コミックナタリーでは「海賊版サイトの現在地」と題して、現在の海賊版サイトをめぐる動きについて伝えてきた。第4回となる今回は、3つの超巨大サイトが閉鎖された2022年以降の海賊版サイトの現状がテーマ。これまでの海賊版サイトの変遷を振り返りながら、今どのようなことが起きているのか、そしてどのような対策を練っているのかを、一般社団法人ABJ広報部会長であり集英社の法務担当でもある伊東敦氏と、海賊版サイト事情に詳しいライツ法律特許事務所の丸田憲和弁護士に聞いた。
取材・文 / 太田祥暉(TARKUS)
今回、話を聞いたのはこの人
丸田憲和(マルタノリカズ)
弁護士・弁理士。ライツ法律特許事務所所属。東京大学工学部機械情報工学科卒、一橋大学ロースクール修了。特許権、著作権などの知的財産権の紛争案件やいじめ、学校問題などの子どもの人権に関わる案件を中心に扱う。
伊東敦(イトウアツシ)
1988年に集英社入社後、週刊プレイボーイなどの雑誌編集を経て2009年末より現在の部署に異動。10年以上海賊版対策に従事し、はるか夢の址、漫画村、そしていわゆる“ネタバレサイト”などの摘発に深く関わる。現在、一般社団法人ABJ広報部会長も務める。
フリーブックスが1000万アクセス、漫画村が1億アクセス、そして……。
マンガの海賊版サイトとは、作者・出版社の許可なく無断で作品をコピーし、公開している著作権侵害サイトのことだ。これを閲覧すれば、権利者に正当な利益が還元されず、続巻や次回作への望みが薄くなってしまう。法的にも、エンタメ文化のためにも、海賊版サイトを利用しないことが望ましい、という認識はここ数年で世間にかなり広まってきた。
筆者は中高生時代、友人が海賊版サイトからダウンロードしたマンガをスマートフォンへ大量に保存していたという記憶がある。また筆者が大学生だった2010年代後半には、カジュアルに海賊版サイトを利用していた人が同級生にもちらほら見受けられた。ちょうど漫画村が人気となっていた時期と被り、正規版の流通にも悪影響が及んでいたタイミングだ。
そこから数年経ち、2018年に漫画村が、2021年から2022年にかけて漫画BANKほか超巨大サイトが次々に閉鎖された。しかし、いまだに海賊版サイトの被害は猛威を奮っている。
海賊版サイトでタダ読みされたとされる被害額は、海賊版対策の団体であるABJによると2020年に約2100億円、2021年に約1兆19億円、2022年に約5069億円。最新データとなる2022年の被害額は、過去最悪の2021年に比べると半減している。しかし、2020年と比べると2倍以上の被害額なのだ。
筆者の体感としては現在、周囲で海賊版サイトを利用している人はいないのだが、世間一般では利用者は減っていないということだ。社会問題化した漫画村の閉鎖から数年経った今、改めて2016年頃から2021年までの海賊版サイトの変遷を伊東敦氏に振り返ってもらった。
「そもそも、漫画村以前にはフリーブックスという海賊版サイトが存在しました。それよりも前はダウンロード型の海賊版サイトが主流だったんですが、フリーブックス以降はアクセスするだけで読める方向に変わっていったんですね。2017年3月ぐらいには、フリーブックスはすでに1000万アクセスを超え、さまざまな出版社で問題になったんです。そこで出版6社で対策を開始し、海外での法的手続きを準備していたところ、5月頭に閉鎖されました。それに代わるように伸び始めたのが漫画村だったんです。フリーブックスの代わりがここだよ、と口コミによってアクセスが増加していきました」(伊東氏)
そして漫画村は、2018年3月に月間アクセス数1億を超えてしまう。
「フリーブックスの1000万アクセスに驚いていた我々からすると、驚異的な数字でしたね。そこで早い段階から、警察と連携しながら告訴への準備を進めました。その結果、2018年4月に漫画村は閉鎖されました。しかし、その後も漫画郷や星のロミ.orgをはじめとした漫画村のUIを模倣したサイトが次々と出現したんです。注目を集めそれなりのPV数を稼いでしまっていましたが、漫画村ほど巨大になる前に閉鎖に追い込むことができました」(伊東氏)
現在の海賊版サイトは“目立つ”ことを避けている?
その状況がさらに悪化したのは、2020年3月。新型コロナウイルス感染症が流行し始め、外出機会が減少したタイミングだった。
「新型コロナウイルス感染症によって在宅の方が増え、海賊版サイトにも特需が発生したんです。そのためにアクセス数はうなぎ登りになり、2021年の秋には4億アクセスに迫ってしまいました。ただ、台頭していた漫画BANKをはじめとした巨大サイトを次々と閉鎖に追い込んだことで、現在は2億アクセスを下回っています。形だけ見れば半減はしているんですが、2020年初頭と比較したらまだ2倍以上あるので、何も安心できる状況ではありません」(伊東氏)
巨大海賊版サイトが閉鎖されたものの、海賊版サイト全体のアクセス数は高水準を保ってしまっている。現在は少数の巨大サイトにアクセスが集中するのではなく、数多くの中規模サイトにアクセスが分散してきているのだ。それに伴って新たな問題が生じており、対策が難しくなっていると、システムエンジニアとしての業務経験も持つ丸田憲和弁護士は言う。
「漫画村の時代よりも手口が巧妙化しているんですよね。現在の海賊版サイトは、ほぼ同じ構造のサイトが複数存在することが増えてきています。さまざまな状況に照らしますと、それらのサイトは単に同じテンプレートを用いて作ったというだけではなく、同一の運営者またはなんらかの関係のある複数の運営者が、ほぼ同じ内容の複数のサイトを同時に運営しているものと思われます。サーバーの料金体系は種々ありますが、一定の通信量までは低価格、場合によっては無料で利用できる仕組みになっていることが多いので、サーバー(の契約)を複数にして分散することにより、運営者はアクセス数を平準化してサーバー代を安く抑えながらトータルで多くのアクセス数を得ることができます」(丸田氏)
この複数運営の動きには、海賊版サイトの摘発が進んできたことが関係しているという見方もある。
「少し前まで海賊版サイトの運営者の目標は、広告の表示回数やクリック数を増やして広告収入を多く得るため、知名度を上げて人気サイトに成長させることでした。しかし現在は海賊版サイトとしてあまりに目立つと摘発対象にされてしまうので、トータルのアクセス数、そして広告の表示回数はある程度稼ぎつつ、個々のサイトのアクセス数は過大になりすぎない……つまり目立ちにくい塩梅を探っているのではないでしょうか」(丸田氏)
それでは海賊版サイトの運営者はどのようにして複数のサイトにアクセスを分散させているのか。例えば、ユーザーが海賊版サイトAで「X」という作品を閲覧しようとする。「X」のサムネイルをクリックすると「X」を閲覧できるページが表示されるのだが、そのページはBという別の海賊版サイトのものだった、つまりいつの間にかBにリダイレクトしていた、ということが起こるのだ。海賊版サイトAとBは同じグループに属し、どちらの広告収入も同じ運営母体の利益となるものと推測される。
しかし、利用者側はとにかく「『X』を読めればいい」ので、自分が今見ているのが海賊版サイトAだろうがBだろうが、そこに意識を割かない。そして、「X」を閲覧した利用者がその後トップページを開くと海賊版サイトBのそれが表示され、そこで初めて利用者は自分がAではなくBを閲覧していたことに気付く。こうして利用者はBという海賊版サイトの存在を知り、海賊版サイトAの運営者は自らが運営・関与するBにアクセスを分散させることができるのである。この例のような形のアクセス分散は2022年に明確に確認された。もちろん、Aというサイト全体がBにリダイレクトする場合もあるし、そのリダイレクトが一定期間後になくなりまたAにアクセスできるようになる場合もある。
このようにして複数のサイトにアクセスが分散されると、海賊版サイトの運営者は、海賊版対策が奏功して一部のサイトが閉鎖されても、なんらダメージを受けないことになる。上記の例で言えば、Aが閉鎖されても、利用者は残るBでマンガを読むだけだからだ。同一の内容の海賊版サイトを別のドメインに移して運営を継続する方法自体は、2018年頃から見られていた。丸田弁護士によると、これはドメインホッピングと呼ばれる手法。旧ドメインに対して講じた対策が新ドメインには及ばず、対策に手間と時間がかかるため、海賊版対策をしたい著作権者からすると厄介な存在だ。このドメインホッピングが、現在では複数のサイトへのアクセス分散という形でも行われているのである。
「定期的に海賊版サイトのチェックを行っているのですが、同じ運営者グループによって管理されていると思われる海賊版サイトのグループの中で、アクセス数がある日入れ替わるときがあるんですよ。確認してみると、よくアクセスされていたサイトから別のサイトへのリダイレクトが設定されているんですね。これも目立たないようにする、サーバー代金を抑えるなど、なんらかの意図があるように感じます」(丸田氏)
利用者はAというサイトをブックマークしておけば、運営者によりBにリダイレクトされても自分の見たいマンガを見ることができる。また、Aというサイトが閉鎖され、そのトップページに「後継サイトはこのURLです」とBのURLがテキストベースで打たれていたとしても、利用者は無料でマンガを読むためであればそのURLを打ち込む手間も厭わない。海賊版サイトでマンガを読みたい利用者にとっては、ドメイン(サイト)の違いはなんら意味を持たないのである。こうして海賊版サイトの運営者と利用者の利害は一致し、ドメインホッピングは運営者にとって有効に機能する。
そういった中で、現在出版社はどういった対策を行っているのだろうか。
「どのようなタイプ・規模のサイトであろうと、各社から海賊版サイトやそこが使っているネットサービスに削除要請を送付するのが一次対応です。しかし削除要請を送っても対応しないケースが多く、二次対応として、悪質なサイトに対して発信者情報開示請求など対応をエスカレートさせます。ただ、漫画村時代はサイト運営者が日本国内にいたので、警察としても摘発しやすかったんです。しかし、現在はおそらく東南アジアをはじめとする海外に居住しているグループが運営しているサイトが多いこともあって、なかなかうまく摘発が進まないというのが現状です」(伊東氏)
日本国内であればマンガが重要産業であり、著作権に関する意識もある程度広まっているため警察も積極的に動いてくれる。しかし、国外となるとマンガ産業への理解が乏しい場合や、日本のマンガの著作権に関して我関せずといった立場を取るところもあるというらしい。そこが海賊版サイトの撲滅への課題となっている。
しかし、2022年7月には、「漫画BANK」など複数の海賊版サイトを運営していた中国・重慶市在住の男性に行政処罰が確定。マンガの海賊版以外でも動きがあり、今年3月には、日本人向けアニメの海賊版サイトとして最大の規模を誇った「B9GOOD」の運営者ら4人が、中国江蘇省の公安局により刑事摘発された。少しずつ国外での成果も上がってきている。
Google、Yahoo!など検索エンジンとの取り組み
そんな中、検索エンジン対策は近年取り組みが進んでいる課題の1つだ。例えば、海賊版サイトを利用する人は「『X』 無料」というような文言で検索することも多いだろう。検索すれば海賊版サイトが表示されてしまうようでは、さらに利用者が増加しかねない。この問題に対して、出版社などの権利者は違法アップロード作品を見つけると、検索エンジン側に検索結果から削除するよう申請している。ある出版社1社だけでも、月間でGoogleに対して5万件、Bingに対して5万件に上る膨大な量の削除申請をしているという。しかし、削除の対象となるのはサイト全体ではなく個々のページであるなど課題も多い。そこで近年では、もう一歩踏み込んだ対策がなされている。
「Yahoo!Japanは、出版社との協議の結果、一部の悪質な海賊版サイトについて、ドメイン単位で検索結果に表示されないようにする対策を講じています。またGoogleは、出版4社と『実証的な対応を行う』と合意しており(※1)、その取り組みが両者の協力および裁判所の関与によって実行されていまして、これまでにアクセス数の多い23の海賊版サイトに対してドメイン単位での検索からの削除が行われています」(丸田氏)
検索エンジンからマンガの海賊版サイトへの流入を抑制する対策は、アクセス数が上位のサイトから順に行っている。
「ただ、先ほど申し上げたようにドメインが変わってしまうと対策が無効化されてしまうわけです。なので、ドメインホッピングは我々にとって大問題なんです」(伊東氏)
※1…インターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会(第8回)配布資料より。
海賊版サイトの閲覧は「道端に置かれた誰が作ったかもわからないケーキを食べる」ようなもの
では、海賊版サイトの運営者ではなく利用者側にはどういった働きかけを行っているのだろうか。漫画村騒動の後、少なからず著作権に対する意識も利用者へ芽生えたように思えたが、新型コロナウイルス感染症による巣ごもり需要で海賊版サイトのアクセス数はうなぎ登りとなってしまった。
「2018年から『STOP! 海賊版』というキャンペーンを行っています。直近ではVaundyさんとコラボした動画を配信し、非常に多くの方にご覧いただけました。『#今日も海賊版を読みませんでした』でいろんなツイートをしてくださっているんですが、その拡散を見た海賊版サイトの利用者が、利用を止めようかなと思ってくれればうれしいなと」(伊東氏)
また、現在は各出版社がマンガサイトやアプリを開設・運営するのが一般的となっている。正規のサイト・アプリで、人気タイトルから読み切りまで無料で作品を読むことができるのも、海賊版サイト撲滅への一手だという。
「例えば、ジャンプ+をインストールすれば数多くの作品を無料で読むことができるんですが、このように今は無料でマンガを読める施策をいろんなプラットフォームでやっていますよね。ユーザーに正規のサイトやアプリを使ってもらえたら、無料公開範囲や期間なども出版社側でコントロールでき、ひいては作家さんへ利益の還元ができるんです」(伊東氏)
「海賊版サイトを利用する人って、そもそもマンガを読むのが好きな方だと思うんですよ。でも、マンガにお金が払えない、払う気がないという状況にあるから海賊版サイトを使っているんだと思うんです。そういう方にこそ正規のサイトで、期間限定キャンペーンや動画や広告を見たら1話読めるという形式で作品に触れてほしいと思います。そうすることで、作者には何かしらの形で還元されますからね」(丸田氏)
期間限定で人気タイトルが無料配信されると、SNSを中心に「このエピソードを読んでほしい!」などと話題となる。そして話題になることで改めて読みたいと単行本を買う人もいるだろう。また広告によって出版社や作者にも収益が還元される。
「海賊版に対する特効薬は残念ながらないので、やれることを積み重ねていくしか手はありません。とはいえ、2023年度は学校での海賊版啓発をより強化していきたいと考えています。この前も文化庁さんと協力して、高校の授業で流すビデオの収録をしたんですよ。海賊版を利用するのがなぜダメなのか知らない人でも、自分で書いた文章や絵が転載されていたら嫌な気持ちになるはずです。そういった方々にそもそも著作権とはなんなのか、海賊版を読むのはなぜダメなのかから改めて伝えていきたいと思います」(伊東氏)
冒頭でも述べたようにそもそも海賊版サイトで作品を読んでしまうと、作者や出版社には何も還元されず、続巻や次回作につながることはない。何気ない気持ちで海賊版サイトに触れていたとしても、それが作者にとって筆を折る要因の1つになっているのかもしれないのだ。
「仕事柄、海賊版サイトに十分な対策を講じたうえで仮想マシンでアクセスをしていますが、対策のレベルを下げるとブラウザが落ちたり最終的にはOSごと起動しなくなるなど、仮想マシンの挙動がおかしくなるんですよ。よく考えれば海賊版サイトを見るのって『道端に置かれた誰が作ったかもわからないケーキを食べる』ようなものなんですよね。見た目はいいけれど、中に何が入っているか分からない。そもそも腐ってるかもしれない。それはダウンロード形式(画像データをダウンロードしてから見る形式)でもオンラインリーディング形式(サイトで直接マンガを見る形式)でも同じです。海賊版サイトの運営者の目的は、あくまで自分が利益を上げることだということを忘れないほうがいいと思います」(丸田氏)
もしマンガを読みたいという気持ちがあるのなら、道端に置かれたものではなく、お店で買ったもの……書店やWebサイトを通じた正規版をぜひ手に取ってほしい。それが回りまわって、海賊版サイトの撲滅や新たな面白いマンガの創造にも繋がっていくに違いない。