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米代恭×魚豊が3時間半の創作談義、なぜフィクションを描く?たった1つの確固たる理由

「往生際の意味を知れ!」の米代恭、「チ。―地球の運動について―」の魚豊、それぞれの担当編集である金城小百合氏と千代田修平氏によるトークイベント「いまマンガはなにを描けるのか──生きづらさと不合理に対峙するマンガの力」が、去る12月13日に東京・ゲンロンカフェで開催された。司会は、物語評論家・マンガ原作者のさやわか。

ともに週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で連載中の「往生際の意味を知れ!」と「チ。」。まずイベントでは「チ。」がつい先日「このマンガがすごい!2022」でオトコ編の2位を受賞したことから、米代が魚豊にお祝いの花束を渡す。その流れから司会のさやわかが、魚豊に「チ。」はどこから着想したのかと質問。魚豊は「前作の『ひゃくえむ。』がスポーツものだったので、次は人が死ぬようなスリリングなものを描いてみたいと思っていたんです。そしたら、ずっと関心があった“知性と暴力”にたどり着いた」と答え、知性と暴力の密接な結びつきが見えやすい中世という時代に魅力を感じたと話す。さらに「僕はさまざまな科目の教科書をつまらなそうに眺めていたんですけど、歴史の背景で誰かが血を流したり人生懸けてたどり着いた情報が載っているとしたら、つまらなかった教科書もすごく重要で、意味のある読み物というふうに捉え方が変わるんじゃないかなと。そんなマンガを読んでみたいなと思ってこのマンガを描きました」と続けた。

「チ。」の担当編集・千代田氏は、魚豊との出会いについて「『ひゃくえむ。』の最終巻が発売される前ぐらいにTwitterのDMでお声がけして。初めてお会いしたときに、趣味がありえないほど一致していることが発覚したんです。価値観も結構似ていて、その中でも『知性ってカッコいいよね』ってわかり合えたことが強烈でした」と回想。金城氏いわく、魚豊は「ひゃくえむ」が終わってから各誌の有名編集者から執筆してほしいと引く手数多で、当時入社3年目だった千代田氏は経歴では圧倒的に不利だったそう。そんなときに魚豊と千代田氏、金城氏、米代、ほかのマンガ家数人で、千代田氏の恋愛相談に乗るための飲み会が行われたという。そこでマンガの話にもなり、次は地動説の話を考えていると言った魚豊に「めっちゃスピリッツっぽいじゃん!」とみんなで猛プッシュしたと話す。その飲み会のおかげもあったのか、最終的にスピリッツを選んだ魚豊。その理由について「いろんな編集の方に誘っていただいて、全員とお会いしたんです。そのときに1つ企画書を作っていってたんですけど、千代田さんにお見せしたときに『もう1人キャラいたほうがいいよ』って秒で返してくれて。そのアドバイスは僕も腑に落ちたし、エンタメとしてもよりよくなるものだった。それが秒で出てくるって、この人すごいなって思ったのが印象に残っています」と千代田氏の存在が大きかったと明かした。

実際にスピリッツで始動した「チ。」の感想を聞かれ、米代は「魚豊さんのマンガで面白いのは、“負けている人間”を描いているところ。『ひゃくえむ。』にも『チ。』にも、負け方の美しさというものがあるなと思います」とコメント。魚豊自身は「感情論を称揚したいというか、そのためだけにマンガを描いてるところがあります。感情にたどり着くために知性という道具がある。例えば哲学って、ロジックを追った先にある“感性のきらめき”の総体だと思うんです。その感性のひらめきを素手で触るため、マックスで受け取るためにロジックが必要になる」と、「チ。」で描かれる知性とはその裏にある人間らしさこそが面白さなのだと考えを述べた。

「往生際」の話になると、米代が千代田氏によく取材をしていることが判明。千代田氏は「市松が(元カノに)行きたいところリストを送ってたのは僕の実話です」と告白する。基本的に冷静で合理的だが、恋愛になると暴走しがちだという千代田氏。また金城氏は米代について「千代田くんと真逆だよね。『こういうのがモテテクらしいのでやってみました!』みたいな」と暴露。魚豊も「ある時期は千代田さんと打ち合わせを20秒で終わらせて、あとは恋愛の話っていうこともありました(笑)」などと、普段のインタビューでははぐらかしてしまうという恋愛エピソードを披露した。

創作について深掘りしていくと、米代は「なんとなくの想像とか、勉強で得たものをもとに描いても上手くいったことが全然ない。何かしら自分に引き寄せないと感情が乗っていかなくて、ボツになることも多いです」と話す。米代を長年そばで見てきた金城氏は「米代さんは人のコンプレックスが好きだよね。あとは邪な感情を抱いてしまった人と、その邪な気持ちを打ち消そうとしてる人が好き。逆に、米代さんが作品の中で社会正義を掲げているときはつまらない。いい人であろうとすると米代さんのよさが消えちゃう」と述べる。一方の魚豊は「描きたいものを思いついたときが人生で一番楽しいし、頭の中で思いついた瞬間こそが一番面白いものになっていると思うんです。でもそれはものすごく抽象的で、何が面白いのか、何が楽しいのかって言語化されきれていない。それを言葉にした瞬間、最初(面白さが)100%だったものが90%、80%……というふうに減っていくんです。だから創作って思いついたときの抽象的なまま、どれだけ100%に近く出力できるかっていう作業だなって気がします」と言及した。

イベントの後半ではますますトークが加速し、マンガ家に外部がもたらす影響の重要性、イエスマンな編集者が生み出してしまう“化物”などについて盛り上がる。最後は観客から米代と魚豊への質問コーナーへ。米代のファンが「『往生際』は6月末から連載がストップしているが、再開はいつ頃なのか」と尋ねると、米代が「すみません、恋愛がわからなくなってしまって……(笑)」と回答。登場人物の感情が自分で納得できないままでは描き進められなかったという。しかし実は7話分の原稿はもう出来上がっているそうで、金城氏は「めちゃくちゃ面白くなっていますので!」と期待を煽った。

魚豊には「フィクションを作る情熱はどこから出てくるのか」と質問が。魚豊は「その理由は1つしかなくて、フィクションはノンフィクションに影響を及ぼすことができると思ってるから。以前、ゲンロンのイベントで山本直樹先生が、フィクションが面白いのって、ノンフィクションと混在してしまって『これは現実なんじゃないか?』って思う瞬間だって言っていて、それが印象に残ってる。というのも、それってアリストテレスが『詩学』で言っていることとかなり近い気がするんです。アリストテレスが言うには『歴史は起こったこと。詩作は起こりうることだ』と。それってすごい面白い指摘だなと思っていて。フィクションって“起こらなかったこと”と捉えられがちだけど、実は“起こりうること”である。自分の人生では起こっていないことなのに影響を与え、その人の主観になってしまうようなものになるのがフィクションの凄みであり面白いところ。時として、フィクションはノンフィクションより、ノンフィクションを救える。だからフィクションを作るのかもしれません」と答える。魚豊の真摯な答えに、会場からは大きな拍手が。当初2時間の予定だったイベントは最終的に3時間半以上となり、大盛況で幕を閉じた。

イベントの動画は、放送プラットフォーム・シラスの「ゲンロン完全中継チャンネル」にて、2022年6月12日まで有料でアーカイブを公開中。以降の再配信やアーカイブの視聴については、ゲンロンカフェの公式サイトで確認を。