧をスクリーンに投影しながら、栁瀬氏が「ちょっとマイナーだな(笑)。寝てても誰もが観てくれるような作品だったらよかったんですけど」とコメントすると会場からは笑いが起こる。「周囲の人と話しながら考えてください」という栁瀬氏からの呼びかけもあり、和気あいあいとしたムードの中で参加者がお題について考えを巡らせた。

参加者から挙がった宣伝案は「自販機コラボ」「邪神ちゃん像を建設する」「アドバルーンを飛ばす」「大物芸能人を使ったステマ」「Vtuberにアニメを同時視聴してもらう」などさまざま。中でも「公共交通機関に広告を出す」「ビジョンジャック」など広告の掲出の意見が多く見られると、栁瀬氏は秋葉原や渋谷のサイネージ掲出、山手線ジャックや渋谷駅交差点前のビジョンジャックにどの程度のお金がかかるのかを実際に紹介しながら、「これをすべてやると(1200万円の予算だと)6000万円も赤字になるんですね(笑)。これだけ(宣伝案として広告掲出が)挙がっているってことは、それだけ普段皆さんの目についているってことで、効果があるんだと思います。1200万円というのは『邪神ちゃん』に2年間でかけられるお金としてリアルな数字で、ちょっとこれをやることはできなかった」と赤裸々に語った。

ワークショップ中には栁瀬氏から声をかけられ、急遽講演会に来たという「邪神ちゃんドロップキック」ぺこら役の小坂井祐莉絵と、大地役のMoeMiが登場。2人だったらどんな案を考えるかという問いかけに対し、MoeMiは「SNSでバズるのがいいと思う。個人的に気球に乗りたくて。調べたら200万円で買えるらしいんですよ。なので、気球を都心に飛ばしてあと1000万円を(空から)バラ撒きます」とプレゼン。会場が笑いに包まれる中、栁瀬氏から「まずね、勝手に気球を飛ばしている時点でバズる。さらに1万円札バラ撒くとなると、たぶん逮捕されるよ(笑)」と冷静なフィードバックが。小坂井もバズるのが重要であると前置きし、「ドン・キホーテにあるような、天使と悪魔のコスプレ衣装のパッケージにQRコードを付けるんです。それをセクシーな女の子に『邪神観てねソング』で踊ってもらった動画をSNSにアップして、おじさん層と若い子層をゲットする」と案を述べると栁瀬氏は「すごい!」と称賛。会場からも拍手が上がった。

お客さんをATMと呼ぶという最大の発明

そして栁瀬氏は「邪神ちゃんドロップキック」1期で実際に行った施策を紹介。最初は秋葉原にサイネージ広告を出してみたものの、効果は感じられなかったと明かし、「『なんの成果も!! 得られませんでした!!』って壁の中に帰ってくる人の気持ちがよくわかりました(笑)。このまま宣伝費を使い続けても状況は変わらないので、工夫しないといけないなと思ったんです」と振り返る。

以降はアニメ放送前はキャスト陣によるイベントや施策を多く展開する方向にシフトチェンジ。2018年にアニメの放送がスタートした後、「邪神ちゃん」ファンとの距離感がわかってきた施策の象徴として栁瀬氏が挙げたのが、イベントでのATM席の販売だ。ATM席は「愛してるよみんな席」という略の特別席で、5万円という価格にもかかわらずチケットは争奪戦になったという。栁瀬氏は「友人のアニメプロデューサーから『邪神ちゃん』の最大の発明はお客さんをATMと呼んだこと。これは『邪神ちゃん』にしかできないと言われたりもしました」と笑顔を見せる。その後、2期制作がまったく決まっていない状態での「パッケージが2000枚売れたら2期をやる」という宣言や、競馬でのレースジャック、違法動画より早い切り抜きなど、現在の「邪神ちゃん」らしいと言われるさまざまな施策が行われてきた。

「現在では秋葉原のアトレのジャックやクレジットカードとのコラボなど、まるでメジャー作品のような展開を行っている『邪神ちゃん』ですが、最近はフリーミアムモデル化しています」と言う栁瀬氏。「アニメのイベントって基本お金を払って参加するものだと思うんですけど、皆さん『邪神ちゃん』の最近のイベントに場所代でお金を払ったことってないんじゃないかと思います。これは無料で参加できるイベントを中心に組み立てているからで、来ていただいて『楽しかったな、もっと楽しみたいな』っていう気持ちがあったら、グッズやお菓子を買ってくださいねっていう形でやっているんです。これが『邪神ちゃん』のフリーミアムモデル化です」と説明した。

「邪神ちゃん」を一生やるというハードモード

栁瀬氏は「邪神ちゃん」のこれまでの歩みを振り返りながら、メジャー作品がエリートであるならば「邪神ちゃん」のようなタイトルは荒くれ者であると表現。資本力も人員も少なく、媒体にお金を払って宣伝を行うよりは、話題性のある施策を展開しそれを媒体に取り上げてもらう方向を目指していることなどを明かす。

最後に栁瀬氏は「『邪神ちゃん』の宣伝はなぜああなのか?」という質問に立ち返り、「『邪神ちゃん』を一生やる、“作品の永続”というハードモードを選んでいるから」であるとの答えを提示。作品を永続させるためにはお金を払う宣伝型では資産がつきてしまうため、話題を作ることで作品を広める広報型を選択し、お金がないためにクラウドファンディングやふるさと納税の実施、違法アップロードを逆手に取った宣伝など、常に新しい形を発案・実行していることを紹介する。そしてこうした「邪神ちゃん」の宣伝のなんでもあり感が、原作の作風や時代の閉塞感にマッチしているのではないかと分析した。